第二十九話 宗教は間に合っています
神父から紹介状をもらい、教会本部へ向かう。さっきの神父はお金を信仰してたなぁ。ルーペの手つきだけは敬虔だった。それの親玉とか、もう会う前から嫌な予感しかしない。金の匂いの濃度は、たぶん組織の上に行くほど上がる。地球で学んだ、汎用性の高い法則である。
「頼むから大人しくしていてくれよ」
アレスは数分で老け込んだみたいだ。まだ始まってもいないのに可哀想に。町の教会での八分間が、よほど堪えたらしい。とはいえ、何もアドバイスも思いつかないので傍観者を貫こう。俺の役目は護衛でも交渉でもなく、リーシュの「お座り」ボタンだけだ。
「教会の連中はすぐに喧嘩を売ってくるから、私は悪くない」
たしかに何か妙な感じだったが、エルフの行動を見ると自業自得な気がする。先に売られた喧嘩を全部定価で買い取っていくスタイルでは、在庫は増える一方だろう。
「紹介状の中見よう。悪いこと書いてたら戻ってリーシュをけしかければいいし」
「良いこと書いてたらどうするんだよ! また書き直してもらうのか?」
我ながら名案だと思ったのに、アレスがアレスの癖に正論を言う。検品は取引の基本なんだが、確かに開けたら戻せない。ふむ。回復魔法で封蝋も戻せたりしないかしら。怪我じゃないから無理そうだな。ドイルの頭と同じ理屈だ。
* * *
教会本部は、すぐ近くにあった。
でかい。まず思ったのはそれだった。町の教会にあった尖った屋根やステンドグラスみたいな装飾がどこにもない。四角くて硬派な石造りの建物が、やたら敷地を広く取って建っている。飾りで信者を集める末端と、飾る必要のない本丸。お金かかってそうだな、というのが素直な感想だ。権力は、往々にして地味な建物に住んでいる。
中に入ると、待合室フロアと受付があり、聖職者の服装をしている人は割と少ない。書類を抱えて足早に行き交うのは、どう見ても事務方だ。祈りの声より、羽根ペンの音の方が多い。銀行の窓口みたいな感じだ。宗教のバックオフィス、初めて見た。
「教会から大神官宛に紹介状をもらっている。取り次ぎを頼む」
「確認します。お待ちください」
アレスだけ待たせて俺とリーシュはフロアにある椅子に座る。リーシュをチラチラ見る人が多い。視線に、好奇より警戒の色が濃い。エルフは一体何をやらかしたんだか。
暇つぶしに残りのエルフは何をしてるのかリーシュに尋ねたが、鍛錬しているという。待ち時間も鍛錬。移動日も鍛錬。あの一族の辞書に「オフ」の文字はない。エルフを百人くらい連れてきたら、面白そうだな。この静かな事務所が三十秒で崩壊する。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
丁寧だがやる気のない受付に着いて行き、個室に通される。中には、立派な聖職服を着たおじさんがいた。
痩せ型で、四十代くらい。猫背気味で、目の下の隈が濃い。祈祷書の代わりに分厚い書類の束を小脇に抱えていて、聖職者というより経理担当って感じの覇気のなさだ。大神官って、もっと白髭で威厳の塊みたいなのを想像してたぞ。俺たちに気づくと、疲れた顔にすぐ愛想笑いを貼り付ける。貼り付ける速度だけは、年季が入っていた。
神父らしき男はリーシュを見るなり、表情が抜け落ちる。愛想笑いの下から、何も塗られていない顔が一瞬だけ出た。が、立ち直しまた愛想笑いをしながら言う。
「まずはお座りください。私はアルト教団の大神官を務めています、メルキオールと申します」
「アレスだ。こっちはレオとリーシュだ」
「アレス様、レオ様。紹介状を拝見しました。かなり貴重な物をお持ちとのことで、こちらで確認させてください」
いきなりのリーシュを無視。名前を呼ばれたのは二人だけ。町の神父の「唇の歪み」が、本部では「存在の削除」に格上げされている。根が深そうだが、俺のいない時にやってくれ。正直に言って少し気分が悪い。
「ああ、これだ」
アレスは少し緊張しているようだ。徹底的に踏んだくれ。何なら俺が買い取って目の前で壊してやるよ。
「素晴らしいですね。魔力を確認させて貰ってもよろしいですか?」
「ああ、やってくれ」
魔力を確認? 俺が今一番欲しい能力だ。ゼイラ先生の宿題が、目の前で職能として実演されようとしている。でもこいつに教わるのは嫌だな。月謝の代わりに信仰を請求されそうだ。
アレスの返事と共に大神官の手から扇状に魔力が出ているのが見える。レーダーみたいに、部屋をゆっくり撫でていく。こっちにも来た。なんか臭そうで嫌だな。実際の匂いはないんだが、気分の問題だ。
大神官の目が、糸のように細かった状態から一気に見開かれた。
「なんと! これは素晴らしい! こんなことがあるとは!」
身を乗り出す大神官。さっきまでの覇気のなさが嘘みたいだ。猫背が伸びた。隈の上の目が輝いてる。値段を決める前にその姿を見せるのは悪手じゃないか? オージなら査定額が二割上がる顔だぞ、それ。
「かなり良い物か?」
「神の息吹を感じます! そして貴方からも!」
俺の方を見ながら言う。
はぁ、このパターンは予想してなかった。正解は「引きこもりたいだけのコピー人間」です。魔王を神と間違うとは信仰心が足りてないんじゃないのか?
リーシュが椅子を蹴って立ち上がる。
「馬鹿を言うな! 無能野郎が! レオからクズの気配なんて一切感じない!」
……あれ、これ俺を庇ってるのか? 神の気配をクズの気配と訳すあたり、擁護の形が独特すぎるが。
大神官が愛想笑いを消し、冷たい目で言い返す。
「エルフ如き神敵に神の偉大さの何がわかると言うのだ!」
「神如きが何ができると言うんだ? ほら、神罰をくだして見ろ! 早く! 出来ないのか?」
沸点がわからなくて怖いよこの子。そして本部のど真ん中で神罰の実演を要求するな。それにしてもエルフって神敵だったのか、よく普通にここへ来たなと今更ちょっと感心する。敵陣のロビーで鍛錬の話をしてたのか、こいつ。俺に関係ない喧嘩なら、もっと気楽に見物できたんだけどな。
大神官が両手を広げ、芝居がかった調子で言う。
「神に見放されし種族よ。この者はいずれ神の使徒になろう。そなたがいると、神の使徒にはなれん。この者の事を思うなら今すぐ立ち去るのだ」
リーシュが俺の方を見て、言葉に詰まる。
いつもの騒がしさが、すっと消えた。この場の誰に殴りかかっても勝てる戦闘民族が、「レオのためになるか」の一点で固まっている。……おい、そこで止まるのか、お前。
少しもなる気がないから遠慮せず戦ってくれていいのに。
首切りが発動しないように注意しながら、弱めの魔力を放ちながら言う。ゼイラ先生の教え、初の実戦投入だ。針の見えないメーターを、祈りながら低めに倒す。
「こいつは俺の連れだ。侮辱するなら相手になろう」
大神官は、冷や汗をかきながら俺とリーシュから目を逸らす。両手を広げた芝居のポーズのまま、視線だけが逃げ場を探している。首切りが発動しなくて良かった。まぁしても問題ないんだけど。
「……失礼、取り乱しました。エルフ族が神への信仰を軽んじる、という教義上の話です。個人的な悪意はございません」
教義上、ね。
神敵だの見放されし種族だの、大仰な看板の中身がこれだ。要はメンツの問題で、実際に何かあったわけじゃなさそうだ。神を信じない種族が現に強くて健やかに暮らしている、というのは、信仰を売る商売には都合が悪い。だから「悪しき者」の札を貼っておく。大神官の目が一瞬泳いだのを見るに、本人もあまり信じてなさそうだった。売り物の効能を信じていない販売員の顔だ。
なるほど、力の前だと教義は三行で撤回されるらしい。この構図、最近どこかで見たな。俺の周りだけかもしれないが、この世界、正義や信仰より腕力の方がよく喋る。
「レオ! 最高!」
リーシュが抱きついてくる。あぶね! その速度はオートシールド発動するところだったぞ。抱擁とタックルの区別を、俺のシールドは持っていないんだ。
「失礼しました。使徒の話はまたにしましょう。こちらの品は、アルト様ゆかりの物で間違いないです。金額は、金貨三十枚でいかがでしょうか?」
「五人で分ける必要がある。金貨五十枚にしてくれ」
三千万? このジジイの像が? 町の教会の提示から十倍。加護のセット販売もなし。思ったより高いけど、石油王の俺からしたら端金だけど。と思っていたら、アレスが強気に出た。相場も価値も交渉も、俺にはわからないから見ててワクワクしちゃうね。あと、リーシュさんそろそろ離れてくれないかい? 交渉のテーブルで、片側だけ密着二人組なのは絵面が悪い。
「先ほどの失礼のお詫びも兼ねて、五十枚で買い取ります。こちらは教団ではなく私個人としては買い取らせていただく予定です」
満額回答、しかも個人買い。やっぱ宗教って儲かるんだな。大神官のポケットマネーが五千万。気になるから聞いちゃおうか。
「何故個人で買うんだ? 問題なければ聞かせてくれ」
「貴方様には正直にお答えします。神の息吹が感じられる品は、物品的な価値はありません。しかし、上の立場に行くにはこう言う物が沢山必要になるのです」
大神官は、先ほどまでとは別人のように満面の笑みで答えた。わかるようなわからんような。つまり、出世するためのキーアイテムみたいなもんか。聖遺物コレクションが人事評価に直結する組織。神の教団の出世レース、思ったより世俗のそれと変わらない。むしろ露骨だ。
「教えてくれてありがとう。アレスどうするんだ?」
アレスが恐る恐るリーシュに聞く。
「ああ、リーシュが良いって言えば問題ないのだが……良いか?」
「レオが庇ってくれたんだよ! 今日は本当に良い日! 好きにしていいよ!」
こっちも別人のように上機嫌だな。さっきまで神罰の実演を要求していた口が、鼻歌でも歌いそうだ。もう大神官もリーシュも怖いよほんと。感情の振り幅が、二人とも人間の規格を超えている。片方は人間じゃないが。
「では商談成立だ。高値で買ってくれて助かったぜ」
「いえいえ、こちらこそ助かりました。アレス様、レオ様、リーシュ様。困り事がありましたら、受付にこれを見せてください。私が力になりましょう」
メルキオールは、三枚の銀メダルを見せる。ついさっきまで存在を削除していたリーシュの分まで、しれっと三枚。
「リーシュの分もあるが良いのか?」
「ええ。レオ様の伴侶という事ならば話は変わります。お二人の幸せを私はお祈りさせていただきます」
違うんだけど! 神敵認定から伴侶認定まで、所要時間数分。教義とは一体。面倒だからそのままでいいか。……この「面倒だからそのまま」を積み重ねた結果が、今の現状なんだが。
「キャー! レオこの人いい人だよ!」
メルキオールとリーシュが笑顔で両手のハイタッチをしている。さっきまで殺し合い寸前までいってたのに。神敵と大神官のハイタッチ。教団の歴史に残る絵面じゃないのか、これ。
アレスが化け物を見るような目ではしゃぐ二人を見ている。気持ちはわかるぞ。今回のお前は、よく最後まで立っていた。
「それでは、また近いうちにお会いしましょう」
メルキオールがリーシュに言う。これ絶対に俺に言ってるよな。視線がフードの奥をまっすぐ向いている。会わないからね。使徒の話も「また」じゃなくて「なしで」だからね。
「またね!」
リーシュの返答を合図に解散となった。
* * *
帰り道に、アレスが言う。
「今日は胃薬が三回分くらい要る一日だった……レオ助かったぜ。俺の取り分から報酬を払うぞ」
「金貨五十枚程度の端金はいらねーな」
アレスが呆れた顔をして言う。
「頑張って交渉した大金なんだが……まぁありがとな! そういえば、ドイルが呼んでたぞ。今からギルドに行くが一緒に行くか?」
何もしてないけど今日は疲れ切った。傍観者のはずが、気づけば脅し役と仲裁役とお座りボタンを兼任していた。何もしてない、は言い過ぎか。
「明日顔を出すのでよろしくいっといてくれ」
「ああ、わかった。それじゃまた明日な!」
アレスの背中が人混みに消えていくのを見送っていると、リーシュがにやにやしながら顔を覗き込んできた。
「レオ、さっきの人に気に入られてたね。使徒とか、そういうのになる気あるの?」
あるわけない。目立ちたくないのに、神の使徒とか真っ先に逃げたい肩書きだ。本業は引きこもりだぞ。
「宗教は間に合っています」
「ふふ、それにしても『伴侶』だってさ」
リーシュはその単語だけ、しっかり持って帰る気らしい。今日一日の出来事から、戦利品として選んだのがそれか。訂正するのも面倒で、俺はもう帰って寝ることだけ考えることにした。




