第二十六話 アレス探検隊その一
どうしてこうなった?
今、俺は五人でダンジョン四階を探索している。
メンバーは斥候のダレン、エルフのリーシュ、兄のクロイ、その友人のイーサ、そして俺アレスだ。
人族二人に、エルフ三人。王都広しといえど、こんな編成のパーティは後にも先にも俺達だけだろう。自慢にならない自信がある。
本当は大人数で探索予定だったのにみんな断りやがった! レオのおかげで、エルフは怖くないよーって伝えても無駄だ。タントの旦那すら鼻で笑い、話を聞きやしない。日頃の付き合いはどうした! 薄情者ども! ……いや、わかってる。俺だって逆の立場なら断ってる。エルフ三人と地下に潜るなんて、罰ゲームの間違いだろって。
ダレンですら、嫌がるところを無理やり連れてきた。すまんなダレン。だがマッピングなしでエルフ達と探索とか、俺の心が持たない。斥候は命綱だ。文字通りの意味で。
既に地図のある一階から三階までは一気に駆け抜けた。途中のモンスターは見つけるや否やエルフが飛び出し駆除する。相談なし、合図なし、躊躇なし。俺はただの明かり係だ。Aランクが、松明係だ。情けないぞ!
四階はダンジョンの様子が変わる。
三階までは松明の灯りだけが頼りの真っ暗闇だったのに、四階に入った瞬間、天井や壁の岩肌がぼんやりと青白く光り出した。壁に触れてみるが熱くもぬめってもいない。ただ光っているだけだ。理屈はわからん。わからんが、試験官をやってきた勘がざわつく。三階までとは明らかに格が違う。ここからが本番ってことだろう。
明かり係は不要だな! 俺も活躍しなくては!
「一旦ここで休憩だ。ここからは敵も強くなるはずだ。俺も戦わせてもらうぞ」
リーダーは俺だ。ギルドの依頼として立てられたのも、この面子に人族の顔として放り込まれたのも俺だ。何が起こるかわからない領域についたため、ここからは従ってもらう。
リーシュが岩に腰掛けたまま腕を組み、こっちを値踏みするような目で見上げてくる。
「もう疲れたのか。情けない。もっと鍛錬しろ。命を捨てて戦え」
レオとの接し方と違いがありすぎませんかね? あっちには蕩けた顔で「また明日!」で、こっちには「命を捨てろ」。同じ口から出る言葉か? まぁ正論だ。悔しいが正論なんだ。レオは身体強化も鍛えろと言っていたな。そんなこと考えたこともなかった。俺の強化は、物心ついた時から感覚任せだ。
ここに性格は最悪だが、身体強化のプロ達がいる。プライド? そんなもん、レオに初日で吹っ飛ばされてるんだよ。頭を下げて教えを乞おう。
「ああ。できれば身体強化を鍛える方法を教えてくれないか?」
リーシュが片眉を吊り上げ、心外だとばかりに一歩下がる。
「は? 私はレオの内縁の妻だぞ! 他の男に手取り足取り教えることはできない!」
誰も手取り足取りとか頼んでねえよ! 口で教えてくれよ。あと内縁の妻ってなんだ。あの場にいた全員が証人だぞ、断られてたぞ!
クロイが横から割り込み、細身の腕を得意げに掲げてみせる。
「俺が教えよう。内縁の兄としては、弟の友人に手を差し伸べねばならない。次の敵は俺とお前二人でやるぞ」
クロイが言う。ありがてぇ。内縁の兄とか、つっこまないぞ! この一族の中では、もう婚姻は成立してるらしい。レオ、お前の知らないところで親族が増えてるぞ。
「ああ! ありがとうな! 問題がなければ、探している薬について教えてくれ」
「わからない……。エルフは、魔力枯渇病という病に侵される者がいる。私達の弟もそれだ。戦うことがエルフの本懐なのに、魔力がなくなり寝たきりになる」
リーシュが考え込みながら答えたその内容に、家族のためか……と察する。兄弟で来ているのはそれが理由か。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、声が静かだった。こいつらの馬鹿騒ぎの下に、こんなものが埋まってたのか。
「僅かにでも魔力があれば、治療は可能だ。しかし私達の弟は、気づくのが遅れ治療ができなかった。いつ死ぬかわからない……。ダンジョン産のアーティファクトなら、何か魔力を宿すものもきっとあるはずだ! それを見つけるまで探索を続けるつもりだ」
重い話だ。自然回復以外で魔力を回復させるなんて聞いたことがない。正直、望みは薄いと思う。思うが――ダンジョン産は不思議なものがたくさんある。聞いたことがないからって諦めるわけにはいかないよな! 俺が知ってる世界なんて、この大陸のほんの一部だ。
「きっとあるさ! 俺達が最前線だ。全てのお宝は独占できる!」
「んじゃ、休憩は終わりだ。先を急ごう!」
リーシュとクロイは無言でうなづき、ダレンを先頭に探索を進める。ダレンは罠を探しながらマッピングまで行っている。羽根ペンを走らせながら、床の色の変化まで拾っていく。俺には罠の有無なんてわからないが、ダレンが注意をしたところは、みんな慎重に渡る。あの突撃馬鹿どもが、だ。腕の差は、こういうところで示すものらしい。
「ダレンは優秀だな。アレスも見習え」
「あ、いえ。これが仕事ですから。戦闘を行う皆さんがいてくれるので集中してできているだけです」
リーシュが、柄にもなく居心地悪そうに髪先をいじりながら言うものだから、珍しく人を褒めるリーシュに逆にこっちが調子を狂わされる。俺とエルフ達にはできない分野だ。素直に感心する。……ん? 待て。褒められてないのは俺だけか? 俺だけ活躍していない! 次は見てろ!
「這いずる音が聞こえます。おそらくあの角にモンスターがいます」
ダレンの報告を聞き、俺とクロイが前に出る。角を曲がると、人より大きい図体で、松明の光をぬらりと弾く黒光りする鱗のトカゲがいた。ずるり、ずるりと重たい音を立てて這い寄ってくる。鱗の一枚一枚が盾みたいに厚い。
はっ! こいつは強敵だな! 望むところだ!
「さぁ! 俺は何をすれば良い? 教えてくれ!」
「身体強化を曖昧に行うな。強化したい部位に魔力を集めろ。まずは手や足だ。慣れてきたら目、頭もだ。人間は魔力を操作しないから強くなれない」
クロイからアドバイスを貰う。初耳だ。特に意識せずに使えるので考えたこともなかった。体中に薄く伸ばすのが当たり前だと思ってた。あれか、全身を均等に鍛える奴と、使う筋肉だけ鍛え上げる奴の差か。それなら話が早い。まずは足だけに身体強化をやってみよう。
「先に行くぞ!」
クロイに声をかけ、身体強化を足に集中させ飛び出す。いつもと感覚が違い、足がもつれそうになるが気にせずトカゲに突っ込む。
いつもより早い! 地面が後ろに吹っ飛んでいく! そして魔力を吸われる感覚がある。燃費は最悪だ。構わない! 次は手だ! 身体強化を足から手に移動させ、全力で剣を振り下ろす。硬い鱗に弾かれる――と思ったが、剣はそのままトカゲを真っ二つにする。
手応えが、なかった。豆腐かってくらい、すっと通った。
「はぁはぁ。おっしゃあ! やれたぞ! これでいいのか!?」
魔力がどのくらいかわからないがかなり持っていかれた。こんなに疲れたのは、火の魔法を諦めた時以来か。あの時、諦めなければ良かったと少し後悔する。何年も前に置いてきた壁の向こうに、まだ先があった。
リーシュが口の端を吊り上げ、容赦のない一言を投げてくる。
「チグハグだな。マリオネットかと思ったぞ!」
確かにアンバランスであったが、俺はまだ強くなれる! そのことが何より嬉しかった。三十を過ぎて、伸び代を見つけて喜べるとは思わなかったぜ!
「ありがとうな! もっと練習して強くなり、レオへの挑戦権をもぎ取ってやる!」
「上出来だ。日常生活でも意識しろ。寝る時は魔力が切れるまで振り絞り倒れて寝ろ」
クロイが言う。エルフはそこまでして鍛錬していたのか。毎晩、魔力切れで気絶するまで、だと。そりゃ強いわけだ。鍛錬をしているつもりになっている人間を見下す気持ちが少しわかった気がする。悔しいが、こいつらは本物だ。性格は最悪だが。
「はぎ取りはどうします?」
ダレンが言う。
「無視だ! 小銭ではなく大金狙いだ。大金が手に入れば、チャンスがあれば薬を買えるかもしれない。このまま進むぞ!」
誰も異議がないようなので、探索を急ぐ。
* * *
何度かの戦闘を行い、俺の魔力はもうすぐ枯渇するだろう。部位集中は威力が跳ね上がる分、燃費が悪い。加減はこれから覚えるしかない。リーダーなのに不甲斐ない。俺のエゴに付き合わせて申し訳なくなるが、強くなるために目を瞑ってもらった。
「扉があります。二階、三階では扉の先にボスがいました。ここでも同じと考えられます」
「最初は、俺がやろう。魔力は消耗していない」
ダレンが遠くの扉を見つけたのに応じ、イーサが名乗りをあげる。俺にはぼんやりとしか見えない。あの暗がりの先を見通してるのか。目にも強化を回せる、って話は本当らしい。
「では、私がサポートに入る。良いか?」
「わかった。エルフの連携は俺にはわからないから飛び出す準備だけしておく。何か問題があればすぐ叫んで知らせてくれ」
リーシュが俺に確認を取ってきた話だ。急ごしらえのパーティだ。作戦などない。集中しろ! 俺はできる! さぁ行こう。
「開けてくれ」
ダレンが罠のないことを確認し、扉を開く。
扉の向こうから、鼻を突く獣の臭いと荒い鼻息が漏れてくる。開いた瞬間、視界いっぱいに影が立ちはだかった。牛の頭に人の体、しかも人の倍はある図体だ。手にした斧も俺の身長くらいある。訓練場のサンドバッグを何個も束ねたみたいな筋肉が、松明の光でぬらりと光る。赤い目がこっちを一直線に見据えてきた。ヤバい、これは今までとは桁が違う!
背筋が粟立つ。だが、この震えは恐怖だけじゃない。強敵だ。本物の、強敵だ!
入るやいなや、イーサが大樽サイズの火球を放つ。と同時にリーシュが飛び出した。早い! 火球の陰に隠れて走るなんて芸当、聞いたこともないぞ! ミノタウロスは、大きな斧を盾にし顔を庇っている。その隙を狙い、リーシュがかかとの腱を切る。
膝から崩れかけたミノタウロスの巨体が、大きく傾いだ。今だ!
「クロイ、右から行くぞ!」
声をかけると同時に、足に魔力を集中させて地を蹴る。教わったばかりのやり方だ。ぐらつく巨体の脇腹目掛けて剣を叩き込む。手応えはあった。だがその瞬間、視界の端で、リーシュの剣先がだらりと下がり、目の焦点がどこか遠くに逃げているのに気づいた。
「レオなら、今の一撃で首を落としているのだろうか……」
こんな時に何を考えてやがる! 叫ぼうとした矢先、死角から振るわれた斧の柄がまともに肩に食い込んだ。
重い。吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられる。息が詰まって声も出ない。肺の中身が全部出ていった。
「アレス!」
リーシュの叫びが遠くに聞こえる。立て、立てよ俺。レオならこの程度、鼻歌交じりで終わらせるんだろうな。悔しいが、そう思ったら不思議と体が軽くなった気がした。あの馬鹿げた強さを間近で見てきたんだ。この程度で寝てたら、挑戦権どころじゃないだろうが!
立ち上がると同時に、クロイが横から割り込み、剣一本で斧の間合いを弾き返す。細身のどこにそんな力があるのか、風のように鋭い踏み込みだった。振り向きざま、口の端だけを持ち上げて笑った。
「まずまずだな。後で手合わせしてやろう」
こんな時までそれかよ! 思わず笑いそうになる。おかげで肩の痛みが少し紛れた。
イーサの追撃とクロイの猛攻でミノタウロスの動きが目に見えて鈍る。最後は三人がかりで押し切り、巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。床が揺れて、天井から砂がぱらぱらと落ちてくる。
「はぁ……はぁ……勝った、か?」
膝に手をついて肩で息をする。頭を垂れたミノタウロスは完全に動きが停止している。腕の震えが収まらない。魔力はもう底が近いが、こんな達成感は久しぶりだ。みんなに感謝だ。薬探しは俺も全力で協力しよう。
「お疲れ様です。宝箱が二つありますーー問題ないようなので、開きます」
ダレンが素早く罠と異常の有無を確認して手早く一つ目を開ける。俺は壁に肩を預けて息を整えながら、ミノタウロスの心臓付近にナイフを入れてコアを探る。拳ほどの大きさのコアが手に落ちた。うっすらと魔力の光を帯びている。指先がまだ痺れていて、危うく取り落としかけた。
宝箱の中から鈍い金色の像が現れた。
「これは、創世神のアルト様の像ですね。教会に高値で売れそうです」
「金になるならありがたいな。次も頼む」
ダレンが頷き、間を置かず二つ目に取り掛かる。クロイは剣を提げたまま扉の外へ視線を配り、俺は壁に凭れて視界の揺れが収まるのを待った。まだ本調子には遠い。
「これは……何かわからないですね。見てください」
出てきたのは、素材は不明だが緑色に光る蹄鉄のようなものだった。
「腕輪にしては歪だな。どうやって使うものなのか見当もつかない」
イーサもわからないようだ。俺は何故か見覚えがある気がする。どこで見た? ふと思い出し、震える指でそれを指差す。
「これは! 一階の赤扉の鍵だ! 何度も確認したから間違いない!」
「!? 言われてみれば、見覚えがあります!」
ダレンも大きく頷き、同意見のようだ。あの穴の形と、この歪な輪郭。ぴったり重なる!
「ダンジョンに入る前に言っていたやつだな! とんでもないお宝が眠っている扉があると」
リーシュが言う。先に扉を見せておくべきだったな。
「ああ、それだ! 今は薬の手がかりがない状態だ。探索も続けるが、赤い扉を開けることを第一目標にしても良いな。違うものが出ても、その金で何かできるかもしれない」
希望はあるはずだ。俺たちが諦めなければ!
「そうだな! 鍵は他にもあるはずだ。残りの形も後で聞かせろ!」
「わかった。今日は可能であれば、五階の階段を見つけて帰りたい。だが俺は魔力が空っぽに近い。リーシュ達に負担をかけるが良いか?」
リーシュは肩をすくめ、悪びれもせず言った。
「問題ないぞ! 元からアレスは戦闘で役に立っていないからな」
ごめんね! でもちょっと強くなったからこれから頑張るから! 今日の俺は昨日の俺より確実に強いんだから!
「悪いな。では階段を探そう」
探索を続け、五階の階段を見つけたところでギルドに帰還した。
帰り道、リーシュはずっとレオの話ばかりしていた。今日の戦果を話す、レオならどうしたかを検討する、レオの好物を予想する。議題の九割がレオだ。
「早くギルドに帰ってレオに会いたい! 今日の話を聞いてもらわないと!」
別れ際、レオが笑顔で「ああ! また明日!」と言っていたのを思い出す。
……俺にはわかる。あいつ、多分いないぞ!




