第二十七話 魔術師達は頭がおかしいようです
昨日のエルフ疲れか、ぐっすり眠れた。今日は魔力の制御ってやつを練習しようと思う。雰囲気でやりたかったが、やり方が少しも見当がつかない。俺の魔法習得は、これまで全部「イメージと勢い」で来ている。教科書のない独学は、暴発という形で限界を露呈した。人が一人死んでいるのだ。次はないと思いたい。
漫画だと魔塔主が魔法の第一人者で専門家だったりするが、そもそも何故、塔なんだ? 絶対に効率が悪い。階段の上り下りだけで一日が終わる。魔法の力で不思議な空間になっているのなら、尚更塔の意味がない。外側だけ塔にする必要がどこにある。
でもかっこいいよな。浪漫だね。効率と浪漫は、大体反比例する。そういや、アーサーから魔術師ギルドって単語を聞いたな。序列でいうと王室魔導士の次、教会より上の、魔法職エリートの巣。部外者にも教えてくれるのかしら? プライド高そうで面倒そうだけど、暴発問題だけは解決しないとなぁ。
偉大なる魔術師様のプライドと、俺の札束ビンタのどちらが強いか勝負だな。
よし、行ってみよう。ポンコツ地図に載っていればいいな。
* * *
地図を頼りに大通りを外れ、かなり歩く。もう王都の中心からはかなり離れた郊外と言える。エリートの巣が、なぜ郊外にあるのか。この疑問は、建物が見えた瞬間に氷解した。
一際目を引く建物が視界に入った。
石造りが基本のこの街並みの中で、そこだけ明らかに様子がおかしい。壁のあちこちに黒い焦げ跡が放射状に広がり、まるで花火でも打ち上げた後みたいだ。継ぎ接ぎだらけの屋根には、割れた窓を板で塞いだ跡が数えるだけで七箇所。直す気があるのかないのか、もはや個性だな。なるほど、郊外なのは追放ではなく隔離か。ご近所の平和のための、正しい都市計画である。
頭上をふと見上げると、屋根の煙突から紫色の煙がボフンと上がった。直後、くぐもった爆発音と「またやったぁぁぁ!」という悲鳴が漏れ聞こえてくる。……日常茶飯事らしい。誰も慌てて外に出てこないのがその証拠だ。悲鳴の主も、様式美として叫んでいるだけの可能性がある。
入り口の脇には、木の板に殴り書きされた注意書き。
「本日、爆発予定:三回」
「予定は未定です」
律儀に更新されているのが、逆に怖い。さっきの一発は予定内なのか、予定外なのか。どちらにしても、残り回数を気にしながら入店する施設は人生初だ。
扉の取っ手に手をかけた瞬間、頭上でまた何かが爆ぜた。灰が、ふわりと雪みたいに降ってくる。
……ここ、本当に習いに来て大丈夫なところなんだろうか。
意を決して扉を開けると、むわっとした熱気と、焦げた匂いと、それから謎の甘い匂いが混ざって鼻を突いた。誰かの実験がどこかで暴走しているのか、それとも大成功しているのか、判断がつかない匂いだ。暴発を阻止するために来ているのに、暴走に巻き込む展開はやめてくれよな。
ロビーは、本と紙束が積み上がった山また山。通路と呼べる隙間が、かろうじて獣道として残っている。よく見ると、その一部が独りでにページをめくっている。誰も驚いていない。壁際の棚では、置いてあるだけのはずの薬瓶が勝手にコポコポと沸騰していた。危険物の管理という概念は、ここには存在しないらしい。消防署が見たら卒倒する物件だ。消防署がないから成立している物件とも言う。
受付らしき台の向こうに、目の下に濃いクマを作った若い女が突っ伏していた。指先には黒いインクの染みがこびりつき、乱れた髪は結び直す気力もなさそうにほつれている。
「……あ、はい、いらっしゃい。入会? それとも爆発事故のクレーム?」
顔も上げずに、そう聞いてくる。来客の用件が二択で、片方がクレーム。対応まで織り込み済みらしい。色々察してしまう。
「いや、魔力操作を習いたくて来たんだが」
「……へぇ。物好きね」
女の顔が、初めてこちらを向いた。充血した目が、値踏みするようにこちらを一瞥する。お金を払って習う習慣がないのか、魔力操作を習う習慣がないのか、判断に困るなぁ。第三の可能性――ここに何かを習いに来る人間自体が希少――が、一番ありそうで怖い。
「魔力が多く、勝手に魔法が発動したことがある。金額は問わないので、一番優秀で、ちゃんと会話が成立する人をつけてくれ」
「勝手に発動だって? それが事実ならお金なんていらないから調べさせて欲しいって連中がたくさんいるよ。……あ、でも粒選りの腕利きは大体貴族のお抱えになっちゃっててね。ギルドに残ってる子も腕は確かなんだけど、揃いも揃ってちょっと個性的でさ」
受付嬢は目を丸くし、そして獲物を狙う目で見てきながらそう言った。
注文の条件、後半をちゃんと聞いてたか? 「ちゃんと会話が成立する人」だぞ。「個性的」は、俺の経験上「会話が成立しない」の丁寧語だ。
あー。相談相手を根本的に間違えたか。これならアーサーに相談した方がマシだったか。まぁ何かヒントを貰えることに期待しよう。
「ああ、わかった。比較的まともでいいよ」
「それは助かるねぇ。今呼んでくるからその辺座って待っててね」
その辺、と言われても、どの椅子も何か置かれていて退けていいかわからない。本の山、干からびた植物、用途不明の金属器具。触った瞬間に爆発予定四回目になりそうな物件ばかりだ。立って待つ。
手持ち無沙汰に、自動で開く本を見てみるが、これは明らかにおかしい。本を開いて何かしているのだろうが、魔法はそこまで万能ではないと思っている。
本を開き、例えば汚れを見つけるといった単純な作業ですら鑑定に所属するのではないか。それなら理に反しているため決してあり得ない。じゃあこいつは何をしている。俺の魔法理解の根幹を揺るがす一冊だ。
「それが気になるの?」
いつの間にか、受付嬢と一緒に俺の指導員らしき奴が来ていた。
目の下の隈は、受付嬢よりも濃い。薄い緑色の髪は寝癖なのか焦げ跡なのか判別がつかず、羽織ったローブの裾もどこかチリチリに焼けている。歳は三十そこそこ、痩せ型、化粧っ気もほぼゼロ。……なのに、顔だけは反則みたいに整っていた。この世界、寝不足も焦げ跡も美人には勝てないらしい。……だが、ツルペタなのだ。
「ああ。これで何をしているのかさっぱりだ」
ツルペタは笑いながら答える。
「そうなのよ。私も騙された。それはオートメードが組み込まれたアーティファクトで、百ページまでめくって閉じるを繰り返すだけ。なんの意味もないのよ」
おい、俺の時間を返せ。人の魔法観を揺るがしておいて、正体が「意味もなくページをめくる装置」。作った奴の顔が見たい。いや、この建物の住人なら誰が作っていても驚かない。憤慨していると、ツルペタが名乗る。
「私はゼイラと言うわ。特殊体質なんだって? 早速実験しに行きましょうか」
「ああ、レオと呼んでくれ。今日はよろしく頼む」
想像したより常識人だ。美人だし。名乗って、確認して、次の行動へ。会話が成立している。受付嬢の「個性的」は杞憂だったか。ひとまず安心して、魔法実験場に向かう。
この安心が、三十分後にどうなっているかも知らずに。
魔法実験場、という割には、ただだだっ広い空き地だった。地面はならされているだけで、魔法陣も装置も何もない。周囲をぐるりと囲む壁だけが妙に高く、下手な城壁より頑丈そうだ。……なるほど、暴発した時に外へ被害を出さないための壁か。理屈は通っている。設備投資の全てが「事故る前提」に振られている。ギルドの裏手にこんな殺風景な更地があるとは思わなかった。
ゼイラは空き地の中央まで進むと、くるりと振り返って人差し指を立てた。
「魔力制御の前に、魔法の基本からね。まずやっては駄目な方法は、魔力が切れて倒れるまで練習することよ。これは頭が空っぽの人がやる方法だからやらないようにね。どこかの種族は実際にやっているようだけど、人族が行うと廃人になるケースが多いそうよ。だからやめといた方が無難ね」
根性論みたいな修行をしている種族がいるんだな。心当たりが、昨日会ったばかりの三人ほどある。本職からの評価は「頭が空っぽの人がやる方法」。あいつらに教えてやりたいが、絶対に聞かないだろうな。俺の場合、切れることはないだろうからこの話はスルーしよう。
「次に魔力の大きさで、制御の難易度が変わるわ。魔力の小さな者は比較的器用ね」
えぇ。難易度マックスとか無理。桁違いどころの量じゃないんだが、俺の。もう勝手に暴発してもいいんじゃないかなと思ってきた。入門一分で心が折れかけている。
「一番威力がある得意な魔法はどの属性かしら?」
「火だな。次に水だ」
ダンジョンで飛んで行った光は置いといて、それ以外使ったことがないからだ。得意というより、それしか知らない。レパートリー三つの男である。
ゼイラが、少し離れた場所に立つ藁人形を指差す。
「それなら簡単ね。魔力量が多いのであれば、あそこの藁人形に火球を撃ち、焦げ目をつける程度の弱さでできれば合格ね。燃やしたら駄目よ。やってごらん?」
おお。それなら出来そうな気がする。魔法はイメージだ。マッチくらいのか細い火が飛んでいくのを想像しながら唱える。
――火よ! 極小で!
出た。今にも消え入りそうな火球がフラフラ藁人形を目指して飛んでいく。頼りない。風が吹いたら消えそうだ。やればできるじゃないか。
火球が藁人形にぶつかるや否や、火柱が立ち上る。だいたい三階くらいかなぁ。藁人形は消滅した。なんでだよ! 道中はあんなに健気だったのに、着弾した瞬間に本性を出すな。詐欺だろこの火球。
ゼイラは、俺と藁人形を何度か見比べ不気味な笑顔を見せながら叫ぶ。
「おおおお! なんと高純度魔力なの! この世のものとは思えないわ! あの小ささでこの威力なら、もっと大きければ城ごと焼き尽くすことができるわね! ちょっと試しに行きましょう!」
「やだよ! 実験でおたづね者はごめんだよ!」
なんてことを言うんだこいつは。試す先が城。誘い方が散歩。常識人の化けの皮が、藁人形と一緒に消滅した。
ゼイラは残念そうに肩をすくめたが、すぐにまた目を輝かせた。
「いや、本当に素晴らしいわねぇ。勝手に暴発する魔法はどんなものなの? 私に向かって暴発させることはできる?」
「可能だと思うが、即死させる魔法だからやめといた方がいいと思うぞ」
ゼイラは、心底残念そうな顔だ。
「流石に命をかけるのはないわよねぇ。いや、死ぬ直前に真理が見えるのであれば本望かしら」
なんかブツブツ言っている。天秤の片方に命、もう片方に真理を載せて、本気で揺れている。常識人はどこに行った? 最初からいなかったのか?
ゼイラの目が、ぱちりと見開かれる。
「ちょっと待ってて!」
ゼイラはどこかに駆け出して行く。足早いな。魔力制御の話忘れてないか? 置き去りにされた生徒は、更地のど真ん中で所在なく待つ。
ゼイラはすぐに戻ってきた。手にはカゴに入ったツノウサギを持って。それも複数。この施設、実験動物の在庫まであるのか。
「このウサギ相手に暴発させることはできる?」
そう言って、元藁人形の場所にカゴを置く。
ウサギに殺意を集める。いや、無理。なんの殺意もわかねーよ。カゴの中で鼻をひくひくさせてるだけの生き物に、人生初レベルの殺意を再現しろと言われても。あの時のカエル野郎が、いかに稀有な逸材だったかを再認識する。
「いや無理だな。暴発した時は、人生初くらいの殺意があった。ウサギに同じ条件は難しい」
ゼイラは少し考え込む。
「では、その暴発した魔法をウサギに撃つことはできる?」
可能だけど、見せて良いのかな。まぁ仕組みは理解したい。誰かに相談しないといけないことは間違いないだろう。相談相手の頭のネジは何本か飛んでいるが、腕は確かなはずだ。たぶん。
「できるぞ」
――首切り
ウサギの首がストンと落ちる。相変わらず凄いなこれ。
ゼイラの目が、大きく見開かれた。口元を両手で覆い、食い入るようにウサギの死骸を見つめている。
「オートメードだ! 信じられないわ! なんて素晴らしい魔法なの! この原理がわかれば魔法のあり方が変わるわね。個人にしか不可能なのかしら。子孫にも継承される? それとも……」
落ち着けゼイラ。まず説明してくれ。オートメードって、さっきの無意味な本と同じ分類なのか? 俺の切り札が、ページめくり機の親戚だと言うのか。
「もう一度、次のウサギに放ってほしいの。今度は魔法なんて使わずに、ウサギに向かって大量の魔力をぶつける感じでお願い」
ふむ。何か気づきがあったらしい。とりあえずやってみるか。イメージが湧かないけど。
――魔力よ集まれ。あのウサギに
その瞬間ウサギの首が落ちる。
……おい。今、俺は「首切り」を使っていない。魔力をぶつけろと言われて、ぶつけただけだ。なのに結果が同じ。ゼイラに目で説明を求める。
ゼイラは腕を組み、真剣な顔で断言した。
「その魔法は大量の魔力を練って、自動発動しているわ。魔力制御が全く働いていない証拠ね。殺気は魔力を練る契機になっただけで関係ないわ」
つまり、あの暴発の犯人は「殺意」ではなく、殺意に反応して勝手に仕事を始めた「俺の魔力」の方だったのか。ドイルも魔力がうんたら言ってたな。実験二回で原因の切り分け完了。ゼイラさん優秀すぎませんかね。頭のネジと引き換えに、解析力を積んでいる。
「つまり対策としては何をすれば?」
「魔力制御は見当違いね。魔力を感じる力をもっと意識すれば良いのよ。自分で放っている魔力がわかればブレーキがかかるはずよ」
はー。とても納得した。ハンドル操作の練習に来たら、「まずスピードメーターを見ろ」と言われた気分だ。確かに俺は、自分の出力を一度も見たことがない。変なやつって思ってごめんね。
ゼイラは両手を胸の前で組み、まっすぐにこちらを見据えた。さっきまでの飄々とした空気が消え、妙に真剣な顔だ。おっ、最後に大事な教えでもくれるのか。
「そこで相談なんだけど、私と子作りしてくれないかしら? その力が子供に引き継がれるか調べたいのよ。責任を取ってくれなんて言わないから安心して。なんならお金も払うわ!」
なんかモテ期が来てますね。イケメンになったにも関わらず、フードで隠している時にくるモテ期。そしてヤバいやつばかり。一人目は決闘の勝敗で求婚してくる戦闘民族、二人目は研究目的で子作りを提案してくる魔術師。俺の顔、一回も仕事をしていない。
俺は思わず一歩、後ずさった。
「あっ、お断りします。今日はありがとうございました」
美人に責任は取らなくていいって言われる言葉のインパクトに流されそうになるけど、現代人はそんな言葉に騙されないのだ。急いで逃げよう。
ゼイラが、こちらに向かって手を伸ばす。
「あっ待って!」
もうここは用済みだ。二度と来ることはないだろう。さらば美人よ。ツルペタが治る魔法を開発してから出直してくれ。




