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「ある夏の日」というゲームの主人公は、私山川柚那。
そして、それと同時に発売された「ある春の日」というゲームの主人公が、成瀬優菜だ。
昔の私はそのゲームをプレイしたことがあった。
二つとも、有名な乙女ゲームブランドから発売されたものだ。
時間軸的には、物語は優菜の方から始まる。
「ある春の日」はタイトル通り優菜が高校に入学した春から始まる。
高校に入学し出会った男の子と恋に落ちるという典型的なパターンだ。
攻略対象は、 谷山裕、大野翔、中込悟、丹野昌樹。
つまり、優菜の言っていたことは間違いがあったということだ。
次に、私、山川柚那がヒロインの「ある夏の日」はこれまたタイトル通り、私が夏休みに入るところから物語が始まる。
正確に言えば、私が交通事故にあった日から。
つまり、私が交通事故に遭うことは必然だったのだ。
私の場合は男友達だった人達から恋人への変化が主で、攻略対象は全員ゲームスタート時点で友達以上、恋人未満の関係だった。
攻略対象は、 朝田響、川田晃平、紺野翠、杉山葵。
「ある春の日」も「ある夏の日」も同じ世界の物語で、当然この二つのゲームの中は登場人物が共通している。
そして、私と優菜は互いのゲームの中で親友でありライバルキャラでもあった。
「ある春の日」は「ある夏の日」が始まるまでが共通ルートだ。
そして、私の事故をきっかけに個別ルートに入っていく。
私の事故の時に私の事故に関して優菜が裏で糸をひいているのではないかと疑われてしまうのだ。
個別ルートでは、疑われた優菜を選ばれた攻略対象が守るというものになっている。
ちなみに、優菜を疑うのは「ある夏の日」の攻略対象達だ。
優菜が疑われる原因は、夏休み前から私と優菜が喧嘩をしていたこと、私がトラックに突っ込んでいったことである。
トラックに突っ込んだのではなく、優菜に突き飛ばされたのではないかと…。
今私がいる世界では優菜と私が喧嘩した理由はゲームとは違うし、トラックに突っ込んでいった理由もゲームとは違う。
しかし、ゲームの強制力は凄い。
理由は違えど、大筋その通りに進んでいっているのだ。
ゲームの中でも現実でも、実際は優菜と私の交通事故は全く関係ない。
そして、優菜が私の事故とは無関係なのを私は知っているが、優菜を庇うことはしない。
なぜなら、私は事故に遭い記憶を失ってしまうから。
「ある夏の日」では、私が事故に遭い、事故の記憶と日常生活の断片的な記憶を取り戻すためまでが、共通ルートである。
時間軸では、「ある春の日」の個別ルートに入る地点だ。
そこから完璧に記憶を取り戻し、優菜の疑いを晴らすまで個別ルートだ。
今までの通りであるならば、私が目を覚ました時、私は記憶を失っているのだろう。
私は優菜を疑わなければならないのかな?
目を覚ましたら、きっと私は記憶を失っている。
誰でもいいから、優菜を守って。
そう願いながら、遠くから私を呼んでいる声が聞こえてきて、私は目を見開けた。
…
……
………
…………
「柚那…」
いつになく弱々しい声で私の名前を呼ぶ声。
手が優しく握られていて、暖かい。
私は恐る恐る目を見開き、私の手を握ってくれていた人物の顔を覗き込んだ。
葵…。
葵!!
私は葵を見て堪えきれず、すがりついて泣いた。
私は忘れていなかった!
部活のみんなの顔だって思いだすことが出来る。
「柚那…もしかして、俺のこと、覚えてるのか!?」
葵が驚いたような声で言った。
確かに、記憶喪失は交通事故の後遺症として考えられるものだ。
どうして記憶がなくなっている前提なのか分からなかったが、とにかく頷こうとしたが、身体が上手く動かない。
「…」
不安になって、さらに強く葵に抱きつくと、優しく抱きしめ返された。
暖かい。
葵のおかげで少しだけ冷静になって考える思考が戻ってきた。
そして、真っ先に考えたものは、「ゲームの強制力」の影響だった。
「私、…うっ、ぁ、」
記憶がある、ということをもう一度話そうとしたが、喉が詰まったような感覚で声を発することはできない。
仮説だったものが実証されてしまった。
怖い。
ゲームじゃないのに、現実なはずなのに、私の身体が私の言うことを聞かない。
自分でも手が震えているのが分かる。
「大丈夫。大丈夫だから」
葵の声が妙に私の心を落ち着かせる。
大きく深呼吸をしてまぶたをとじた。
「ご…めんなさい…」
他人行儀な言葉がすっと簡単に出てきた。
まぶたを開ければ、困ったような顔をした葵。
記憶を失っていないと話せないのならば、このゲームの強制力に抗えないのならば、今は従うしかない。
「だれ?」
私が続けて言った言葉に葵は眉間にしわを寄せた。
「俺は杉山葵。柚那の彼氏だよ」
優しく話された言葉には、妙な棘が含まれているような気がした。
何故葵は、嘘を吐くのだろうか。
どう答えていいのか分からず、葵の顔をじっと見つめてしまう。
「そ、うですか…」
なんとかそう絞り出して、俯く。
たとえ、記憶喪失をしたと周りに思われていても、私にはしっかりと記憶が残っている。
だから、周りの状況を把握して、新たな関係を作りながら、優菜を助ける手がかりを掴もうとしたのに、葵の嘘のせいでそれは失敗に終わった。
「まだ、混乱してるだろうから、今日はゆっくり休んで。また明日来るよ」
葵は私の髪を優しく撫でて、座っていた椅子から立ち上がった。
途端に心細くなる。
「明日も、明日も来てね」
私の小さな呟きは葵に届いてしまったようで、
「うん。またね」
と、ふわりと笑って、葵は病室から出て行ってしまった。
混乱している頭を整理しようとベッドに潜り込んだが、すぐに睡魔に襲われて、意識を手放した。
それから一週間の間は、葵と家族しかお見舞いに来なかった。
優菜のことを心配する一方で、異常に優しい葵と、記憶喪失という建て前のおかげでいつになく素直になれる自分に小さな心地よさを感じてしまっていた。
説明回でした。
大分遅くなってしまってすいませんでした。




