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第8話:「旧華族の令嬢と、冷徹な瞳」

第8話をご覧いただきありがとうございます!


治臣の婚約者である旧華族の令嬢・三月が登場。彼女が向けるのは治臣への愛情ではなく、西園寺家の財力とステータスへの執着でした。前世のトラウマを持つ治臣が冷めた目で周囲を見つめる中、物語はいよいよ運命の転換点へと動き出します。お楽しみください!

都内でも有数の格式を誇る高級フレンチレストラン。その最奥にある予約席の窓際で、治臣は静かにカップの紅茶を傾けていた。外はあいにくの雨で、アスファルトの上を急ぐ人々の姿がぼんやりと霞んで見える。


「遅れまして申し訳ありません、治臣さま」


鈴を転がすような上品な声とともに、席の向かいにスッと影が落ちた。そこに腰を下ろしたのは、白磁のような肌と整った顔立ちをした美しい女性――三月だった。旧華族の血を引く名門令嬢であり、幼い頃から西園寺家の跡取りである治臣の「婚約者」として定められていた存在である。


「構わないよ、私も今来たところだ」


治臣は表情を一切崩さず、淡々と言葉を返した。


三月は優雅な手つきでメニューを開くと、その端正な顔にうっすらと計算高い笑みを浮かべた。彼女が治臣に会うとき、話題は決まって決まった方向へと着地する。今日のデートも例外ではなかった。


「ねえ、治臣さま。先日の経済ニュースで見ましたけれど、西園寺グループが新しく買収したあの都心のビル、すごい価値なんでしょう? 将来はあの辺りも私たちの資産になるのかしら」


三月の瞳は、目の前に座る治臣の顔ではなく、彼が背負う「西園寺の莫大な財産とブランド」だけにギラギラと向けられていた。彼女にとって治臣という人間は、自分のステータスを高め、一生贅沢な暮らしを保証してくれる最高の「道具」に過ぎない。


幼い頃から、三月が治臣自身に向けた温かな眼差しを見たことは一度もなかった。彼女が興味を示すのは、西園寺家の株価、ジュエリーの新作、そして次に手に入る予定の不動産の話ばかりだった。


前世の記憶を持つ治臣にとって、その露骨なまでの金銭への執着と、他者への共感のなさは痛いほどよく分かっていた。人間は富や権力に群がる生き物であり、血縁や婚約という名目も、結局は利害関係の鎖で結ばれているにすぎない。


(……分かってはいたことだが、やはり退屈な時間だな)


治臣は心の中で冷ややかに息をついた。かつて自分が絶望の底に突き落とされたとき、親戚たちは財産を持ち去り、誰も手を差し伸べなかった。あのとき学んだ人間の醜さと現実が、今の三月の姿と重なって見える。


「そうだね、事業は順調だよ。三月さまの期待を裏切るようなことにはならないさ」


表面上は穏やかに、しかし心の底では一切の熱を持たない声音で治臣は答えた。その微妙な距離感や冷淡さに気づいているのかいないのか、三月は満足そうに微笑み、華奢な指でワイングラスを持ち上げた。


「さすがは治臣さまですわ。私、誇らしく思いますもの。ねえ、今度パリで新しく発表される限定のジュエリーのカタログが届いたのですけれど……」


三月の弾むような声を聞きながら、治臣は窓の外の雨粒を見つめた。

西園寺の御曹司としての完璧な仮面を被り、年間二十二億の裏金を隠し持ちながらも、この広大な世界で自分の心を預けられる場所はどこにもない。形骸化した婚約関係と、満たされない孤独。


しかし、この雨の日のティータイムが、彼の冷めきった日常を音を立てて揺り動かす運命の出会いへと繋がっていることを、このときの治臣はまだ知らなかった。

第8話「旧華族の令嬢と、冷徹な瞳」をお読みいただき、ありがとうございます!


お金と家柄しか見ない三月との退屈で冷たい逢瀬。完璧なエリートとして生きる治臣の孤独が際立つエピソードとなりました。

次回、第9話では、雨の日の帰り道に一つの出会いが訪れます。治臣の凍りついた心を優しく溶かすような、運命の女性・英美里との邂逅にご期待ください!

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