第二十三話 暴発ですが何か?
今回もなかなか早い時間にハンターギルドにつく。怠惰な生活をしているのに早起きがおかしいって? 違うのだよ。何時に寝るとか何時に起きるとか考えず、かつ翌日以降も無限にお金と暇があるとなると深夜も特別な時間ではなく、眠くなったら抵抗せずに寝てしまうのだ。結果規則正しい生活に見えている。中身は漫画を読んでるだけだが。健康番組が泣いて喜ぶ生活リズムの中身が、これである。
ハンターギルドはいつもと違い朝から人がごった返していた。武具の点検をする者、地図を広げる者、声高に何かを自慢する者。空気が浮ついている。アレスもいるな。久しぶりに見たぞ。
いつも通り人がいなくなるまでコーヒーとタバコで時間を潰す。今回はちゃんと、暇つぶし用の小説を持ってきた。誰かに日本語を見られたら魔導書だって言うところまで計画済みなのだ。縦書きの謎文字がびっしり並んだ本。うん、どこからどう見ても魔導書だ。
アレスがこちらに気付き向かってくる。ふふふ、これも計画済みだ! その後の算段は何もないけど。
「よぉ! レオが見つけたダンジョン凄いことになっているぞ。お宝がざっくざくだ。探索メンバーで山分けしているから一人当たりにしたら小さくなるが、それでも桁違いだぞ」
おー。この浮ついた空気の原因は、俺のやらかしの副産物だったのか。みんなが潤えば、国も潤うはず。そのお金で競馬場でも作ってくれないかな。賭けの文化は既にあるんだ。あとは走る馬と屋根だけだろ。
「ほー。中はどんな感じなんだ?」
「今の所三階まで探索できている。モンスターが急に強くなってな。パーティを組まないとこれより下は危ない感じだ」
なんと、下の階があったのか。俺が直進した一本道は、氷山の一角だったらしい。まぁ虫が出る限り行かないんだけどね。三階まで全部蜘蛛だったらどうするんだ。
アレスは興奮気味に続きを話す。
「今一番力を入れているのが一階のまっすぐ行った一番奥にある赤い扉だ。嵌め込む穴が三つありギミックを解かないと開かないようだ。ダンジョンのどこかにあるはずでみんなで探している。とんでもないお宝が出てくるはずだ」
んん? 赤い扉って例のやつだよな? ギミックなんかあったのか。壊して入れたぞ? 身体強化の蹴りで、鍵ごと物理的に。ちゃんと治ったんだな。ダンジョンのセルフリペア機能、地味に高性能だ。ゴブリンの死体も、扉の錠前も、なかったことにしてくれる。
「普通はどんなお宝が出てくるんだ?」
「あそこまで厳重な仕掛けがあるんだ。アーティファクトは間違いなくある。人を蘇らせる薬とかがあったりしてな!」
アレスの夢は壊しちゃいけないな。あそこにあるのは喋るゴミだ。三つの鍵を集め、仕掛けを解き、重い扉を開けた先で、諸君を待っているのは「一人は寂しい」と泣く剣だ。そして、人の蘇生は存在しないと偉い妖怪が言ってたぞ。理を覆す行為は、魔法の管轄外なのだ。
あちこちの声を聞いてみるとみんなダンジョン一色だ。早く行けよお前ら。受付できないだろ。俺の最後のノルマが、諸君の夢話で塞き止められている。
「おい、クズ野郎が来たぞ」
何か異色の声が聞こえた。言っているのは、タント? あのタントにクズって言われる奴は相当な奴だな。俺のドワーフ観測史上、最も口が悪い。
入口の方を見ると、見た目が生理的に受け付けないキモいおっさん兵士と、若そうな新米兵士のような二人が入ってきた。いや、見た目で人を決めつけては良くないな。イケメンは心までイケメンなのだ。この理論でいくと、あのおっさんの心は……やめておこう。
「おい、レオナルドという奴はいるか?」
ええ? 俺? 同じ名前のやつもいるのか?
浮ついていたギルドの空気が、わずかに硬くなる。アレスが小声で耳打ちしてくる。
「厄介な奴に目をつけられたな。あいつは、ゴミ野郎のチンピラだ。だが親が子爵で、タチが悪い。一体何をしたんだ?」
あ、やっぱり俺のことをお探しだったのか。
「知らねーよ。初めて見るわ! 無視して良いか?」
「ああ、無視しろ。関わるだけ時間の無駄だ。ここにいる奴らなら全員がレオの味方だ」
珍しくアレスが真面目な顔で言う。んじゃ、他人事のように傍観しますか。ヒキガエルのような男は、こちらを見てにやけづらで言う。
「フードを被った金髪。お前だな。なぜ返事をしない?」
バレてるじゃねえかよ! 特徴が的確すぎる。言い方までキモい。
「ああ、俺以外にも同じ名前のやつがいるかと思ったぞ。何のようだ?」
「最近はぶりがいいようだな。脱税の疑いがある。俺ならなんとかしてやれないこともないが、お前の態度次第だな」
「ちゃんと払ってるぞ。お前と違って俺は善良だからな」
うわー。絵に描いたようなタカリだな。手口が古典的すぎて、逆に感心する。商業ギルドが情報を漏らした? いや、そういやインゴットを受付台に置いて、オージに怒られたな。あれが起点か? 俺のモブムーブ失敗リストが、また一つ仕事をした。
笑いと歓声が起きる。知らないうちに喜劇の舞台に立っていたようだ。カエル人間は、顔を真っ赤にして激怒する。いや、怒るなら冷やかし連中に怒れよ。
「そういう態度で良いのか? この国にいられなくなるかもしれんぞ?」
「そういうのは商業ギルドに言ってくれ。来るとこ間違ってんだよ。ん? 顔が赤くて潰れてるぞ? 医者を呼ぶか?」
この国に居られなくても別にいいです。周りではふざけんな! 横暴だろ! とヤジが飛ぶ。貴族相手に大丈夫かお前ら。外野は大盛り上がで、ちょっとうるさい。余り相手を煽らないでほしいな。俺の平穏のための傍観計画が、観客のせいで漫才になっていく。
「!? お前っ! 誰にその口の利き方をしている? 平民ごときが口答えするな!」
「そうですね。では黙っておきますね」
そもそも警備兵のようなやつが子爵家の跡取りなのか? 絶対に違うだろ。こいつは、もうほぼ一般人のようなものじゃねえか。一言何か言うたび、笑いが起きる。カエル族のほぼ一般人はプルプル震え出した。
ここまでは、いつもの茶番だった。門番と同じだ。不快だが、一過性の、通り過ぎるのを待てばいい類の。
「お前、良いところに家を買ったらしいな。治安がいいとはいえ、強盗や火事などはゼロではない。心配じゃないのか?」
は?
俺が面倒なノルマをこなして、やっと手に入れた場所だぞ。ふざけんな。さすがにムッとする。
クソ野郎が続けて言う。
「俺たち兵士が定期的に巡回することもできるんだぞ? お前は俺を怒らせたからそれなりの費用はいただくがな」
――定期的に。
その一言で、何かの温度が変わった。
このクズは、やっと手に入れた俺の平穏を、これから先ずっと食い物にする気だ。一回の無心じゃない。俺の残りの人生に、こいつが定期的に湧いて出る。あの家の門を、あの静けさを、こいつの顔がずっと出入りする。
金ならいくらでもくれてやる。元手はタダだからな。だが、平穏だけは違う。あれだけは、代わりが呼べない。
ここまで本気で、誰かに消えてほしいと願ったのは、生まれて初めてだった。許すわけにはいかん。
得意づらで続けてくる。
「もし、お前が支払いを拒否するなら――その時は、おまえ、」
――ゴロッ
あれ、クズの首が取れた。
え、なんで?
口上の途中で、蛇口を締めたように声が消えた。突然静寂が訪れ、男の体は、一拍遅れて糸の切れた人形のように地面に倒れる。ギルド中の視線が、床の上のそれと、俺との間を往復した。
「うおっ! 生首だ! 久しぶりに見たな!」
「どんなイリュージョンだ? すげー魔力だったな! ドラゴンが来たと思ったぞ」
「前に見たのは盗賊団の処刑の時か。みんなでビール片手に見にいって楽しかったなぁ」
みなさん、一切動揺しないのね。処刑鑑賞が娯楽の世界。この世界の倫理観怖すぎる。俺の胆力を心配していた時期が懐かしい。心配すべきは、この観客の方だった。
ドイルが鬼の表情でこちらに向かってくる。
「おい! レオ! やりやがったな! ギルドが汚れるだろ! こう言うのはなぁ、外に連れ出してからやるんだよ!」
説教のポイントが「殺すな」ではなく「場所を選べ」。この世界の倫理観怖すぎる(二回目)。
いや、もう俺にもなんだかわからない。多分首切りが出たんだろう。
「い、いや、僕じゃないと思うな。ちょっと首の立て付けが悪かったんじゃないのか?」
「うるせー! あんだけ魔力を振り撒いて無関係はあるか!」
ここ一番の笑いと歓声が起きる。
「ぎゃっはっは。立て付けとか関係ないだろ!」
「レオが僕って似合わねーな!」
今のはアレス。許すまじ。人が必死にしらばっくれてる時に、一人称を笑うな。
……冷静に考えると、本気の殺意に応じて首切りが発動したと見るべきか。
詠唱なし、動作なし、意思確認なし。「消えてほしい」と本気で思った、その瞬間に執行。つまり俺はこれから、常に平常心でいろってことか? できるか! 満員電車で他人の足を踏まれても、心を無にしろと?
そして、もう一つ。
初めて人を殺したのに、ショックは全くない。
罪悪感も、吐き気も、震えもない。あるのは「後片付け面倒だな」だけ。ウサギの時と、同じだ。同じであってしまった。その事実にゾッとする。人の命とウサギが、俺の心の中で同じ棚に並んでいる。俺はもう地球の俺ではなく別な生物になってしまったようだ。
……この件は、また保留の棚へ。保留の棚が、少しずつ重くなっていく。
そういえば、管理者が魔力操作がどうのって言ってたな。一度も練習したことがない。魔法の暴発も魔力操作で解消されるかもしれない。ここは必ず習得しよう。さて、後片付けだ。
「で、お前も死にたいの?」
呆然としている新人兵士に向けて言う。兵士は震えながら答える。
「い、いえ。私はただ付いてきただけで、何をしに来たのかも聞いていませんでした。すいません。許してください……」
うーん。びっくりして怒りゲージがゼロになってしまった。それに、こっちの新人くんは目が死んでいるだけの善良な後輩枠に見える。許してあげるか。
「なら、この汚いのを外に持っていけ。あとで必ず掃除しに来い」
「は、はい!」
新人は逃げるようにカエルを持って立ち去った。平和が訪れた! ハッピーエンドだな! ……何かが違う気もするが、細部は気にしない。
「で、この後どうする? 貴族絡みだから国が絡んでくるぞ」
アレスが真面目な顔で言う。ほんとどうしよう。チュールのように燃やして証拠隠滅するべきだったか。いや、目撃者が五十人はいる。燃やす対象が多すぎる。
「さぁな。まぁもういいや。俺を捕らえにきた奴らは全員首を落とすことにするよ」
「おい、頼むからせめて、訓練場所でやってくれ。お前用に素敵な椅子を用意するから」
俺の発言に一同ドン引きである。こちとら世界を破滅に導く魔王だ。魔王ムーブも悪くはない! お姫様を攫わなくてはいけない。美人に限るが! ……と思っていたら、困り顔のドイルに会場の手配を始められた。返り討ちにする件については、否定しないのが恐ろしい世界だ。争点はもう「やるかやらないか」ではなく「どこでやるか」。
「外暑いしやだよ。まあ何かあれば俺の家の方に来るように言っといてくれ。あそこなら広いから問題なしだ」
「ふむ。お前さんがそう言うならそうしよう。こっちでも国に働きかけてみるさ。今回の件は、こちらに落ち度はない。強気に行ける」
頑張れドイル。負けるなドイル。俺の平穏のために努力してくれ。
「ああ、ふんだくってやれ。そしてその金で、ギルドの酒場は誰でも飲み放題にしてやってくれ。一応迷惑をかけたからな」
「おおおー! レオ! 最高だ!」
「ご馳走になります!」
「レオ様! 素敵! 抱いて!」
最後のはいかついおっさんだ。誤解しないように。二度としないように。
「今日はもう依頼の気分じゃないや。帰って寝る! 数日後また来るから、何かあったら教えてくれ」
「お疲れ!」
「いやースッキリしたぞ」
「ダンジョンも一緒に行こうぜ」
みんなから声をかけてもらう。目立ちたくはなかったが、友達みたいなのができるのは悪くないな。
名前知らないけど! 今更聞きづらいけど!
ちなみに本日の当初の目的だった最後のノルマは、一ミリも進んでいない。怠惰ループは、今日も正常運転である。
* * *
――王室 Side――
王室では会議が開かれていた。議題は、国を滅ぼす力を持った男がダンジョンを発見した件についてだ。
中央に鎮座する男の名は、セシル・ソラリス。この国の現国王である。歳は四十代とまだ若いが、五カ国最弱の緩衝国を背負う王冠は重く、その気の小ささが折にふれ端整な顔に滲む。
「王国に、繁栄をもたらす発見をしてくれた彼に爵位を授与するのは当然のことだ」
そう答えたのはこの国の宰相である。五十代半ば、神経質そうに細い指を組み、武芸とはおよそ無縁の痩身をした男だ。
「しかし、話を聞く限り危険な存在であることは確かだ。それだけの魔力を持つと当代だけの爵位を持たせたとしても、我々のひ孫の世代まで生きて関与してくることになる」
「では、金銭を渡せば良いのか? 彼がもしダンジョンを公開しなかった場合、財宝は独り占めでき、我々より金持ちになっていただろう。そんな彼に一体幾ら払うと言うのだ」
次席侯爵の懸念に、宰相が眉間に皺を寄せながら切り返す。次席侯爵はううむと言葉に詰まる。爵位は長すぎ、金は軽すぎる。褒賞の常套手段が、一人の男の規格外さの前で次々と使い物にならなくなっていく。
「金銭もさることながら、氾濫を阻止できた功績は決して無視してはなりません。目と鼻の先にダンジョンができたという報告を聞いた時は生きた心地がしませんでしたぞ」
内務大臣が発言する。ここで国王が重い口を開く。
「金銭は無理。爵位だと問題がある。ではどうする? それだけの強さがあるのであれば、他国からの干渉も跳ね除けられるのではないかと考えられる。よって、この国には存在しないS級ハンターとして認定するのはどうか?」
「いや名案だな。わずかな金銭と一代限りの子爵相当の地位。そして、ダンジョン目当ての他国の牽制までできる。ワシは賛成する」
おおーと、どよめきが起きる。
筆頭侯爵の発言に、皆うなづく。
そこへ会議室の扉を叩く音が響く。
「入れ」
内務大臣が許可を出す。
入ってきたのは近衛騎士団長であった。
「会議中失礼します。議題の件で、問題がありましたので割り込みでご報告を行いたく存じ上げます」
「話せ」
国王が続きを促す。
「議題のレオナルド氏と、警備兵との間でトラブルが発生しました。警備兵は、タライ家の三男でレオナルド氏に金銭を強請る行為を行い、反撃を受け死亡しました。こちらは事実であり、ハンターギルド、商業ギルドから抗議が来ています」
報告を聞いて呆れる一同。褒賞を審議している真っ最中の相手に、身内がたかりに行って死んだ。間の悪さにも、ほどがある。
内務大臣が発言する。
「なんとまぁ平和なことだ。しかし、何故商業ギルドからも抗議が来ているのだ?」
「ダンジョン発見の日に、商業ギルドから彼の人となりや、今後の国への利益を鑑みて協力依頼が内務大臣宛に親書で送られていた模様です」
内務大臣は考え込む。
「私のところには届いてない。どこかで止めている奴がいるな。全く腐った連中が多いのも問題だな。タライ家につきましては、いかがなさいますか?」
「たかが兵士、たかが子爵家だ。国を滅ぼせる相手に守る必要はあるのか?」
筆頭侯爵が吠える。次席侯爵はわずかに眉を顰める。人が一人死んだ議題が、天秤に載せられ、三十秒で降ろされた。力の前では、正義より先に算盤が黙らせにくる。
「異議はないな。では、タライ家には厳重注意を。褒賞はS級ハンター認定ということで良いな?」
国王が同意を促し、一同はうなづく。
レオの知らぬところで、厄介ごとは続く。




