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第2話:屋根裏部屋に拍動する遺産

#名頃の村 #無月江戸 #伽椰子 #覚醒 #執着 #ダークロマンス

 二階の部屋は、古い木材の匂いと腐りかけた記憶の残骸に満ちていた。無月(むげつ)江戸(えど)は、埃を被った畳の上にスーツケースを置く。部屋の隅には、黄ばんだ白布に覆われた、黒枠の古い姿見が斜めに立てかけられていた。


 江戸はスーツケースの中身を取り出し始めた。数着の衣類、三日月の紋章が刻まれた父の古い手帳(無月)、そして刃のない母の小さな短剣(黒鉄)。


――ズルッ……ズルズルッ。


 ベッドの下から音がした。濡れた何かが板の間を這いずる音。


江戸は手を止めず、淡々と服を畳み続ける。「騒ぐなと言ったはずだ」


 突如、天井の電球が激しく点滅した。チチチッ……という音と共に、骨が軋む音が増幅していく。箪笥の影から、蛇のようにうごめく長い黒髪が這い出し、江戸の部屋の床を埋め尽くしていく。


伽椰子(かやこ)はもう這ってはいなかった。彼女は江戸の真後ろに音もなく現れた。死人のように青白い顔が、江戸の左肩に密着する。墓場の土の匂いが混じった冷たい吐息が、少年の首筋を撫でた。


 ――カカカ……カカカ……。


 耳を刺すようなその掠れた声は、今や呪いの囁きとなって響く。伽椰子の青白い手がゆっくりと江戸の首に巻き付き、黒い爪が皮膚を食い込ませようとした。


江戸は動きを止めた。だが、震えてはいない。むしろ、作業を邪魔されたことに辟易したように、深い溜息をついた。


「この中に何があるのか、知りたいのか?」江戸は静かに、自分の胸を指差した。


 伽椰子の手が止まる。見開かれたその瞳が、布に覆われた姿見に映る二人の姿を捉えた。


次の瞬間、鏡を覆っていた白布が、火の気もないのに燃え上がった。――ゴォッ! 布は一瞬にして黒い灰となり、消え失せる。鏡の中に映る江戸の姿は、現実とは異なっていた。鏡像の江戸の背後、影の中から、失敗した日食のような薄紫色の光が漏れ出していた。


 ――ドクンッ!


 強烈な拍動が部屋を揺らした。江戸の身体から不可視の衝撃波が爆発し、箪笥を震わせ、窓ガラスに無数のひびを刻む。


「あ、あああぁぁぁ……!」


 伽椰子は壁まで弾き飛ばされた。彼女は耳を劈くような悲鳴を上げた。それはもはや人間の声ではない。最凶の呪いが、初めて「痛み」を知った瞬間だった。


江戸はゆっくりと振り返った。漆黒だったその瞳が、一瞬だけ鈍い銀色に輝き、また元に戻る。


「これが一度目の警告だ」江戸は淡々と告げた。「次、僕に触れたら、二度とこの屋敷を這い回れないようにしてやる」


 伽椰子の姿はゆっくりと薄れ、床の影へと沈んでいった。部屋には、生々しい血の鉄錆びた匂いだけが残された。


江戸は再び膝をつき、落ちた服を拾い上げて片付けを再開した。机の上で、先ほどまで微かに震えていた母の短剣を一瞥する。


 黒鉄(くろがね)の血……そして無月(むげつ)の血統。


江戸は拳を握り締めた。伽椰子はまだ序の口に過ぎない。名頃の村にはもっと大きな「何か」が眠っており、この屋敷はその鍵なのだ。窓の外、庭に点在する数十体の案山子たちが、今は一斉に江戸の部屋の窓を見上げていた。まるで、新しい主への敬意を表すかのように。


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