第三十七話 アレス探検隊その三 前編
前に大人数で探索する予定だったのに、みんな断りやがったと、愚痴をこぼしたことがある。
そうして念願の大人数が揃った。否、揃いすぎた。今、俺の後ろに四十人が並んでいる。叶いすぎた願いは胃にダメージを与えることを初めて知った。
どうしてこうなったかは、少しだけ日にちを戻す必要がある。
***
クロイとイーサがギルドに到着したのは、リーシュから遅れて二日後だった。ハンターギルド前に馬車から降りてきた二人は、リーシュとは対照的に小綺麗なままであった。
「アレス、今回は世話になったな」
「おう。まぁレオが解決したんだけどな!」
「レオには恩を返す。それとアレスがいなければレオとの縁もなかった。礼を言う」
素直に礼を言うクロイの姿を、少し前の俺なら絶対に信じなかっただろうエルフ像である。こうやって話せばわかる連中だ。
「気にするな! 肋の調子はどうだ?」
「痛くないぞ?」
治ったかどうかを聞いたのに、不思議そうな顔で痛みだけを伝えてくる。やっぱり理解できない連中かもしれない。
「弟は起きて、剣を振っている」
「止めるのに三人がかりだったぞ」
クロイの報告にイーサが補足する。命の危機を脱したらすぐに鍛錬か……。俺なら骨が折れただけで一ヶ月は寝込む自信がある。
早速、本題に入ろうとしたところ、イーサが俺の横を通り過ぎて、ダレンのところに向かう。本当に自由人だなエルフは。
「ダレン久しぶりだな。お前の作った地図を皆に見せたら驚いてたぞ。弟子入りしたいと言っているエルフもいた」
「いえ、安全なところで書けるのはイーサさん達のおかげですから」
ダレンが恐縮して身を縮めている。思えばダンジョンが発生する前の斥候は、主な仕事は盗賊団の探索と罠検知であり、ハンターというより傭兵の仕事が多かった。ダンジョンが出来て一番成長しているのはダレンかもしれない。
褒められることに慣れていないダレンが評価されるのは俺も嬉しい。それは良いとして、俺のことは話に出なかったのか! 仮にもリーダーだぞ! 少しくらい話題に出してくれてもいいのではないか……。
「アレスの話もしたぞ。ダレンの十分の一くらいだが」
「お、おう。ありがとな」
強い思いのせいで声に出てたらしい。恥ずかしいので、今度こそ本題にうつる。
「六階の攻略に手を貸してほしい。今作戦として――」
「わかった。任せろ」
「まだ何も説明してないんだが……」
「世話になった相手だ。最後まで付き合おう」
こういう所にエルフの良さがある。出来れば今回の遠征で皆に知ってもらいたい。俺自身、知らずに嫌な奴らだと決めつけていた。何度か命を救われて、クロイ達には敬意しかない。
「そういえば、俺の妹はどこにいるか知っているか?」
「レオの家に入り浸っているぞ。嫌がっていたから少し止めてやれ」
「そうか。俺も行って執事として働こう」
こういう所にエルフの嫌な所がある。基本人の話を聞かない。これについては俺が責任を持って教えて行くしかない。……多分無理だが。
「作戦決行は明後日に行う。予備品のバリスタの搬入と、書類が明日いっぱいかかる」
「書類?」
クロイが心底わからないという顔をした。俺だってわからん。だが、ドイルの元には俺の肘の高さまで積まれた書類があり、一番上には「紛失時の責任について」と言った真面目なタイトルが書かれていた。俺がその担当なら探索は強制中止にする自信がある。ギルドには世話になるが戦果をもって報いようと思う。
「内縁の弟は参加するのか?」
「レオは来ない。準備に十分協力してもらった」
「わかった。俺からも頼んでみよう」
無理だからね!? まずは空気の読み方から教えていかないと……。俺自身そんなに得意ではないのだが、千里の道の一歩目からはじめようか……。
***
そして当日である。
夜明け前のハンターギルドに入って、俺は入口で足を止めた。まず、静かなのだ。いつもなら酔いつぶれた誰かが転がっていて、その誰かを踏まないように歩くところから朝が始まる。今日は床が掃除されており、汚れた靴で歩くのに少し気が引ける状態になっている。
次に人だ。椅子と机が壁際に寄せられ、広くなった床に人が塊で立っている。塊ごとに色が違う。
入口寄りは黒だ。片手剣と槍、揃いの皮鎧、短い外套。クラン道標の、二十人がバリスタの点検を行っている。予備品として保管されたものだ。他のメンバーは指示待ちの姿勢で私語もなく直立して待機している。
「アレス様。もう五分ほどで準備完了します」
「お、おう。出来れば様付けはやめてくれ」
「かしこまりました。アレス様」
クランマスターのリドルが、笑顔のまま呼び方を変えない。出来ればって言ったのがいけないのか! でも目の奥が笑ってないから言いづらい。二十人の強面皆がこの調子なので、正直味方なのに怖い。
その奥がローブの群れだ。魔術師ギルドから五人。全員が同じ紺のローブで、箱に入った謎の球体について議論している。
「おはよう。今日はよろしく頼む」
「……」
聞こえてないのか無視なのかどちらにせよ、哀れな感じがするからなにか反応してくれ!
「ん? アレスだったかしら? ワイバーン対策に昨日作ったこれをバリスタの先に付けたいんだけど?」
「そいつはなんだ?」
ゼイラが謎の球体を見せてくる。バリスタの先につけるとなると串刺ししか思いつかない。
「ギルドの暇なメンバー達に限界まで魔力を詰めさせた物よ。振動が当たれば爆発してワイバーンなんて一撃で倒せるかもよ?」
「……まず、そいつは置いていこうか。バリスタに刺した時、それより落とした時に爆発して全滅しかねない」
「そう思うでしょ? それをこの箱に入れるとあら不思議。振っても爆発しないのよ」
ゼイラが爆発物を振り回した瞬間、逃げ出す魔術師ギルドのメンバー。……頼むから悩みを増やさないでくれ。しかし、何かに使える発明なのは間違いない。許可すべきか却下すべきか。
一旦見なかったことにして、残念美人の元を離れる。
そして最後に白の集団である。教会からの五人。真っ白な法衣が、薄暗いギルドの中で明らかに浮いている。手にはトゲトゲのついたメイスを持ち、ハンターギルドのメンバーより肉弾戦に強そうだ。俺が思っている神官と全然違うのだが!?
「アレス様。本日は探索のお誘いありがとうございます」
「……大神官が来るとは聞いていないんですが!?」
「レオ様に頼まれましたからね。発掘される物も非常に興味深い。今日はよろしくお願いします」
メルキオールが静かに言った。教会のお偉いさんがダンジョンに潜るなんて聞いたことがない。レオは俺が聞いていない時に、なんてことを頼みやがったのか。あいつ、自分が何を動かしたのか絶対にわかってないぞ。
「レオ様はどこに?」
「あいつは不参加だ」
「……」
「本人が言ったんだぞ! 俺は悪くないからね!?」
白の法衣の五人が同時に肩を落とした。後ろにいたゼイラも「ええ?」と言った。たしかに頼みには一緒に行ってくれたよ? でも参加するとは言ってないよね? まるで詐欺にあったような視線を向けられて気まずい。
逃げるようにタントのところへ行く。編み込んだ髭を腹まで垂らしたタントとご機嫌な様子のトーリが雑談している。俺が行くとトーリがニヤケ面を見せる。
「ようアレス。顔が死んでるぞ」
「うるせえ! 始まる前なのに胃に穴が開きそうだ! 頼むから一緒に面倒みてくれよ!」
「見ないから安心しろ。俺は後ろで矢を撃つ係だ」
昔からこういう男だ。おかげで肩の力が少し抜けた。今日いるメンバーで唯一軽口を叩けるやつだ。レオがいてくれたらこんな苦労しないんだけどな。一緒にいたダレンにも声をかける。
「今日は頼むな。ダレンに全てがかかっている」
「ちょっと、やめてください。六階ではあまりお役に立てなさそうですので、トーリさんと後ろで応援してます」
それを聞いてゲラゲラ笑うトーリ。このプレッシャーを分かち合いたかっただけなのに、反撃を喰らう。ダレンも強くなったな! 嬉しいけど、悲しいぞ!
最後に登場してきたのはエルフ三人。道標や、魔術師ギルドの連中の顔に動揺が走ってるのが見える。教会関係者はエルフというかリーシュを見て笑みを浮かべている。
「メルキオール! 久しぶり!」
「お久しぶりですねリーシュ様。お会いできなくて寂しかったですよ」
メルキオールに続いて、後ろの四人も次々に頭を下げる。
「初めまして奥方様。今日はよろしくお願いします」
「お会いできて光栄です」
天敵のはずのエルフを最大の歓迎で迎え入れる教会メンバーを見て、さらに皆が唖然とする。クロイとイーサが同時にリーシュを見る。
「……妹よ。これは何だ?」
「大神官? 悪いやつじゃないぞ!」
「……そうか」
クロイが理解を諦める。気持ちはわかるぞ! そして聞いても理解できないから正解だぞ!
受付台からドイルが書類の束を退けて声をかけてきた。
「アレス。わかってるな?」
「大丈夫だ」
「絶対に問題を起こすなよ! 後メンバーは抽象的ではなく正確に伝えること!」
「ああ。任せとけ!」
ドイルが朝からお冠だ。多分、メルキオールとゼイラの件だ。俺だって本人がくるって知らなかったんだ! 言っても信じてくれないだろうから、計画通りみたいな顔をして返事をする。
他にも色々怒られそうだから、俺は号令を掛けることにした。四十人の顔がこちらを向く。四十人だ。こないだまでは五人で、そのうち三人は俺のいうことを聞かない。
喉がやたらと渇いた。腹に力を入れて、声を出す。
「これより、ダンジョン六階の攻略に向かう。目的はワイバーンの排除と、その先の調査だ! 全員で生きて帰るぞ!」
揃った返事の分厚さで、鼓膜がびりっと鳴った。気持ちが高揚して奮い立つ。悪くないぞ! 胃の痛みも増えてるが!
***
結論から言うと、四階までは散歩だった。
いや、散歩は言い過ぎか。遠足くらいだ。
一階の黒蜘蛛の群れは、道標の連中が槍で片付けた。隊列を組み、穂先を揃えて突く。その槍は上下左右全ての空間に一定のリズムで蜘蛛の死体を作っていく。聞こえるのは簡単な号令と次々潰れていく蜘蛛の音のみだ。俺が初めて戦った時は、暗闇の中を天井から降ってきて死ぬほど驚いたんだが……。たまに出るゴブリンも一閃されるので特にコメントはない。
二階と三階はもっと早かった。ダレンが罠の位置を指すと、魔術師の一人が土魔法で覆う。たったそれだけで床の罠は無効化され、罠解除の仕事が消えた。
「……こんな楽でいいんですかね」
「……いいことなんだが、釈然としないな」
ダレンが小声で言うので、俺も小声で返した。安全で楽なことは理想的だが、心が少しざわつく。ハンターギルドのメンバーの多くは三階を限界として見ている。その地点を今日は雑談しながら通り過ぎる場所になっている。
四階でミノタウロスが出た時は、俺の出番だと胸が高鳴った。俺が岩壁まで吹き飛ばされて死にかけたやつだ。
そいつは、イーサが放った火球と、魔術師が放った何かで、こちらに一歩踏み出す前に消し飛んだ。
「あら、芯まで焦げたわね」
「お前人間にしてはなかなかやるな」
「もう少し手加減できないかな!? 素材が全部燃え尽きてるんですけど!」
「価値のある物だけ残す魔法ね。興味深いわね」
この話の聞かなさには既視感がある。そう、まるでエルフがもう一人増えたような。美人で知り合いになりたかったけど、その話は中止の方向だ!
「宝箱があります。ボス部屋で見つけるのは久しぶりですね」
「お、やっとか! 開けてくれ」
最近低層階での宝箱出現率が少しではあるが減ってきているらしい。安全な地図が完成したことによる弊害か? ダレンが罠がないか確認し開ける。ハンター以外は宝箱を見るのも初めてで全員が注目していた。中に入っていたのは、手のひらに収まる金属の輪で、繋ぎ目も模様もなく読めない文字が少し刻まれたシンプルな物だった。いつもながら、それが何なのか誰にもわからなかった。
「見せて」
「あっ、ゼイラさん、まだ確認が――」
ダレンが言い終わる前に、輪はもう緑髪の指の間にあった。目の高さまで持ち上げ、角度を変え、爪で弾いて音を聞く。真面目な顔をしてる姿を初めて見る気がする。
「……これ、いくらで売る気?」
「全くわからん。各方面に持って行って一番高値を付けるところに売るだけだ」
「魔術師ギルドが買うわ。みんなが納得するだけの額は出すつもりよ」
「他のみんなは……異論なさそうだな! 値段は戻ってから交渉だ」
その場に鑑定が出来る人間がいるというのは、こんなに便利なのか。もし言ってくれなければ、商業ギルドに安値で売っていたかもしれない。それが交渉なしで、しかも最大限の高値で買い取ってくれそうな感じだ。
平和な探索だが、唯一バリスタの移動のみ重労働となっている。とはいえ、道標の連中は交代で平気な顔で運んでいる。気になって聞いてみる。
「なんでそんなに体力があるんだ?」
「負け戦になった際には逃げられるように、体力がないやつは前線に連れて行かないと言ってますからね」
リドルが笑みを浮かべながら答える。戦争か……。傭兵ギルドは、討伐や護衛以外に一番稼げるのは戦争の傭兵仕事だ。この国は平和そのものなので他国で稼いできているのだろう。俺達とは違うところで命を危険に晒して生きてきたんだろうな。
「アレス様のおかげで、メインの稼ぎの仕事が変わるかもしれませんね」
「こっちの方が危険かもしれないぞ?」
「その時は逃げはしませんのでご安心くださいね」
ニヤリと笑みを強くするリドル。冗談を言っているのは伝わるけど、シャレにならないぞそのジョークは!
そんなこんなで、大所帯大荷物にも関わらず半日も経たずに五階に到着した。
***
五階は、前に来た時と同じ生暖かさで俺たちを迎えた。
違うのは音だ。四十人分の足音と、装備の擦れる音、押し殺した話し声が、広い天井にぶつかって降ってくる。前は墓場みたいな感じがしたが、今日は人の気配で埋まり別な場所のようだ。
リザードマンの群れは、道標とタントの隊が受け持った。盾を持った連中が前に出て、押し込み崩れたところをドワーフの斧が刈る。初見なのに、この手際の良さに俺とエルフの出番はない。まぁ、俺達の活躍は次のボス戦だ。
そして、あの通路に着いた。
剣を構えたまま石になったリザードマンが、そこかしこに立っている。新しく来た連中がざわついた。道標の若いのが一体の顔を覗き込んで、口の中の牙まで石になっているのを見て、後ずさる。ゼイラだけが「これ持ち帰れないの?」と近づいていったが、俺はこの後の命懸けの戦いを想像して返事ができなかった。
「これが例のやつですね。メルキオール様」
「文献通りですね。問題ないでしょう」
教会の連中が何か話している。俺の知らない情報を持っているようだ。
「何かあったか?」
「ええ。アレス様。これは呪いです。ですので事前に祝福をかけることで石化は回避できます」
「……その情報の信頼性は?」
「確実です。不安であるならば、我々が先頭を務めましょう」
「……」
なんというか言葉が出ない。前回の探索を思い出していた。目を瞑って戦う作戦を却下し、リザードマンを生け捕りにし、そして成功を信じて飛び出した。今思っても命懸けの綱渡りのような作戦だ。同じことは二度とやりたくないと思っていたが、そんなすんなり解決策を出されると言葉を失ってしまう。
「今までのハンターの苦労とは一体何だったんでしょうね!?」
「大神官がダンジョンに降りた例はありませんからね」
正論で返される。本来このレベルの人が探索に加わることなどありえないことだった。これは幸運なのだ。
「石になった者も祝福で解除可能か?」
「可能でもあり不可能です。まず、石を解除することは大人数での儀式魔法で行える可能性はあります。ただし、その者は既に死んでいるため、石ではない死体ができるだけです」
そりゃそうだよな。石になった時点で、心臓も止まるはず。解除したから心臓が動き出す訳でもなく、そして大規模な魔法が必要とのことで、今実施は不可能と。
「石化がなくても厄介な相手だ。俺たちのパーティに祝福をかけてくれ」
「かしこまりました。では」
大神官が前に出た。右手を胸の前に立て、低い声で言葉を唱える。何を言っているかは聞き取れない。ただ、詠唱が終わった瞬間に、俺の体の表面を何かが舐めた感触があった。リーシュは「気持ち悪い!」と一言。神の祝福に対して暴言を吐いたにも関わらず、大神官と教会メンバーは笑みを絶やさない。
「祝福は終わりました。我々も最初は違和感がありましたが、何度も重ねるうちに神の偉大さに気づくのです」
「……ああ。ありがとう」
これだけで、あの無謀な作戦は行わなくてよいのか? 俺はリーダーとして、強くならなければならないと思っていたが優先すべきなのは知識だった。調べる当ても、協力者もいる。次回までの宿題だな。
「よし、念の為俺が先に飛び出す。俺が石にならないのなら一気に首を落とすぞ! ダレン開けてくれ」
「開けます!」
扉が開くと共に最初に俺が飛び出す。少し恐怖はあるが、大神官の言葉は十分信頼できる。ならば俺が確認しなければ!
中に入りすぐにバジリスクを確認した。前回より一回り小さい。背のトゲも短い。しっぽの蛇も細い。それでも十分でかいのだが、あの日の化け物に比べれば明らかに格落ちだ。バジリスクと目が合う。不気味に赤く光ったのが見えたが俺には何も影響はない。
「祝福が効いているぞ! 問題ない!」
俺の言葉と共に、これまで見るだけで鬱憤が溜まっていたのかリーシュとクロイが飛び出す。やはり最速で着いたのはリーシュ。前回は目を狙ったが今回は不要なためか、潜り込み剣を切り上げる。バジリスクは一瞬仰け反り、リーシュを潰そうとする。その直後、斧を装備したクロイが頭をかち割る。バジリスクは斧が頭に刺さったままなのを嫌がり、地面に頭をたたきつける。俺の出番だ! 大剣を振りかざし、魔力を集中させ切り下ろす。今度は首を切り落とす所まではっきり見えた。首が落ちたせいか、しっぽの蛇もそのまま動かなくなる。
「……勝ったな」
「……物足りない。もっとアレスは苦労しろ」
「私は満足だ! 次はもっと早く倒せそうだ」
クロイは俺の修行にならないとダメだしをし、これ以上ない出来だと思えばリーシュがもっと上を目指すと言う。うちのチーム厳しすぎませんかね!? そして、他のメンバーは祝福がついていないので戦いを見ていない。俺の大活躍を見たメンバーで唯一褒めてくれそうなのはダレンだけだ。
「宝箱あります。解除します」
「ああ、頼む。他のメンバーを呼んでくる」
そのダレンも忙しそうなので、扉に待機したメンバーを呼びに行く。
「終わったぞ。祝福は完璧だった」
「早いな。やはりエルフは侮れないな」
「アレスはちゃんと仕事したのか?」
タントがエルフを認め、トーリが俺をからかう。まぁ今回で確実に強くなった実感がある。誰にも褒めてもらえなくても大丈夫だから!?
タント達にバジリスクの解体を頼み、ダレンの所へ向かう。
「どうだった?」
「ナイフです。なんだか呪われてそうで取り出してないです」
「では、私が見ましょう」
メルキオールが血が錆びた色をした不気味なナイフを気軽に手に取る。様々な角度から確認しては振り回すのを、繰り返してる。
「呪われてはいませんが、何かしらの効果があるナイフのようです。振る度に魔力を持っていかれます。これは神縁のものではないようなので、魔術師ギルドの方に確認してもらった方がよろしいかと」
「ええ? またいいの? ダンジョンって最高だわね」
ゼイラのテンションが上がる。誰もあげるとは言っていないぞ! まぁ危なくて使えないので、解析はお願いするんだが。丁度トーリから解体が終わった報告もあった。ここからが本来の目的の場所になる。
「よし。……全員、聞け。ここからが本番だ!」
士気をあげる言葉を吐こうとして思い出す。ワイバーンに会う前にあの長い階段があったことを。
「長い階段がある。重い荷物を持って大変だと思うが気合いを入れてくれ!」
なんだか締まらない鼓舞となった。が、道標の連中は、「おおー!」と答えてくれた。本当に良い奴らだ。一方うちのメンバーは「階段が最大の敵だな。バジリスクより手強い」など、真面目な顔で言う。からかわれてるのか全くわからないのが、逆に辛い。もういじるならいじってくれ。レオがいたら一歩歩く度にぶり返されてバカにされただろうと思い、ついついニヤける。いかんいかん。ここからが本番だ。
***
階段を降りきるのには十五分ほどかかる。四十人と大荷物では、もっとかかった。正確には、大荷物をもった道標の連中は、複数人で持つには効率が悪いと言い出し馬鹿力を出し普通の速度で降りていく。五分程経ち、まず最初にメルキオールがダウンした。階段は登るより降りる方が腰にダメージがあるらしい。しかし教会の他の四人は体力が豊富なのか、メルキオールを担ぎ階段を下る。次にダウンしたのは魔術師ギルドの全員だ。タントや教会のメンバーが担ぎ階段を下る。三十分程で出口に着く。
先頭にいた俺が出口を抜けた瞬間、後ろの列がざわめきだし、そのざわめきが最後尾まで波のように伝わっていくのがわかった。
空がある。雲が流れている。太陽はないのに明るくて、風が頬を撫でてくる。草の匂いがした。遠くには山まで見える。
俺たちのパーティだけは、この景色が二度目になる。前に立った時は五人で、綺麗だと思う間もなくワイバーンに見つかった。鳴き声に追われて階段を駆け上がって、俺が覚えているのは逃げ込む入口の位置だけだ。空も草も、肩越しにちらっと見ただけで終わった。
今日は四十人が、槍を持ったまま誰も走らない。同じ空の下で、誰も息を切らしていない。それだけのことが、こんなに違うのか!
道標の連中が槍を下ろした。訓練された二十人が、隊列を崩さないまま呆然と上を向いている。タントが口を開けたまま髭を撫でていた。そして、白い法衣の五人が、その場に膝をついた。中には涙を浮かべている者もいる。
「こんな所に神域が……」
「どういうことだ?」
法衣の一人が呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。こいつら何かを知っている。メルキオールが、なんでもないようなことのように言う。
「創世神アルト様ゆかりの物が発見されることで、もしかしたらと思っていたのですが、ここは別な世界です。そこら中に神の息吹を感じます」
「全く感じないぞ? 他のものはどうだ?」
周りを見渡しても皆首を横に振る。唯一、道標の名前を知らないメンバーが一人手を挙げる。
「自分も微かにですが感じます。教会に入った時の感触を強くした感じです」
「アルト教に属しているのか?」
「……はい。傭兵なので馬鹿にされると思い、誰にも言っていませんでしたが……」
リドルが一瞬苦い顔をしたような気がする。信者だけ、もしくは信仰心が深いものだけが感じるのか。
「一旦その話は後だ。この前はここまでワイバーンが現れた。バリスタの準備を急いでくれ」
「承知しました。配置についてはこちらで決めさせていただきます」
リドルが号令をかけるとメンバーは淀みなくバリスタの組み立てを始める。前方に二台。後方に一台。何かしらの意味があるのだろう。ゼイラが魔法で固定する場所を作る。足元から人工的な岩場が現れ、バリスタを載せるのに丁度良いサイズとなる。
「ああ、物を作るって楽しいわね」
「固定完了しました。いつでも撃てます」
大の大人の背丈を超える兵器が、あっという間に形になった。この速度ならワイバーンを確認後でも十分間に合うはずだ。集団で来た場合はバリスタを放棄して撤退だ。どれだけ化け物がいるのか、不安になるがこのメンバーで駄目なら人類に攻略は不可だと思った。大丈夫だ! やれるはずだ!
「来ました! 恐らく一体です!」
ダレンの報告に、一同に緊張が走る。黒い点が、みるみる大きくなる。前に見た時は恐怖しか感じなかったが、今回は違う。十分な装備、人材がいる。
「一番二番用意! 俺の合図を待て! 三番は待機!」
「魔術師は、バリスタが外れた時に備えて準備!」
リドルがバリスタの発射タイミングを計り、俺は失敗した時に備え魔術師への号令を待機する。
道標の射手が三人台座に取り付いた。太い返しの付いた矢にはロープが結ばれている。残りのメンバーはそれぞれのロープを引っ張るために待機している。
「こちらも準備は出来ているぞ」
「こっちもね」
イーサとゼイラが答える。
「撃ち落とした後は俺たちの仕事だ! なぁに、地面に落ちさえすればバジリスクより容易な相手だ!」
「俺は目を狙う! 突っ込んだあとはフォローできないから頼む!」
トーリが緊張した表情で答える。こいつ真面目な顔もできたんだな!
みるみるうちに、ワイバーンの姿が大きくなり降下に入る。翼はこんな距離でも風を切り裂く音を鳴らす。鳴き声が空気を叩き、心臓を凍りつかせる。人が食われる大きさだ。それが、口を開けたまま突っ込んでくる。
「ビビるなよ! まだ引きつけろ!」
リドルが叫ぶ。敬語ではなく本来の姿なんだろう。まだ撃たないのか! もう間に合わない――
「今だ一番撃て!」
弦が唸った。ワイバーンは驚異的なスピードで矢を回避しようとしたが翼の先に着弾した。体勢が崩れる。
「二番! 右に撃て!」
二射目は的確に翼の付け根を捉え、ワイバーンが地面に叩きつけられる。
「お前ら! 引けっ!」
リドルの号令で、左右に分かれた傭兵がロープを力の限り引く。二十人がかりで体重をかける。地面に落ちたワイバーンが浮上しようともがくが、力はこちらが上のようだ。
「トーリ!」
「わかってる!」
金髪の男が矢を撃つ。矢は真っ直ぐにワイバーンの目を狙い飛んでいく。が、暴れるワイバーンの顔に突き刺さる。顔から紫の血が飛び散り怒りの咆哮をあげる。悔しそうな顔をしながらトーリが二の矢を用意する。
「俺たちの出番だ! いくぞ!」
掛け声と共にリーシュとクロイが飛び出す。これは予想通り。次に遅れてタント達が続く。これも計画通り。そして神官たちが飛び出す。これは予想外だ! とはいえ、話をする時間もないので俺も飛びだす。
ロープがちぎれんばかりに張っている。動こうとする度にロープを引き、上手くワイバーンをコントロールしている。
そこへ、エルフ二人がそれぞれのロープを足場に駆け上がる。何故打ち合わせなしで同じ行動を取れるのか。そしてロープの上を走るな!
首の付け根に、二本の剣が同時に刺さり血が吹き出すが致命傷ではない。ただ、化け物がバランスを崩して頭から地面に倒れる。その振動が、俺の足の裏まで伝わってくる。
「今だ! 一気にたため!」
その後は、俺が首を落とすまでもなく一方的な展開だった。タント達が薪を割るかの如く斧を叩きつけ、神官達がメイスで殴りつけ動かなくなるまで繰り返す。もう誰の目でも倒したであろうが、道標のメンバーはそれでもロープから手を離さず万が一に備え、ダレンは辺りを警戒している。
俺は大剣を構えたまま、その輪の外に突っ立っていた。踏み込む隙間がどこにもない。あの日この空から逃げた時は、斬りたくても届かなかった。今日は届く場所に立っているのに、斬る番が回ってこない。
隊長として言わせてもらうなら、最高の結果だ。誰も欠けず、想定よりずっと早い。文句なんてあるわけがない! あるわけがないんだが、俺の手はさっきから柄を握り直してばかりいる。
「よし! そこまでで大丈夫だ!」
「ハァハァ……おわったか」
タント達は息も絶え絶えのまま、呼吸を整えている。俺は何かあった時のために待機していただけにも関わらず、呼吸を忘れていたようで酷く疲れた気分だ。
「俺たちの勝ちだ! みんなよくやってくれた!」
「おお!」
「何より、魔術師の魔力を節約できたことがでかい。後で必ず生きてくるな!」
「結局、あなたも私も一発も撃たなかったわね」
「こんなことなら剣を持って参加すればよかった」
ゼイラがイーサの隣に並んで、心底つまらなそうに言った。イーサの方は未練がましく草原を眺めている。頼むから二人とも、撃たずに済んだことを喜んでくれ! 魔力が丸ごと残っているというのは、この先に何が出てこようと打つ手があるということだぞ!
まだ着いたばかりだが、一旦ここで休憩だ。バリスタの再装填、剥ぎ取りを交代で行いこのメンバーで初めての休憩と呼べる休憩時間となった。不可能と思われていたことを成し遂げて皆雑談に花を咲かせている。そして取り出したコアの大きさでまた大盛り上がり。
リーシュは突撃に参加していなかったメルキオールに説教をしているのが見えて止めようとしたが、メルキオールが楽しそうに怒られていたので見なかったことにした。本当心臓に悪いから止めてくれ!
***
小休止の後、バリスタの固定を外し草原を進んだ。どちらに向かえばいいかわからなかったが、入口から真っ直ぐ行くのが気持ちが良いというクロイの一言に誰も何も言わなかったので行先は直進となった。
新たな隊列は、先頭に俺たちのパーティ。続いて魔術師と教会、それを挟むように道標が脇を固め、後方をタント達が守る。とは言え、先程の戦いを見ると神官達は普通に強い。最前列でも活躍する気がするが、怪我した時の最後の砦だ。守りきれば脱落者が減る。
ちょっとした軍隊が歩き出す。草は膝の高さまであって、時々足元から小さな虫が跳ねて逃げていく。生態系が出来ているようだ。ワイバーンが食物連鎖の頂点であってほしい。少し先に何本か木が生えていて、見たことのない実がなってる。後方からタントが声をかけてくる。
「アレス。あそこの木の実を採取したい」
「食べるのか? 今は進むことを優先してやめた方が良い」
ここで得体のしれない物を食べて全滅とかありえない。道標の連中も俺に同意見のようで何も言わないが否定的な顔をしている。
「食えるかどうかは後で商業ギルドで確認してもらう。まず二つの理由がある。一つ目は、今後もここに何度も来るのであれば現地で食えるものは把握しておくことで長時間探索が可能になる」
たしかに。何かしらの理由で食料が尽きた時に一か八かで食べるのは、背筋の凍る話だ。道標の連中も納得したのか頷いている。
「そして、もしそれが有益な物で地上で育てられることがわかれば、その権利は我々四十人に何十年も利益をもたらす」
「!?」
道標の連中が声を出さないように驚いている。先程とはうってかわり、俺の方に早く木の実を取りに行くぞという顔をしている。
「わかった。寄っていくぞ! 絶対に誰も食べるなよ!」
何を馬鹿なという顔で見られる。だって数日前に毒キノコを食べる奴がいたんだ! 仕方ないだろ!
まだ六階の探索が始まったばかりだがもう色々お腹いっぱいになってきた。




