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第二十五話 可愛いだけじゃ駄目なのです

 ギャラリーをぞろぞろ引き連れて、訓練場へトコトコ向かう。ついさっきまでアレスが転がされていた場所だ。物見高い連中がぐるりと外周を埋めていく。娯楽が少ないんだろうな。本日二試合目、メインイベントの入場である。

 チラリとエルフの横顔を見る。うーん。間違っても首斬りが暴走しないように平常心を心がけよう。この可愛い顔を落とす訳にはいかない。考えてみれば妙な話だ。あの魔法は本気の殺意で暴発する。つまり、嫌いじゃない相手とは安全に戦える。俺の物騒な固有魔法に、まさかの好感度連動セーフティ。


「選択を誤ったな! 最初のうちなら叩きのめすだけで許すつもりだったが、絶対に殺す!」


 エルフはやたら嬉しそうだ。殺害予告をこんなに晴れやかな顔でする生き物を、俺は初めて見た。生き生きとした姿を見ているこっちも嬉しくなるね。シルバーの綺麗な剣を鞘から抜く。刀身に一点の曇りもない。美人は剣まで美人なようだ。あれ、俺武器なくね? 解体用のナイフでいっか。俺の装備調達、いつもこれだな。


「んじゃ、始めるか」

「おい! 待て! 神聖な決闘だ。名乗りを上げろ!」


 身体強化はどこまでかければ良いか。オートシールドだけで諦めてくれないかな? まぁシールドは、どんなルールの穴があるかわからないので、ちゃんと避けよう。ゆっくり触られたら通る疑惑は、まだ検証中なのだ。

 それはそうと、作法があるらしい。名乗りってなんだ?


「俺の名はレオナルドだ。んじゃ始めるか」

「待て! こっちのも聞いてからにしろ!」


 エルフは忙しいな。始めろと言ったり待てと言ったり。正しい名乗りというのを聞いてみよう。


「我が名は、リーシュ・フェルナリス・ベロシティ。風の如く速さで敵を切り刻む者なり!」


 こういう感じなのか。フルネームに、二つ名に、決め口上。完全にゲームのボス登場画面だ。アレスの方を見て、アイコンタクトで、お前の時もこれやったの? と問いかけると、意図を理解したアレスがうなづく。あれを真顔で受けたのか。偉いぞアレス。

 我はレオナルド! 怠惰の化身だ! くらいやっといた方が良かったのか。あと、リーシュって名前までかわいい。名は体を表すの好例である。中身以外は。


「おい! 武器を出せ! まさかその小さなナイフで戦うつもりか?」

「すまんな。これより小さな武器は持ち合わせていないんだ」


 キョトンとした顔をした後、言葉の意味を理解し、ワナワナと震えている。憧れていたセリフが言えて大満足だ。正確には、大きな武器も持ち合わせていないんだが。嘘は言っていない。言い方の問題である。


「お前はどこまで私をコケにするんだ! 準備はいいか? 行くぞ!」


 宣言と共に、リーシュが飛び出す。


 ――身体強化 中くらいで


 スローになる世界。なんの小細工もなく真っ直ぐに向かってくるリーシュ。土を蹴る音が一つ、それだけでもう間合いの内だ。予想よりも動きは早いが問題ない。アレスを転がしただけのことはある。この世界の「速い」の上限を、また一つ更新された。更新されたところで、止まって見えるのは変わらないんだが。

 初手は通常の袈裟斬りのような太刀筋だ。少し大きめに余裕を持って避ける。この辺は俺の経験不足だな。ギリギリの見切りは、視力ではなく度胸の問題らしい。

 そのまま踏み込んできて、腕を交差させ下からの切り上げ。もう少しギリギリで避けてみよう。避けた後、目の鼻の先に少し驚いたリーシュの顔が見える。まつ毛長いな。スロー世界の特典で、美人の顔をコマ送りで鑑賞できる。この能力、完全に使い方を間違えている。

 歯を食いしばり連続で攻撃してくるが、どれも見えてしまう。剣筋そのものは素直で、駆け引きより速さで押し切るタイプだ。速さが通じない相手には、つまり、何も残らない。美人の顔を間近で見れるのは嬉しいけど、侮辱にならないうちに終わらせよう。

 少し大ぶりになった剣をかすらせる距離でかわし踏み込む。左手でリーシュの剣柄を掴み、右手のナイフで首を狙う。リーシュは体をのけぞり避けようとするが、そのまま倒れ込む。首元にナイフを寸止めする。


 終わりだな。怪我をさせなくて良かった。

 ん? これってナイフで脅しながら美人を押し倒してるやばい構図じゃないか。まずい。変態だと思われる前に退かないと!

 さっと立ち上がり、呆然とするリーシュにポーカーフェイスで手を差し伸べる。


「いい勝負だったな!」


 急いで変態から紳士へ、イメチェンしないと! 外面の速度だけは、この世界でも一級品なのだ。

 ギャラリーから大歓声が起きる。何人かお金のやり取りをしている様子が見えた。あいつ俺が負ける方に賭けていたのか! 顔は覚えたぞ。

 そしてリーシュさんや。早く手を握ってくれないかな。ちょっと恥ずかしくなってきた。差し出した手が、宙で行き場を失っている。こちらをじっと見ている。まばたきもせず、じっと。

 やっとこちらの手を握り起き上がる。先ほどまでの怒りの顔はなく、憑き物が落ちたような自然の顔だ。可愛いけど、美人すぎるとダメだな。なんて言えばいいか、美術品を見ているというか、なんかぺったんこというか。

 美人な猫! そう。これがピッタリ。見てて可愛いし愛らしいけど、所詮、猫! そしてぺったんこ!


「負けたよレオナルド。お前は強いな。まだ余力があると見える」

「ああ、ありがとう。気軽にレオと呼んでくれ」


 あと、気まずいから早く手を離してくれ。握手が長い。文化の違いか、それとも。


「負けたからには素直に従おう! レオは私の夫として認める! 共に強敵に打ち勝とう!」


 ん? 馬鹿なの? なんで勝手になんでものお願い決めてるの? そして強敵って何よ! 俺の望みは強敵の全面不在なんだよ!


「え、普通にお断りします」

「まさか、男が好きなのか? アレスってやつか?」


 信じられないものを見るような目つきでリーシュはこちらを見たかと思えば、そんな見当違いの推理をしてくる。ブハッ! やめろ! その攻撃は俺に効く。断る理由の候補が「アレス」しかない世界観、どうなってるんだ。


「ふざけんな! 俺はノーマルだ!」

「なら問題ないな。式はどこであげる? 私はダンジョンの中がいいと思う」


 論理の飛躍が音速を超えている。ノーマル=結婚承諾ではない。そして参列者が蜘蛛とかごめんだ。そして手を離してくれ。何気に痛い。こっちは会話のために身体強化きってるんだぞ! 握力まで戦闘民族か。


「おめでとうリーシュ。俺が戦わなくて良かった。本当に良かった」


 男エルフの一人――俺が勝手に勇者と呼んでるやつが、うんうんと祝福してくれる。なんだか心底ホッとした顔だ。君、さっき身代わりでうんこを食べようとした男だよな。安堵の方向が全体的におかしい。


「弟よ。兄は今は弱いがすぐに追いつく。今度手合わせしてくれ」


 もう一人のエルフがいう。こいつリーシュの兄貴だったんだな。そして初対面の男を秒で弟認定した。こいつら話を聞かない。


「なんでもいうことを聞くんだよな?」

「そうだ! だから結婚するんだ。レオなら約束がなくてもするぞ」


 一番強い群れのボスに従う習性でもあるのか? 求婚の理由が「負けたから」。恋愛の入り口が、完全に野生のそれである。


「んじゃ、結婚はなし。それを約束として使おう」


 汎用の切り札を、まさかの結婚回避に切ることになるとは。今日一番の有効活用である。


「わかった。では未婚のまま式をあげよう!」

「弟ではなくなったが、今度手合わせしてくれ」


 うわー。エルフは人の話を全く聞かない。約束の効果、実質三秒。これが嫌われる理由か! タント様、あんたは正しかった。


「んじゃ俺は忙しいから戻るぞ。もう馬鹿な騒ぎは起こすなよ」

「ああ、約束する。ソラリス王国は恐ろしいところだった」


 勇者エルフがしみじみという。君らが騒ぎの発生源だけどな。


 席に戻り冷めたコーヒーの続きを飲む。一緒に座るのは美人とアレス。なんでいるの君たち。俺の平穏の定義に、相席者は含まれていない。


「ありがとうなレオ」


 アレスが笑顔で言ってくる。


「いいさ。美人と遊べて楽しかったよ」

「お前のおかげで大儲けだ」


 そっちのお礼だったの!? 仇を取ってもらった感謝はどこへ行った。


「レオに美人と言われた! 一緒に魔物倒しに行こうか!」


 行かないよ。褒め言葉から誘いへの導線が意味不明すぎる。


「そもそもお前らは何しにこの国に来たんだ?」

「ダンジョンだ。一族の者が大病を患っていて、治療法がない。だとすると、ダンジョン産の治療薬に賭けるしかないんだ」


 少し落ち着いたリーシュが言う。ふいに、声の温度が下がった。戦闘狂いの騒がしさの下に、そんな事情を抱えていたのか。なのに何故アレスと戦っていたかは謎だが、面倒なので聞かない。この一族、目的地までの寄り道が多すぎる。


「ああ、頑張れよ。俺は……」


 突然フードを後ろに引っ張られる。何してんの、この子は。


「おお。レオは顔も良いな! エルフよりかっこいいかも」


 こいつ自由だな。まだ、レオ君が喋ってる途中でしょうが! 人の最重要機密を、犬の毛布かなんかのノリで剥ぐな。まぁ今日だけの付き合いだ。そう考えるとキャバクラに来ているような気分だ。


「おおー! レオやべーな」

「かっこいい……」

「レオ様抱いて!」


 最後のやつお前覚えているぞ! 近づくなよ? 二回目だぞ?


「まぁダンジョンで探し物なら、アレス達とパーティ組んだ方が効率が良いんじゃないの?」


 四階以降は強い人じゃないと駄目みたいだし、探しているものは別だし、エルフはポンコツだし、俺は関わらなくていいし、なんて名案だ。全員の利害が一致して、俺だけが自由になる。パズルの完成形である。


「俺はさっきボコボコにされたばかりなんだが……」

「ほら、こうやって話すとエルフも普通に話せるじゃないか! 大丈夫だって」


 アレスが小さいことを言うのを聞き流す。話すだけならな。こいつら聞かないんだよ。会話が成立することと、話が通じることは、別の技能なのだ。


「レオがそうした方が良いと言うなら従うさ。アレスとレオの他に何人Aランクがいるんだ?」

「ん、俺Dランクだぞ?」


 リーシュが目をまん丸に見開いて固まった。そんなに驚くことか?


「Aランクの私を圧倒するDランクって。それこそ詐欺師だと思うの」


 ほんとな。まぁD止めなので、百年はDランクのままの予定だ! 制度の顔に泥を塗っている自覚はあるが、塗ったのは俺じゃなくてドイルだ。


「そういや、例の騒ぎはどうなったかドイルに聞こうと思ったんだが今日はいないな」

「ああ、今日もマスターと王室に行くってさ。まぁ問題なさそうだぞ」


 あれだけして問題ないのか。人が一人死んで、「まぁ問題なさそう」。未だこっちの世界の感覚に慣れないな。まぁそのうち馴染むか。馴染んでいいのかは、考えないことにする。


「んじゃ、ドイルもいないし帰るよ。アレス冒険隊、探索頑張ってな」

「え? 本気だったのか?」


 アレスが何か言っているが、アレスガードを通して俺の平穏は守られるのだ。命名から半月、ついに実戦投入である。


「レオまた明日!」


 リーシュが手を振ってくる。満面の笑みで、大きく、ぶんぶんと。


「ああ! また明日!」


 もちろん行かない。


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