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第二十二話 ご近所付き合いは大変です

 道標の連中は放置して、アーサーさんとやらに挨拶に行こう。名前だけ見ると王族だな。俺とどちらがイケメンか名勝負が見られるかもしれない。円卓の騎士対、管理者謹製。世紀の一戦である。

 スマホで検索し、紙でできた入れ物と、高級チョコを召喚する。裏には賞味期限とか書いてあるので入れ替えが必要だ。西暦表記を貴族に見られたら、説明に三日かかる。


 早速むかう。こちらも立派な門構えだ。家はうちの三倍はありそう。元近衛騎士団長の退職後の家が、これ。この国の騎士団、待遇が良いらしい。

 門番がいるので声をかける。


「隣に引っ越してきたものだが、アーサーさんは今いるか?」


 門番はこちらを見た後、しかめ面で言う。


「何者だ。フードを取れ! 怪しい奴め」


 あー、そう言う感じね。

 フードを取ってもいいけど、言い方が気に入らない。初日の門番は「取れ」だった。こいつは「取れ! 怪しい奴め」だ。この差は大きい。俺は礼儀を尽くしに来た客だぞ。菓子折りまで持ってるんだぞ。


「んじゃ、いいです」

「あっ、待て! おい」


 さっさと帰ろう。あんな奴に構うくらいなら家で盆栽でもいじってる方がましだ。やったことないけど。ご近所付き合い、開始三十秒で終了である。史上最速の挨拶断念かもしれない。

 お、ちょうど道標の人たちとすれ違う。台車を三台も持ってきてくれてたのか。最初に伝えられなかった俺が悪いな。怠惰に生きると決めてから思考も怠けているらしい。


「ありがとうね。また頼むよ」

「え、本当に隣の……?」


 道標の人達は、笑顔でお辞儀をする。後ろで門番のバカが何か言っているが気にせずに帰る。

 ふと思ったが、誰か尋ねてきた時に今のままだと確実に気づかないな。俺の生活圏は寝室とバスルームで完結していて、門の音など届くはずもない。スマホで検索し、モニターインターホンを召喚する。電池で動くらしい。紙を挟むところがあるので、用がある人はここを押して、と書いて、ドリルで埋め込む。あとで紙をラミネートしないと。貴族街の石塀に、現代日本のインターホン。文明のチグハグに、自ら一枚噛んでいくスタイルである。


 挨拶? もう行かねーよ。こっちは菓子まで用意して礼儀を尽くしに行ってやったのに、門前払いだぞ。二度とごめんだ。悪いのは百パーセントあの門番だしな。この判定に不服がある者は、うちのインターホンを押して申し立てるがいい。


 気を取り直して、家のことでもやろう。寝室に戻り、部屋のレイアウトを考える。まずは大きなベッドセット。電気も欲しい。発電機はうるさそうだな。ソーラーパネルと蓄電池が良いかな? って、電気配線をやる自信がないぞ。世界を滅ぼす力を持ったまま感電死なんて笑えない。俺の死亡記事の見出しが「配線ミス」では、爺さんの何億年が泣く。これは真面目に勉強しよう。目指せ電験一種。異世界で電気主任技術者を目指す男、爆誕である。

 もう誰かに会う予定もないし、ジャージに着替える。どこかの田舎のヤンキーのような出立に王子の顔はかなり浮いているが、見せる相手もいないからいいか。



 ……と思っていたら、インターホンのレシーバーが鳴った。

 は? 設置一時間で初仕事? 二度と挨拶なんか行くかと決めた矢先に、面倒のほうから訪ねてきやがった。画面には、品の良さそうな老人。もしかしてアーサーさんかな。ジャージのまま門に急いで向かう。着替える時間はない。ヤンキースタイルで貴族を迎える。


「やぁこんにちは。隣のものだ。先ほどはうちのものが失礼した」


 門を開けると、身なりの綺麗な老人が立っていた。歳は六十代くらいか。顔に傷ひとつなく、若い頃はさぞモテただろうと思わせる整った顔立ちだ。ただ、上品な服の上からでもわかる筋肉の厚みが、ただの好々爺じゃないと語っている。声だけが、妙に若い。

 そして開口一番が、部下の非礼の謝罪。門番の報告を聞いて、すぐ足を運んでくれたわけだ。できる上司の動きである。


「お気になさらず。どうぞお入りください」

「お言葉に甘え、お邪魔させてもらおう」


 バカにはバカな、紳士には紳士に、鏡のような対応をするのだ。応接に通す。入居三日目にして、まさかの応接室の初稼働である。使わない部屋と言ってすまなかった。これ上座とかあるのか? わからん。アーサーさんに任せよう。


「今飲み物をお持ちしますので、座ってくつろいでいてください」

「あぁ、ありがとう」


 左手側の椅子にかける。お客様は左。レオ覚えた。マナー知識が、実地で一つずつ増えていく。


 キッチンに向かい、もてなしの準備をする。ティーセット、角砂糖、角砂糖を入れる瓶とつまむヤツ、クッキーとお皿とお盆。お茶は、ティーパックのレモンティーでいっか。お湯は魔法で良いのか? わからん。魔法のお湯と沸かしたお湯で、味が違ったら大惨事だ。念の為ガスコンロと鍋、ミネラルウォーターを召喚する。こんだけ召喚すると今夜は砂糖だけで過ごすことになるんじゃね? もてなしとは、かくもコストのかかるものである。


 もてなしのセットを持ってアーサーさんのところへ戻る。


「どうぞ。お砂糖は好みで入れてください」

「どうもありがとう。こんな高級なカップを持つのも久しぶりでね。少し緊張するよ。私は、アーサー・ベルギウスと言う。元は近衛騎士団長をやっていた。今は暇を持て余すただの爺さんだ。よろしく頼むよ」


 言葉言葉がとても綺麗で余裕があるな。これが成金の俺と違って本物の金持ちか! ちなみにその高級なカップは、通販サイトの「ティーセット 人気」の検索一位である。


「ご丁寧にありがとうございます。俺はレオナルドと言い、ハンターギルドに所属しています」


 ほぉと笑顔のまま驚いた表情を見せる。貴族街の住人がハンター、という組み合わせに驚いたのだろうが、深追いはしてこない。アーサーさん多分いいやつ。


「まぁ、ご近所さんということで、フランクな感じで話をしましょうか。レオナルドって呼んでもいいかな? 私のことは単にアーサーと呼んで欲しい」

「そいつは助かるな。丁寧な言葉は慣れていないんだ。仲の良いものはレオって呼ぶのでそう呼んでくれ」


 ありがたい申し出だ。どこかの妖怪ジジイを思い出すが、お言葉に甘えて。敬語の解除が早い人は、大体いい人。俺調べの統計である。


「レオだね。わかった。レオは帝国から来たのかい? 風貌がソラリスのような田舎ではなく、都会人のようだ」


 うーんわからない。帝国がどこで何なのかも、まだよく知らない。だが、出身地の設定は早晩必要になると思っていたところだ。ここは今後その設定でいこう。目の前の紳士が用意してくれた履歴書に、そのまま判を押す。


「そうだ。そっちの方から来た。普段は家にずっと引き篭もる予定だから、なんかあったら気軽に声をかけてくれ。基本外に出ないつもりだ」

「老人の私の方が外に出ていることになるね。まぁ子育ても終わり、使用人を除き妻と二人で暮らしている。こちらの家にも気軽に遊びに来ておくれ」


 紳士が誘い返してくれる。まぁ行かないんだけど心遣いはありがたいね。社交辞令と本音の中間くらいの距離感が、ちょうど心地いい。


「そうだった。これ引っ越しのご挨拶のお菓子だ。甘いのが大丈夫なら奥さんと食べてくれ」

「甘いのは二人とも大好きだよ。ありがたくいただくよ。それにしても、このお菓子も、紅茶もとても美味しい。自分で淹れたのかい?」


 自分で淹れたけど、ティーパックでトントンしただけだ。あの高いところから注ぐやつをやっていると思われたら嫌だな。地球の食品産業の実力が、また異世界で無双してしまった。


「ただお湯を入れただけだよ。それより騎士団について教えてくれ。剣と魔法どちらがメインなんだ? 交流がないから気になって」

「基本的に剣や槍がメインだね。魔法は身体強化以外はほとんど使わないかな。魔力が切れて動けなくなる方が困るからね」


 なんでだろうね。魔法の方がやれることが多いはずなのに。みんなそこらじゅうで魔法をぶっ放ししてもおかしくないのにそんな風習はなさそうだし。この世界に来てからの、地味な疑問の一つだった。


「ハンターギルドの訓練場所で魔法をガンガン撃ってる人とかいないんだよね。なんでだろう?」

「レオは魔法が得意なんだね。多分わからない理由はそれかな。私は騎士としては、魔力が多い方だからどちらの言い分もわかる気がするよ」


 魔力が多いのか。となると声が若いのは長寿の効果だったりするのかな? 魔力量と寿命の関係は、爺さんの説明とも符合する。


「魔力が高く、魔法を自由に使えるものは基本どこでも需要がある。だからこそ、身分、給与、信念、環境の良いところから埋まっていく。王室魔導士、魔術師ギルド、教会、そして騎士の順だ。騎士あたりまで来ると、大きめの炎くらいは出せる。だが撃てば、身体強化に回す魔力が残らない。魔力切れは即、死に直結する。だから騎士は肉体を鍛えて、身体強化の効果そのものを底上げするんだ」


 ふむふむ。魔術師ギルドは何をするかわからないが他は雰囲気で理解できる。さらに下が、ハンターと傭兵かな。なるほど、魔法を撃った次の瞬間に死ぬんじゃ、そりゃ剣を振った方がいい。魔法は、燃料計を睨みながら使う大砲だったわけだ。俺の燃料計は、振り切れて壊れているが。


「逆に、魔力が有り余っている者は肉体を鍛えない。身体強化そのものを鍛える。行き着く効果は同じ、道筋が違うだけだよ」


 肉体を鍛えず、魔力で身体強化……あれ、それ完全に俺のことでは。しかも、有り余るなんてもんじゃない桁違いの量なんだが。つまり俺は、この世界の分類では「魔術型の極北」に立っているらしい。一日も鍛えていないのに。はー、学のある人は説明までわかりやすい。


「いや、とてもわかりやすくて感動した。勉強になったよ」

「お役に立てて私も嬉しいよ」


 後はたわいのない雑談をして解散した。いやー、ぼっちの引きこもりだけど頭のいい人と話すのは苦痛じゃないね。何気に楽しかった。まぁ遊びには行かないけど。この矛盾こそが、引きこもりの人情である。


 明日は、最後のノルマをこなしにハンターギルドに行きますかね。俺の自由が待ってるぜ。電験の勉強という新しい課題はできたけど。

 寝室に戻り、絶望する。おい、寝るところがないぞ。

 豪華ベッド、道標クランが完璧に運び出し済み。代わりのベッドセット、未召喚。本日の召喚回数、もてなしで残りわずか。……今夜の俺は、六億の家の絨毯で寝る。


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