第1話:死者が視線を送る村
#名頃の村 #無月江戸 #伽椰子 #覚醒 #執着 #ダークロマンス
古びたバスが、祖谷の谷の静寂を切り裂くような金切り声を上げて止まった。扉が開き、降りてきたのは全身黒に包まれた一人の少年だけだった。
無月江戸が外へ踏み出す。山の冷気が肌を刺すが、その表情は学校の廊下でも歩いているかのように淡々としていた。
バス停には、彼一人ではなかった。
麦わら帽子を被った老婆が木のベンチに座っている。その隣には、鍬を手にした中年男性が硬直したまま立っていた。だが、呼吸はない。瞬きもしない。彼らの肌は色褪せた布の継ぎ接ぎで、瞳は粗末に縫い付けられたプラスチックのボタンだった。
名頃。案山子の村。
江戸は彼らを一瞥もせずに通り過ぎた。ひび割れたアスファルトを歩き、森の端にぽつんと佇む伝統的な古い木造屋敷へと向かう。道すがら、彼は他の「村人」たちとすれ違う。枯れた川で釣りをしたり、古い木に寄りかかったり、奇妙な場所に配置された等身大の案山子たちだ。
『みんなが見てるわよ、江戸』
頭の中にその声が響く。インドネシアで惨劇が起きる前、亡き母が口にしていた言葉だ。
江戸は苔むした門の前で足を止めた。表札にはかろうじて『無月』と読み取れる。両親が残した家。空き家のはずだが、なぜか二階の窓がわずかに開いていた。
――カカカ……。
家の中から、硬い何かが木をこする音が聞こえてきた。静かだが、執拗な音。床を無理やり爪で掻きむしるような響きだ。
江戸はポケットから古い鍵を取り出し、回した。カチャリ。
埃っぽさとカビの臭いが彼を迎えた。暗い居間には、一体の子供の案山子が壁に向かってポツンと座っている。江戸はそれを無視し、水を求めて台所へと向かった。
見つけたコップに水を注いだ瞬間、室内の温度が急激に下がった。江戸の吐息が白く染まる。
階段下の暗闇から、長い指をした青白い手が這い出してきた。ゆっくりと、顔を覆う長い黒髪の女が這い上がってくる。その身体が軋むたび、骨が砕けるような悲痛な音が響く。
――カカカ……カカカ……。
その化け物――伽椰子が近づいてくる。髪の間から覗く顔が持ち上がり、江戸の足元で、憎悪に満ちた剥き出しの片目が彼を凝視した。
江戸は退かなかった。コップの水一滴すらこぼさない。彼はただ見下ろし、幽霊の瞳よりも遥かに空虚で深い闇を宿した瞳で、その呪いを見つめ返した。
「蛇口への道を塞いでるんだが」
江戸は冷たく言い放った。
伽椰子が静止した。その不自然な動きが止まる。この屋敷に数十年間居座り続けて、自分を「道を邪魔するゴミ」のように扱う獲物に出会ったのは、初めてだった。
江戸は平然とその青白い手を跨ぎ、水を飲み干すと、階段の方へと歩き出した。
「疲れてるんだ。今夜は騒ぐなよ」
江戸はそのまま二階へと上がっていき、台所の床に釘付けになった怨霊を置き去りにした。江戸の胸の奥で、何かが熱く拍動し始めていた。彼自身さえまだ理解していない、強大な力。異国の地から持ち帰った遺産が、爆発の時を待っていた。
その夜、名頃の村では、外にいた案山子たちが一斉に首を回し、無月家の屋敷の方を向いた。
幽霊よりも恐ろしい「何か」が、この村に到着したのだ。




