第二十八話 ストーカーはごめんです
今日は早朝からお風呂に入る。ゼイラ先生の教えに従い、魔力の様子を注意しながらお湯を出す。何か出てるなくらいはわかるが大きい小さいがわからない。スピードメーターの針はまだ見えない。あるのが分かっただけでも進歩とするか。毎日続けよう。
そもそも何故お風呂魔法は、洪水や熱湯にならないのか。昨日の火球は、飛んでいくところまではイメージ通りだった。着弾した瞬間に三階建ての火柱になったが。一方お湯を出す行為は、日常で使い慣れた蛇口をイメージしている。三十年以上毎日触ってきた蛇口の感覚が、無意識のリミッターとして働いているのだろうか。だとすると、俺の魔法の安全性は「地球でどれだけ日常的にやってきたか」に比例することになる。攻撃は日常じゃないから、青天井。理屈は通る。嫌な理屈だが。
お風呂から上がり、ジャージに着替える。洗濯が面倒で、服はセットで召喚し、古いのは捨てている。そういや、焼却炉に捨てて燃やす際は、まだ常識の範囲内の火力だな。ゴミを燃やすのは日常の延長。仮説の補強材料がまた一つ。現代生活での経験が影響しているとなると、攻撃魔法を弱くするにはひたすら反復して脳に刻むしかないような気がする。
よし、面倒だ。威力は諦めよう。研究成果、三分で放棄である。ゼイラが見たら泣くな。
お風呂上がりのコーヒー牛乳を飲んでくつろいでいるとインターホンが鳴る。
画面を見ると、情けない表情をしたアレスと、笑顔いっぱいのリーシュだ。まじで何しにきたんだこいつら。俺のインターホン、稼働二回目にして早くも防犯装置としての真価を発揮している。居留守という選択肢が、画面の中の笑顔に潰された。
コーヒー牛乳をテーブルに置き、大きくため息をついてから門まで迎えにいく。
「何の用だ?」
「おお! レオ! これ凄いな。押すだけでそっちに連絡が行くんだな」
アレスがインターホンにはしゃぐ。確かにオーバーテクノロジーだから気持ちは少しわかる。そういやアーサーは少しも顔に出さなかったな。こう言うところがなんちゃってA級爵位と本物の違いだな。
「レオ! 昨日ずっとギルドで待ってたぞ! 来ないから迎えにきた!」
「俺はギルドに行くのは年四回までと決めている。次は未定だ」
リーシュが何で待ってたのか理解できないが、なんか言ったような気もする。「また明日!」。言った。言ったな、俺。社交辞令という文化を、この戦闘民族は搭載していなかった。適当に答えると、アレスは呆れ顔をし、リーシュは特に気にしていない様子。
「わかった! 用があればこっちに来る! その服装だと顔がよく見えてとても良いよ! 似合ってる!」
そう言うことじゃないんだけどね。年四回の意味を考えて。あと、ジャージが似合うとか褒め言葉じゃないからね。国宝級の顔に量産型ジャージ。褒めるところがないから顔に逃げたな。
柄にもなく真顔を作る。ちゃんと言葉にしないと、多分伝わらないやつだこれ。婉曲表現は、この相手には暗号と同じだ。
「俺は一人が好きなんだ。だからリーシュに来られても迷惑だから遠慮してくれ」
ちょっと可哀想だけど一線引いとかないと俺の日常がラブコメになってしまう。そいつは勘弁してほしい。俺が世界を渡ってまで求めたのは、スローライフであってラブコメじゃないんだ。
「一人が好きなのか! わかった! 努力する!」
満面の笑みで胸を張る。全く堪えた様子がない。
直球で投げた。ど真ん中に投げた。なのに、届いた球が別物になっている。何をどう努力するんだ。嫌な予感しかしない。なんか意図が伝わってないような気がしてならないが、良しとするか。これ以上の説明手段を、俺は持っていない。
「まぁ来たのは仕方ない。中に入ってくれ」
「おお。悪いな。ちょっと頼み事があって」
リーシュを見ているとアレスが常識人に見える。比較って怖いな。あのアレスが、だぞ。
「中の物勝手に触るなよ。特にリーシュ」
「はーい。任せとけ!」
何を任せればいいのかわからないが、もはや理解不能である。会話のキャッチボールが、毎回ホームランで返ってくる。
応接室に案内し、紅茶とお菓子を出す。アーサーに出した残り物だ。しけってないよな。応接室、稼働二回目。回転率が想定の百倍である。俺は飲みかけのコーヒー牛乳を飲む。
「一流の貴族みたいだな。レオは何を飲んでいるんだ?」
「コーヒーに砂糖とミルクを入れたもの。かなり甘いからアレスには合わないと思う。リーシュはわからん」
リーシュは嫌な顔をしながら言う。
「エルフはミルクが嫌いだ。あれは飲み物ではない!」
何か変な風習でもあるのか。菜食(嘘)に続く、エルフ食文化の新情報だ。まぁ気にしたら負けだ。
「で、頼みとは?」
「私はレオに会いに来た! できれば一緒に鍛錬したいなぁと!」
君には聞いていない。言い方は可愛かったけど! あと、普通のゴツゴツ装備と違い私服なので、女の子っぽくて可愛い。……いかん、面食いの採点機能が勝手に加点していく。一線を引いた三分後にこれだ。俺の防衛線、ザルすぎないか。
「ダンジョンで高価な物が出た。これだ」
何やら胡散臭い真っ白な像を出す。誰だこのジジイは。髭の長い、いかにも「神です」という顔の置物である。
「創世神アルト様の像だ。これが教会で高値で売れるらしいが、教会の連中は一筋縄では行かない。あと、こんな高い物を一人で持ち歩きたくない。一緒に着いてきてほしいんだ」
A級ハンターが情けないことを言ってくる。創世神だと? この世界は上位の存在が作ったはず。何なら製作者っぽい奴と、俺は顔見知り……いや、顔はないんだった。中身はスライムだし。とにかく、誰だその詐欺師は。あの妖怪爺さんが「ワシを模した像を作れ」なんて言うタイプには見えなかったぞ。
「遠慮しとこう。交渉するにもそんな権威も能力もないよ」
「着いて来てくれるだけでいい。リーシュと二人で行って、聖職者を殴りつけられても困るんだ。頼むよ」
アレスの必死な様子に少し同情する。一緒にダンジョン行けば? って押し付けた都合もあり、見捨てるには気が引ける。そしてリーシュは間違いなく殴る。確信を持って言える。あの拳は、聖域とか不敬とかの概念より速い。
「アレスは虚弱だから途中襲われたら一溜りもないぞ! 私達のお金だから守る義務がある」
リーシュがない胸を張って主張する。A級を虚弱扱いできるのは、五カ国探してもこの一族くらいだろう。
「ああ、まぁ着いてくだけならいっか。リーシュは大人しくすると約束しろよ」
「もちろん! 教会ではレオとしか話をしないよ!」
アレスとも話をしてやってあげてくれ。約束の解釈が、今日も斜め上に独創的だ。
着替えをして教会へ向かおう。
レオの着替えを待つ間にアレスがリーシュに尋ねる。
「レオに拒否された割に元気だな?」
リーシュは意味がわからないという顔をする。
「え? 拒否なんてされてないでしょ? 一人が好きみたいだから、今以上に押しかけて二人の楽しさを教えてあげないとね!」
「い、いやそういう意味じゃないと思うんだが……」
アレスがマジかって顔をしながら答えたのに、リーシュは横目で一瞥するだけだ。眼中にすら入っていない、というような冷たさだ。
「は? 雑魚に何がわかるの?」
「いえ、何でもありません……」
アレスは今日も胃薬が必要だなとしみじみと思った。
* * *
町の目抜き通り、一番目立つ場所に教会はあった。真っ白な石造りの建物に、天を突くような尖塔がいくつも並んでいる。てっぺんの金細工が日差しもないのにやけにギラついていて、これ絶対誰かが毎朝磨いてるだろってレベルだ。入り口前には献金箱と、祈りに来たらしい人だかり。ゲームの拠点選択画面なら、一番派手なアイコンがついてる建物だな。
詐欺師の親玉が作り上げた教会か。信者は多そうだ。そもそもこの世界では神様が本当にいる可能性がある。何せ管理者は実在した。あれの同類か、あれを拝み間違えた何かか。
俺が世界を滅ぼす存在とバレたら信者と一丸になって攻めてくるだろう。しかし、管理者に観察される程度の立場だ。多分殺せる。……我ながら物騒な胸算用だが、リスク評価は怠惰な生活の基本である。その日が来るまでは見つからないようにしないとな。
教会に入ると、高い天井とステンドグラスに圧倒される。色ガラス越しの光が床に模様を落として、なるほど、厳かな気分は演出できている。信者の人、貢ぎすぎだろ。この内装、全部献金だぞ。基本はアレスがやるはずだから、リーシュと遊んでいようかな。
「ほう。エルフの方が教会にいらっしゃるとは珍しいですね。何用でしょうか」
綺麗な聖職者の服を纏った神父が話しかけてくる。優しそうな見た目だが、ちょっと俗っぽい感じがするな。気のせいか「エルフの方」と口にした一瞬だけ、笑顔の下で唇の端がぴくりと歪んだ気がした。営業スマイルの下に、営業ではない何かが一瞬だけ覗いた。エルフは神様を信じていないのか、当の本人は完全にガン無視である。素通りの角度が清々しい。
「ダンジョンでアルト様ゆかりの物を発見したので買取をお願いしたい」
駆け引きなしのストレートな説明。さすがアレスだな。情緒の欠片もない。「ゆかりの物」で「買取」。信仰心の披露が一秒もなかった。
「そうですか。では、こちらで拝見させて頂きましょうか」
案内されたのは大きな応接室。綺麗に掃除されているが教会の質素な部屋に、宝石が埋め込まれた像など、金の匂いがする物が混在しているせいで、コンセプトが崩壊している。清貧と蓄財が、同じ棚に並んでいる。
神父はソファに腰掛け、優雅に脚を組んだ。だが像を見るなり、懐からジュエラールーペを取り出す仕草だけが妙にプロっぽい。聖職者の懐に、なぜ宝石鑑定の道具が常備されているのか。
「では、拝見いたしましょう」
柔らかい声のトーンのまま、片目にルーペを押し当てて像を睨め回す。さっきまでの聖職者っぽさはどこへ行ったんだ。查定中の横顔だけなら、オージの同業者である。
「うーん……この摩耗具合、それに台座の紋章。ダンジョン産で間違いなさそうですね」
「買取価格ですが……こちら、金貨三枚でいかがでしょう。もちろん、神のご加護もセットにございますので」
早口になっている。査定士かよ。アレスの顔が固まる。三百万。ミノタウロスと命懸けで殴り合った対価が、三百万と加護。しかも加護を値引き分に混ぜてくるのはずるくないか。加護の市場価格、いくらで計上してるんだ。
「安すぎるだろ! 創世神様の御姿がその値段のわけ――」
「舐めてるの? 殴っていい?」
言いかけたアレスの声を遮るように、リーシュが一歩前に出た。目が完全に据わっている。約束の耐用時間、実測八分。
神父の顔から愛想が消えた。怯えだけじゃない、もっと粘ついた嫌悪が混じっている。エルフだから、ってだけの反応じゃない気がするんだが。値切りへの怒りとも違う。もっと古くて、もっと根の深い何かだ。
「待て待て待て! 約束しただろ!」
「お、落ち着いてください……! も、もう少し色をつけることも、やぶさかではないというか……」
アレスが慌てて羽交い締めにする。細腕のはずのリーシュがびくともせず、じりじりと神父に近づいていく。ゴツいはずのアレスがずるずる引きずられている絵面がシュールだ。人間のA級が、ブレーキとして機能していない。神父の猫撫で声が裏返る。さっきまでの余裕はどこに行ったんだ。
「リーシュ。お座り」
「はい!」
大人しく席に座るリーシュ。
……俺の一言で止まるのか。ブレーキ、ここにあったのか。嬉しいような、責任が重いような。
「……申し訳ございません。実はこの品、当教会の裁量では正式な値付けができない代物のようでして。真の価値を測れるのは、王都の教会本部のみかと。そちらでは、より良いご加護と共に……」
この期に及んでまだ加護を売りにくるのか。加護のバンドル販売、教会の基本戦術らしい。とはいえ丸く収まりそうだし、それでいいか。
「教会本部、ね……」
アレスが額を押さえる。俺はもう帰りたい。
というか、さっきの神父の顔を見た後だと、リーシュを連れてもっと偉い人のところに行くの、普通に危険な気しかしないんだが。




