第三十八話 アレス探検隊その三 後編
布袋いっぱいに木の実の採取が終わり、タントと道標の連中が満足そうに雑談している。このまま平和に進んでほしいのだがそうはいかないようだ。
「ダレン、あれを見ろ」
木の上からクロイが俺達が向かう方向の窪地を指す。ダレンが器用に木の上に上り、目を細める。
「……ボアですね。ワイルドボアだと思われます。二十体はいます」
「何をしているか見えるか?」
「草を食べてますね……。何体かこちらを何度も見ているので気づかれています。が、襲ってこないのは変ですね」
地上にいるワイルドボアは、鼻の良さでかなりの距離から獲物を見つけどんな相手も猪突猛進で攻撃してくる。ボアがのんびりしている姿など誰も見たことがない。そもそもボアじゃなくてもダンジョンの魔物は、こちらを見つけ次第無条件で襲ってくるものだ。
「所詮ワイルドボアだ。無視して進むぞ。突っ込んできたら盾組が前面に立ってくれ!」
「食料なのかもしれないわね」
ゼイラが空を指さしながら呟く。……ああ。沢山食べるやつが空に飛んでいたな。
「温厚なのは何故だと思う?」
「恐らくだけど、ワイルドボアがこの階では飛び抜けて弱いんじゃないかしら。倒せる相手が居なければ温厚にもなるわね」
ありえる話だ。食物連鎖の一番下にいるのであれば必要なのは闘争心ではなく逃げ足の速さだ。つまり俺達が近づいても襲われずに逃げ出す可能性があるってことだな。
「ボアがいるからそれ目当てにワイバーンがいるってことか? それなら、俺らの町の周りにもいてもおかしくないがな。そういえば神域とやらはなんのことだ?」
歩きながら後回しにしたことをメルキオールに確認する。
「神の箱庭のことです」
「さっぱりわからないんだが!?」
「あくまで伝承の話ですが、神々が作った小さな世界のことです。神ごとに違う世界が作られ、目的は未だ謎です。ダンジョンとは銅貨と白金貨くらい違いますが、神縁の物が出る以上、無関係ではないでしょうね」
説明を受けても全くわからない。神様が何かしようとして作った世界が、何故かダンジョンの下にある。信仰心がない俺からすると何とも胡散臭い話だが、今いるこの空間を否定するだけの材料がない。
珍しくリーシュも話に参加してくる。
「つまりここは、ペットのワイバーンの餌場ってことか! ワイバーンをイジメ続ければ飼い主の神が現れるんだな?」
「ペットかどうかはわかりませんが、何かしらの働きかけで神に親しい者が現れる可能性はあるかもしれませんね」
「楽しみだな! 神はどれだけ強いのか!」
おいおい。この探索の裏の目的は、エルフは意外と良い奴だを広めることだぞ。なのに何故神様を切りつける話になってるんだ。しかもそれを言う相手が、神の代弁者。そして言われた本人も、他の神官も微笑ましいものを見る目線で見守っている。これ怒りを笑顔で貯めていて、一定ラインで爆発したりしないよな!? 笑顔は親交のため行うものだからね!? 戦闘するより胃が痛いんですけど。
謎は何も解けないまま、ボアの群れに近づいて行く。たしかに何体かチラチラこちらを見ては草を食べるのを繰り返している。俺達は脅威と思われていないのか?
と思っていたら、群れが一斉に頭を上げた。俺たちを見たんじゃない。全部が同じ方向を、つまり空を見ている。
次の瞬間、十数頭が土煙を上げて逃げ出した。
「来ました! 二体です!」
ダレンが叫んだ時には、もう黒い点が二つ見えていた。
二体は、はじめから高さを分けて来た。一体が高く、一体が低い。高い方は、さっき落としたやつより一回りでかい。
低い方が先に降りてくる。リドルの号令で一番と二番がそいつを狙い、二射目で翼の膜を裂いた。と、同時に高い方からも急降下が始まっている。
「三番! どこでもいい! 確実に当てろ!」
リドルの号令で三番が発射する。ワイバーンの中心に向かって真っ直ぐ飛んでいくが、突如羽を畳み回転しながら避ける。
「全員退避しろ! 散れ!」
リドルが「散れ」と言った。俺はそれを聞いて背筋が寒くなった。どんな時でも隊列を崩さなかった道標がそれぞれの方向に散開する。
「魔法部隊! いけるか!?」
「「任せて(ろ)」」
ゼイラとイーサが同時に答える。イーサが風の刃を唱え、ワイバーンの翼を狙う。ゼイラと魔術師は土の岩壁を即席で作り、神官を中心とした塊に壁を作る。
イーサの魔法は、ワイバーンの翼に傷をつけたが既にスピードが出ているためか進路は変わらない。タント達が盾や、斧を構え岩壁のすぐ後ろに待機する。体で神官を守るつもりだ! リーシュとクロイと目が合う。ああ、そうだな! 俺達が何とかしないと!
土壁の脇を抜けた時、ワイバーンは目の前に迫っている。地面スレスレで翼を広げて土壁に突撃するようだ。
「こっちの翼だ!」
俺の声を聞き、リーシュとクロイが飛び出す。俺もすぐ後を追う。二人は地面を滑るように流れ込み、翼に剣を立てる。剣は翼に突き刺さるが、二人は投げ出される。お陰でワイバーンの体勢が僅かに崩れる。足が見えたぞ!
俺は魔力を手だけに貯め、ワイバーンの足を切りつける。手応えがあり、ワイバーンの右足を切断したがまだ体勢が崩れきらない。俺はワイバーンの体に巻き込まれ吹き飛ばされた。その瞬間にワイバーンの体勢が崩れ、土壁の角に突っ込むのが見えた。
地面に強く叩きつけられ、声が出せない。状況はどうなった! 土壁が崩れ何人か倒れているのが見える。不味い! 起き上がらないといけないが体が動かない。
「二番隊まで先に落とした方の対処だ! 残りは本隊に向かえ!」
「回復は後回しに! 先にトドメを刺せ!」
リドルとタントの指示が聞こえる。どちらも飛び立たれる前に殴り倒すつもりのようだ。頼りになる。近場にぶつかったワイバーンは、神官や道標、イーサ、タントが滅多殴りにしてるのが見える。こちらは問題なさそうだ。先に落としたワイバーンの方は、残りの道標の連中が先陣を切って槍でついている。人数が足りないため、ロープでコントロールできていない。が、そこに怪我をしているはずのリーシュとクロイが駆けつけ、羽を何度も切りつけている。後は早かった。飛ぶことができなくなったワイバーンが噛み付こうとしたら避け、その隙に別な者が切りつける。繰り返しているうちにワイバーンは動かなくなった。それを見届け、俺の意識は無くなった。
***
目が覚めた時は、テントの中だった。体に痛みはない。被害状況はどうなった!? 飛び起きてテントから出る。辺りは岩壁に囲われている。どこだここは? 皆は食事を取っていた。
「すまん! どうなったか教えてくれ!」
「お。起きたか。体は大丈夫か?」
トーリが俺の体を労わってくれるが、それどころじゃない。
「被害状況は……?」
「まず安心しろ! 死人は出ていない。怪我人もみんな回復済みでアレスが最後だ」
まずは良かった。あれを受けて死人が出ていないのは奇跡と言っていい。神官が揃っている状況が奇跡を生んだのか。
「そいつは良かった! だが、この状況は危険ではないか?」
「ああ、それも理由がある。まず、魔術師達が一帯を壁で覆ってくれた。そして、あれを見てみろ」
そこには俺に大怪我をさせた巨大なワイバーンの死体、そして小さめなもう一体。よく見ると大きい方は目に矢が刺さっている。最後に体勢を崩したのはこれが理由か。
「よく目に当てたな!」
「誰かが囮になってくれたお陰で簡単だったぜ」
茶化しながら軽く言っているが、これが無ければおそらく死人が出ていただろうな。ワイバーンの死体は一部解体されて、緑色の拳より大きいコアが地面に無造作に置かれている。このメンバーなら盗まれることもないが不用心ではある。
「見たがわからん!」
「あの後、何度かワイバーンが現れた」
「!? どう対応したんだ!」
「何もしないで逃げてったぞ」
まるで理解出来ないが、トーリの得意顔を見ると理由があるんだろう。
「まさか、この大物の死体を見て逃げたのか?」
「ほぼ正解だ。大神官が言うには、ワイバーンが現れると魔力を飛ばして来るらしい。で、そのでかいコアが魔力を反射したと言っている」
「ふむ」
「そのコアの持ち主はワイバーンのボスか何かじゃないかと。ボスのコアを検知して逃げるらしい」
これが事実ならとんでもない発見だぞ! このコアを持っていれば、この階の通行手形になるということだ。
「……どこまで信頼できる?」
「少なくとも五時間は襲われていない。明るくてわからんだろうが今は夜中で野営中だ」
そんな長い時間俺は倒れていたのか。もう一度周りを見渡すと、緊張感などなく、リドルなどの一部の者を除き皆リラックスしている。タント達とリーシュ達が一緒に食事を取りながら笑っている。ん? あのタントがか!?
「あれは一体どうなっているんだ……?」
「タントの旦那もエルフの連中に命を救われた口だ。命の恩人に対して偏見など持つわけないさ。俺含めてな!」
思い出しただけでも、あの巨体に向かうの無謀だった。そしてそれをいつも真っ先にやるのがエルフだ。エルフが認められるのは俺が認められたような気がして、頬が緩む。口は最悪だが悪い奴らじゃないんだよな。
「それじゃ助けてもらった神官達に礼を言いに行かないとな」
「明日にした方がいいぞ。魔術師と神官は魔力回復のため寝てくれとリドルが指示していた。起こしたら悪い」
「ほんと頼もしいな。リドルと話をしてくる」
リドルの所に向かう途中に、俺に気づいたタント達から労いの言葉を受け、道標からは賞賛を受け、ダレンからは心配され、エルフからは戦闘のダメ出しを受けた。いつになったら褒めてくれるんだ!?
険しい顔で空を眺めるリドルが俺に気づき、笑顔を見せる。いつも通りちょっと怖い笑顔の方だ。
「すまんな。倒れてる間、指示を出してくれて助かったぞ」
「いいえ。アレス様のお陰で被害も少なく、お礼を言うのはこちらです」
「ワイバーンを警戒しているのか?」
「ええ。ボスのコアを怖がって接近しないようですが、ボスが居なくなれば新しいボスが生まれます。その時もそのコアは効果があるでしょうか?」
リドルの話はもっともだ。通行手形を手に入れたと喜んでた俺を殴りたい! この人がリーダーになった方がよっぽど俺より上手く出来るんじゃないか?
「答えはわからない。効果は確かにあるが盲信してはいけないということだな」
「ええ、アレス様。ですが警戒しすぎても疲れます。今晩はうちのメンバーで野営の見張りをしようと思いますがどうでしょうか」
「有難い話だが、公平に分担だ」
ここにあるテントも全て道標の連中が運び用意してくれた。ここで野営の番まで任せてしまうと働かせ過ぎになる。リドルは笑みを浮かべたまま続ける。
「コアの効果がある限り我々はただのポーターです。明日以降は皆さんが活躍する場面になります。ですので、これが公平なのです」
「口で勝てる気がしないんですけど!?」
「ええ。負けを認めて我々にやらせてくださいね」
「ああ、ありがとよ!」
ずっと一人で活動してたが、やはりパーティはいいものだな。レオを何とか連れ出して、このやり取りをしたいぞ! あいつを釣るには財宝より、とてつもない美味いものを見つけないとな!
***
朝になり探索を継続する。ずっと明るいので朝かどうかはわからんが。草原をずっと真っ直ぐに進み、遥か遠くに見えた山はもう目の前だ。
途中魔物に襲われることもなく、定期的に食べられそうなものを採取しながら順調にここまで来た。遠くからは普通の山に見えたが、近くで見ると低いところは岩山だった。岩山の麓では岩肌に裂け目があり、中を通るのには十分な広さがあった。
ダレンが先に入ってすぐ戻ってきた。
「入ってすぐのところに扉があります」
「ボスの所にあるやつか?」
「おそらく」
そんな偶然あるのか? 適当に真っ直ぐ進んできたらボスに着くとか、この広い空間ではありえない。目隠しで家から適当に歩いたら王様の寝室にたどり着くようなものだぞ。
「バリスタは通りそうか?」
「おそらく無理です。分解して持ち込めますが、組み立てる時間が取れるか中で確認してからの方が良いかと」
リドルがすぐに答える。ワイバーンすら圧倒したこの兵器をここに置いていくことに不安がよぎる。ワイバーンのボスとか、空を飛ばない訳がない。
ボスの情報はない。出たところ勝負だ。
「俺たちが先行する。魔術師と神官はボスの情報を確認してくれ。またバジリスクかもしれんし、ドラゴンかもしれない。臨機応変に祝福なり、ブレス避けの壁を頼む。他のものは護衛だ。うちの要を守り切ってくれ。相手の数によってはタント達は前に出てくれ」
皆が頷くのを確認し、扉に手をかける。……重い! 道標に手伝ってもらい八人がかりで押すと、低い音を立てて開いた。
***
中は広かった。天井が高く、四十人が入ってもまだ余る。壁が青白く光ってるのは、ここまでのボス部屋と同じだ。
同じではないところは、中央の石柱に何かが鎖で縛られている。座り込んだ姿勢のまま、俺の背丈の倍はある。太い鎖が十本近く、石柱と体を縫い付けるように巻きついていた。全身包帯で包まれた巨大な何かが赤い目でこちらを睨んでいる。得体のしれない生物と目が合った瞬間に全身に寒気が走る。あれはヤバいやつだ。
後ろで神官たちが何かを唱え、祝福が付与された感覚が走る。化け物から目を逸らさず小声で確認する。
「あいつを知っているのか!?」
「悪魔です。祝福なしで対峙すると魂が穢れます! 創世神アルト様が地の底に封じた五十の悪魔の一人、フォロネアです」
「強いのか!?」
「準備なしで勝てる相手ではありません! 撤退を!」
大神官の緊張する声が事態の深刻さを物語っている。ガチャリと嫌な音が聞こえた。
「鎖が外れてる……!? すぐに撤退しろ!」
後方に待機していた道標のメンバーが即時入口に駆けていくが、入口で何かにぶつかり倒れ込む。
「壁です。見えない壁ができています! 隙間は……ありません!」
「タント! 壊せるか!?」
タントが斧を見えない壁に振り下ろすが、振り下ろした速度と同じくらい反発する。何度も試すが、同じ状態だった。
「駄目だ! 硬くはないが手応えがない!」
ガチャリガチャリと次々に鎖が外れていく。耳の方まで裂けた口から笑みが見える。動ける前に解決する必要がある!
「神官と魔術師の一部は壁を壊せないか試してくれ! 入り口以外の壁でもいい! 残り遠距離攻撃を持っている奴らは全員あの悪魔に打ち込め!」
俺の号令と共に、ゼイラ含めた魔術師四人、イーサ、大神官、弓使い達が前に出た。魔術師達が詠唱を始める。すぐに撃たないところを見ると、かなり高出力の魔法を放つようだ。弓部隊は一斉発射を行ったが、悪魔の包帯に矢がはじかれている。トーリが放った銀の矢だけは、包帯を貫き僅かに悪魔に刺さる。
「聖なる力しか効かないのかもしれません。矢に祝福を!」
大神官の祝福をうけ光を放つ矢をトーリが放った。輝く矢は、悪魔の右目に突き刺さる。
悪魔は一瞬動きを止めるが、目に刺さった矢など気にとめていない。次の鎖がまたガチャリと外れる。
「……効いていないのか?」
「フォロネアは不死と言われています! 目を潰しても戻ります! かつて挑んだ人間の攻撃を一度も避けず、それでも回復の方が早く、人間の側が先に全滅したと」
「相手の攻撃手段はなんだ!」
「ありません! あれは何もしてきません! ただ、いずれ祝福を上回って全員の魂が穢れ死にます。それがいつかはわかりません!」
目だぞ! 目を潰してダメージが小さいと言われたらどうしたらいいんだ! しかも何もしてこないけどいずれ全滅する、だと? なんだそれ! 理不尽すぎるだろ!
言われて気づく。思えば鎖が外れる度に本能的な恐怖が高まっている。背中が冷えて、足が勝手に後ろへ下がろうとしている。殴られてもいないのにだ。悪魔を抑える力が弱まった分だけ、こっちの体が先に降参しようとしてやがる。祝福が負けるまでの、時間との勝負だ!
「魔法いけるわ! 衝撃に備えて!」
「「「解放!」」」
魔法使い達の声とともに赤、青、緑の光がそれぞれ悪魔に向かって放たれる。悪魔に当たる直前に光は集結し光り輝く。
が、悪魔にぶつかると共に光は弾かれ、後方の壁に突き刺さって大爆発がおきる。部屋ごと揺れた。
「嘘でしょ? 反射持ちだわ!」
「魔法が通じないってことか!?」
「戦争で使う儀式魔法の一つよ! これより強い魔法は人数が足りないわよ!」
「あの包帯が弾く所が見えました! あれを剥がせば通じるのではないでしょうか!」
ダレンが言う。それしか方法は無さそうだな! リーシュ、クロイも同意見のようだ。
「俺達の武器に祝福を頼む! 滅多切りにしてやるから包帯が剥がれたら魔法で焼いてやれ! タント達も飛び出す準備を頼む!」
大神官の祝福と共に俺達三人で飛び出す。人数が多ければ邪魔になる。この人数でまずは挑戦だ!
また一本鎖が外れる。残りはもう三本しかない。最初にたどり着いたのはリーシュだ。通り抜けながら悪魔の体を切りつけたが、剣が通らない。包帯にわずかに切れ込みが入っただけだ。続いてクロイが残りの目を突く。そして俺は、高く飛び大剣で首を狙って振り下ろすが、やはり弾かれる。手のしびれは大岩を切りつけたような感触だ。
俺は正面、リーシュは側面。クロイは包帯のない箇所を狙って何度も何度も切りつける。が、手応えがない。包帯は切れているが更に中の包帯に弾かれる。一体何重に巻かれてるのか!
また、一つ鎖が外れる。このままだと時間切れになってしまう。
「タント! 俺達だけでは届かない! 頭をかち割ってくれ! 時間がない! 一気に決めるぞ!」
すぐにタントは飛び出して小さい体からは信じられない跳躍を見せる。振り下ろした斧は、悪魔の頭蓋骨に僅かだが突き刺さる。リーシュが目にも止まらぬ速さで切りつけ、クロイが普段では見せない大振りで剣を叩きつける。俺も魔力を全て手に集め渾身の力で叩きつけるが、当の悪魔はこの状況を楽しんでいるのか笑ってやがる。あのニヤけた顔を止めることができない。
……カシャン。また鎖がとける。残り一本だ。これ外れたら一体何が起きると言うのか。
横から、箱ごと押し付けられた。イーサだ。魔術師の列にいたはずの男が、いつの間にか俺の隣まで来ている。
「アレス! これを使え!」
「これは……あれか!? どうやって使うんだ!」
「弱い火魔法を使ったあと十秒ほどで爆発すると言っていたぞ!」
あの時のあれだ。ギルドで俺が置いてけと言って、ゼイラが箱ごと振り回したやつだ。魔術師ギルドの暇な連中が限界まで魔力を詰めた、あの球体だ。
弱い火魔法なら俺でも使える。球体を握った手に残り僅かな魔力を注ぎ火魔法を唱える。
「お前のニヤケ面、今すぐ消してやるよ!」
斧で殴りつけているタントの脇を抜け、悪魔の口の中に球体を投げ込む。口の中に何かを入れられたにも関わらずこちらに興味が無いのか、必死に切りつける三人を眺めている。
「全員退避! 爆発するぞ!」
俺の号令と共に攻撃組は一斉にゼイラたちの元へ駆け出す。どんな威力が出るか誰もわからない。振り返り悪魔の方を見ると、不思議そうな顔でこちらを見ている。何百年前か知らないが、現代の技術を喰らいやがれ!
ゼイラ達の所へ着くと共に岩壁の防御陣が作られる。道標の盾持ちは神官達の前に立ち衝撃に立ち向かうようだ。本当に頼もしい奴らだ。
とその時、部屋が白くなって、音が遅れて来た。腹の底まで揺れて、耳がおかしくなる。周りを見渡せば、みんな耳はおかしいようだが無事のようだ。
悪魔はどうなった!? 岩壁から顔を出し覗き込むと悪魔が縛られていた石柱ごと消滅し、大穴が空いている。
「倒せたのか……? ダレン、神官、何か感じるか」
「気配は消えました!」
「私の方もあの不愉快な気配は感じ取れません」
二人の報告を聞き安堵するもつかの間、白い光が降り注ぐ。一人一人に四十本の光が。
「なんだこれは……」
「神の力を感じます。これは……」
メルキオールの言い方だと悪いものではないと思われる。なんだか少し疲れが取れた気がする。
「恩恵です! 神からのご褒美だと思ってもらって良いかと」
「恩恵……? 何かいいことがあるのか?」
「一番低いものなので、魔力量が少し増えた感じがしますね。我々神官にとってはこれほど素晴らしい報酬はありません!」
興奮する神官達を横目に、リーシュ達はつまらなそうにしている。
「何か問題があるのか?」
「今ので確実に強くなった。だが、貰い物の力で強くなるのはエルフの流儀ではない」
キリッとした顔でリーシュが断言する。いやいやいや、貰い物の力でも強くなるのは嬉しいって! 言ってることは理解できるけど、そこまでストイックに鍛錬しなくてもよくないかい?
「悪魔という強敵を倒したことで強くなったと考えればいいんじゃないか?」
「フッ。そうだな。そういうことにしておこう」
クロイは俺の適当な言葉に納得してくれた。ちょっと距離感が近づいた気がする。
「もう今回はここが限界だな。なにか無いか探索して帰るとするか」
「実は皆さんが戦っている時に、地形を確認していたのですが、悪魔の右後ろのあたりにフロアがあります。行きますか?」
凄いやつだなダレンは。倒せなかった時に皆が逃げられる場所がないか探っていたのだろう。
「何があるかわからないから全員で行くぞ」
四十人でゾロゾロ戦いの跡を横目に探索を続ける。
***
「おいおいおい! 嘘だろ!」
「これは夢か……」
横にあるフロアを抜けたところは、宝の山だった。そこには、金貨、宝石、見たこともない金属の塊、高そうな武器防具、とにかく一人二人では持ちきれない量の財宝だ。
「威力がもっと強かったらここも消滅してたわね」
「違いねえ! タダ働きにならなくて良かったぜ」
ゼイラとトーリが軽口を叩きながら財宝を見つめる。
「何枚あるか数え切れませんね。一つだけ宝箱があります。開けますか?」
「ああ、たのむ」
ダレンがすぐに宝箱の解錠を行う。回数を重ねる毎に早くなっている気がする。
「これは……!」
「きたか!!」
ダレンが取り出したのは、金色に輝く、掌ほどの薄い円盤。形はあの二つと違うが、同じ光り方をしている。つまり……。
「三つ目だ!」
言うと共に、リーシュが目を見開き、クロイが珍しく笑い、イーサがダレンの頭を撫でる。この五人で、ミノタウロスに吹き飛ばされ、バジリスクに震え、ワイバーンに逃げ帰り、そしてこの四十人を集めやっとここまで来た。
先程の緊張感もあったせいか、感動で涙が出そうになる。恥ずかしいから必死に堪えるけどな!
「よし、ひとつ残らず持ち帰るぞ! 俺達は大金持ちだ!」
「「「うおおー!!!」」」
***
帰り道、遥か遠くにあのクソ長い階段が見える。しかし足取りは軽い。道標の連中とも来た時とは違い、緩い感じで会話しながら行進している。
「こんだけの大金だ。傭兵家業は終了か?」
「ええ。出来るのであればそうしたいのですがそうはいかないでしょうね」
冗談のつもりでリドルに尋ねたのだが、笑顔の裏に曇りが見えた。
「何かあるのか?」
「世界が平和ならばよいのですが、戦争が起きれば全て奪われます。傭兵は奪う側の人間ですから、その辺は素直に喜べないのです」
「起きると思うか……?」
「起きるでしょうね。メルキオール様は五十の悪魔が封じられていると仰っておりました。では残り四十九はどこにいるでしょうか。そこには財宝はあるのでしょうか」
そもそも適当に進んだ先に悪魔がいたことがおかしい事態だった。五十方向どこに行っても悪魔がいるのであれば納得だ。考えもしなかった。
「取れる対策は?」
「装備やアーティファクトを揃える。そして悪魔を倒し強くなることでしょうか」
「あれをあと四十九回やるのか……」
「まぁ一つの案です。国を捨てて逃げる案もありますが、我々は故郷を捨てません」
浮かれ気分だったのが一瞬で引き締まる。俺はまだ弱い。今回の悪魔は直接攻撃して来ないタイプだったにも関わらずズルをして何とか倒した。他国のS級の連中なら正面から戦って倒せるかもしれない。レオの顔が頭に浮かぶ。本気で訓練に付き合ってもらう方法を考えなければ。今回の財宝を見せても、興味無いんだろうなぁ。タントが収集した果物に期待しよう。
そんなこんなで一階までは危ういこともなく辿り着いた。
***
「俺達はあの扉が開くか見に行く。タント達と道標は、一足先に財宝をギルドに届けてくれ」
「わかった。またあの化け物が居るかもしれないから注意しろよ」
「シャレにならない注意やめて!」
「私も見に行ってよろしいでしょうか?」
メルキオールが声をかけてくる。
「来てくれるならありがたいが危ないことが起きる可能性が高いぞ?」
「ええ。もし死んでしまっても私のワガママで行ったと伝えるようにいたします。神の意思を確認したいのです」
金貨を見ている時はニヤけていたのに、こういう姿を見ると急に立派な人に見えるから不思議だ。
「それじゃ土産話を楽しみにしといてくれ」
「ああ、死んだら分け前が増えるから俺を喜ばせるなよ?」
「絶対に戻ってやる!」
トーリと言葉を交わし、トーリの言葉を聞いて「殺すぞ!」といきり立つリーシュを引きずり赤い扉へ向かう。軽口を叩いたら殺されかけて真っ青になったトーリの顔を思い出すだけでニヤけて良い感じに力が抜けた。逆にダレンが緊張しているようだが、もうこの男のことは信用を通り越し頼りにしているから余計な声はかけない。
途中出てくる雑魚は全てイーサが切り払う。本人曰く役に立たなかったからせめて他のみんなは休んでほしいとのこと。イーサが球体を届けてくれなかったら全滅してたわけだが。そもそも魔法使いなのに、俺より剣筋が鋭いのが意味不明なわけだが。
一階最奥の赤い扉に着く。
ダレンが荷物から鍵を出して、扉の前に並べた。四階の一つ、ミノタウロスに吹き飛ばされて大怪我したやつ。五階の一つ、うっかり入ってたらバジリスクに芸術作品に変えられてたやつ。そして、今日の化け物。
どれも死にかけた思い出しかない。
「……はめます」
「ああ、頼む」
ダレンの手が震えていた。俺のもだ。
一つ目をはめる。何も起きない。二つ目をはめると、錠の中で何かが動く音がした。三つ目を持ち上げた所で、ダレンが一度手を止め、俺を見た。俺は頷く。この鍵はうちの斥候が見つけた鍵だ。最後までダレンの仕事だ。
三つ目が入った。
錠の中の音が長く続いて、それから止まった。赤い扉の色が、青に変わる。そして三つ目の鍵は金色から透明な色になり地面に落ちる。
「念のため回収しておきます」
ダレンはそう言って透明な鍵を拾い上げる。
「扉は俺が開ける。また出られなくなるとまずいから中を外から覗き、悪魔がいたら撤退だ」
全員無言で頷く。メルキオールは念のためと言い、全員に祝福をかける。
扉は嘘のように軽く、そっと押しただけで開いた。中から冷たい風が流れてくる。とても静かだった。
空気がひやりとして、埃が光っている。奥から細く光が差していて、その光の真ん中に台座があった。台座に、剣が一本刺さっている。
「生物の気配はありません……」
「神聖な力で満ちています。悪魔はいないと見て良いでしょう」
ダレンとメルキオールの言葉に勇気づけられ、俺は一歩を踏み出した。続いてみんなも中に入る。ただ綺麗な剣があるだけだ。魔法の薬などどこにもない。
「……聞こえます」
メルキオールだった。振り返ると、片手を耳の後ろに当てている。
「何がですか?」
「声が。ごく、小さく。……この剣が、何かを」
俺は台座に近づき、耳を近づけた。何も聞こえない。リーシュも、クロイも、イーサも、ダレンも順番に首を振った。これがトーリだったら「戦闘で頭を打っておかしくなったか?」と声をかけるのだが、大神官が言っているのだ。何かあるのだろう。
「……『一人』、と」
メルキオールが震える声で言う。
「一人であの台座に登れということか。他にも何か?」
「……『さびしい?』……いえ。……『さだめ』、でしょうか」
「どっちですか!?」
「……『たのむ』。……お頼みになっている。この剣、我々に何かをお頼みになっている……!」
大神官の目から涙が落ちた。
「間違いありません。孤独こそ我が定め、と。……創世神アルト様がこの剣に課された使命なのでしょう。三百年、いえ、それ以上を、この方はただ一振りでここに」
俺は剣を見た。剣は何も言わない。少なくとも俺には何も言わない。
「そんな大切な剣ならばメルキオール様が抜きますか?」
「いいえ。畏れ多い。私の信仰心ではこの聖剣のお声を全て聞き取ることができませんでした。アレス様お願いします」
少なくとも呪いの剣ではなさそうだ。ありがたみを感じていない俺が抜いてしまってよいのだろうか。そもそも抜けるのかこれ。そんな長いこと放置されてたら錆びて抜けないんじゃないか?
とりあえず抜けるか確かめようと台座に上り、力を込めようとした予備動作だけでスルリと剣は抜けてしまった。
軽い。大剣の重さがまるでない。何百年も放ったらかしのくせに、錆の一つも浮いていなかった。
「おおお、なんと神々しい!」
確かに綺麗な剣だ。リーシュの剣に負けないくらい輝いている。そして俺好みの大剣だ。しかし隣でぽろぽろ涙するオッサンを見て、ドン引きしている我らがパーティメンバーが手にしてよい剣なのか一抹の不安がよぎる。
「『感謝』……でしょうか。アレス様への感謝の言葉が聞こえます。やはりこの剣はアレス様が持つべきです!」
「お、おう」
他のメンバーを見ると、胡散臭いものを見るような目で大剣を見ている。これは俺が貰っちゃっても良さそうな雰囲気だな……。正直強そうな剣だから嬉しいけど、これ寝てる時に幽霊とか出てこないよね!? 毎晩うなされないよね!?
「他には何もなさそうです……」
ダレンは、このハズレの剣以外に何も無いことを申し訳なさそうに報告してきた。いや、ダレンが悪いわけじゃないからね! この剣だって当たりかもしれないから!
「アレス様。一つお願いがあります」
「ちょっとお願いは怖いんですが何でしょうか」
「この剣をレオ様に見せていただけませんか? その時は私もご一緒させていただければと」
「レオのところに行くなら私も行く!」
リーシュのことは無視して、レオのことを勝手に決める権限はないのだが……。
「あの方ならば、私には聞こえない聖剣の言葉が聞こえるかもしれません。神の意思を確認したいのです」
断る理由が一つも見つからない。
いや、一つあった。俺はレオを連れ回し、道標、魔術師ギルド、教会をタライ回しに協力してもらった。そこで面倒事を持ち込んだら、訓練をつけてなど頼みづらくなる。しかし大神官の頼みを断る勇気は俺にはない!
「明日、リーシュと一緒に行ってみますか」
「行くー!」
「ああ、本当に感謝します」
何もかも上手くいったのに何故か心は晴れない。
レオ、頼むから家にいてくれよ!




