表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/24

第二十一話 マイホーム生活は最強です

 翌日、目覚ましをかけ忘れたがちゃんと起きれたことに安心する。寝る前、コメディ映画を見たことが良かったのか悪夢は見なかった。黒い大群の夢を警戒して、脳に上書き用の映像を流しておいたのだ。快眠のための危機管理である。


 さて、引っ越しの準備はどうすれば良いのか。

 部屋を見回す。まだインゴットもあるし、調味料もある。ソーラーパネルもどうしようか。全部一回捨ててしまいたいが、燃え残るだろうな。焼却炉にソーラーパネルは、さすがに文明への冒涜だ。傭兵ギルドのクランに引越しの依頼が出せるかしら。


 オージのところへ向かう。気分はウキウキだ。マイホームができたらプロジェクターで映画を見ることもできる。大画面、防音、誰も来ない。夢が広がりまくりだ。

 商業ギルドのドアを開け、オージを探す。受付ではなく、窓際の席に座っている。ますますリストラ直前の席がないおっさんのようで哀愁が漂っている。窓の外を眺める背中に、「早期退職」の四文字がよく似合う。


「オージ、とうとうクビになったのか?」


 違うとわかっていてもつい言ってしまう。これもウキウキ気分のせいだ。


「お前のために仕事に穴を開けて待っていたのに、なんて言い草だ!」


 ほんとな。わかっていても止まらないので諦めておくれ。俺の口は、機嫌が良いと性能が下がる。


「ありがとな。んじゃ行きますか」

「嬉しそうだな。まぁ無反応よりは苦労した分ありがたい」


 ツンデレ中年手前である。需要はないぞ。


 オージと、トコトコ散歩だ。貴族街への道は、進むほどに人通りが減り、塀が高くなり、静かになっていく。いいぞ。この静けさの濃度が、そのまま俺の幸福度だ。

 新しい家は嬉しいがクリーンの魔法がなかったことで掃除とか心配だ。誰か使用人を雇えばいいのはわかるが、マイホームは誰とも関わらなくて良いからマイホームなのだ。その辺どうしようか。

 エルフのメイドとかなら居てくれても良いんだが、クズ野郎らしいから無理だな。タント様の顔が「やめとけ」と言っている。この世界の一般的なメイドの倫理観がわからない。何を盗まれても別に構わないんだが、気分的に良くないよね。


「一般的に一人住む場合は掃除とかどうしてるんだ?」


 素直にオージに聞く。


「そりゃ使用人を雇うのが当たり前だ。執事、メイド長、メイド、門番、庭師、コック、馬番などが最低限必要だな」


 いらねー。そんないらねー。最低限で七職種。貴族の「最低限」は、中小企業の従業員名簿だ。俺の家に常時七人。想像しただけで息が詰まる。


「週一回、掃除と洗濯だけしてくれればいいんだが、そう言うのはないのか?」

「可能だが、お前さんの将来を考えると用意しといたほうが良いと思うがな」


 オージが意味深のことを言う。引きこもりの将来とは一体。俺の将来設計は「今日と同じ明日」の百年連続更新だぞ。


「知らない奴に家をウロウロされるのが嫌なんだ。奴隷とか買えないの?」

「いつの時代の話だ。捕まるからやめておけ」


 はい。奴隷とパーティを組んで無双する未来は消えました。元々考えてなかったけど。テンプレの選択肢を一応確認しただけだ。この世界、法整備が地味にしっかりしている。


「そうか。信頼できる掃除人は商業ギルドで紹介してもらえるか? 可能であれば、美人で一年分商業ギルドで前払いで払っておきたい」

「まぁ可能だな。月々の給料は商業ギルド経由で払うことはできる。誰が必要になるかは考えておけ。少なくとも門番はいないと大変だぞ。ほらついたぞ」


 目の前に、俺の城がそびえていた。

 二階建て。事前に聞いていたより、だいぶでかい。ぐるりと囲う塀は俺の背丈より高くて、外から中は一切覗けない。うん、引きこもり適性は満点だ。この塀は、外敵から俺を守る壁ではない。世間から俺の生活を隠す壁だ。どちらにしても頼もしい。

 門の内側には、馬車寄せだという広いスペース。馬車どころか、俺は自転車すら持ってないんだけど。庭は、隅に薬草だか香草だかがちんまり植わっている以外、綺麗さっぱり何もない。手のかかる庭園でもあったら面倒だなと思っていたので、これは前の住人グッジョブだ。顔も知らないあんたと、いい酒が飲める気がするよ。

 マイホームを買うまで長い道のりだった。これからは引きこもり放題だ! ノルマ一件あるけど。


「予想を超えていい物件じゃないか。案内ありがとう」


 素直にお礼を言う。


「調子が狂うな。中の紹介もするぞ」

「いや、いい。探索も楽しみだ。引越しの荷物を道標の人達に頼みたいんだが、立ち合いなしで勝手に荷物を持ってきてくれないかな」


 オージは呆れた顔をしながら言う。


「この前、宿の人にも挨拶をしたから可能だと思う。後から何かなくなったとか言われても対応できないぞ。道標の奴らなら信頼できると思うが」

「なくなったらクランごと潰すから大丈夫だ」


 いや、しないよ? なんせ元がタダだから何も困りはしない。適当に返した結果がこれだ。もうちょっとマイルドの方が良かったな。

 ギョッとするオージ。髭の奥で、喉仏がこくりと動いた。すまん全然そういうつもりじゃなかったんだ。気にしないでくれ。「信頼してるから確認しない」を強めに言っただけなんだ。


「まぁ言っておく。希望日は明後日で良いか? 前と同じで調整が必要だ」

「あぁ、宿の期限もその日までなのでよろしく言っといてくれ。前金で払いたいが金貨一枚で足りるか?」

「多すぎだ。とはいえ、お前さんの持っているものは高価なものが多そうだから、妥当かもしれんな」


 高すぎたか。引越し代百万円。まぁ、商業ギルドの手間賃も含めると問題ないだろう。金銭感覚の校正は、今日も後回しである。


「んじゃこれで頼む。商業ギルドの取り分もうまくやり取りしてくれ。門と、鍵は開けとくから声をかけて反応がなかったら、エントランスに置いて帰ってくれと伝えてくれ」

「お前さんの面倒くさがりなところにやっと順応できたぞ。わかった。あとは何かあるか?」

「後で使用人の件決まったら頼みに行くよ」


 鍵を受け取りオージと別れる。

 さぁマイホームと対面だ。



 エントランスに入る。めっちゃ豪華。天井は高く、正面には無駄に立派な階段。でも特に人を呼ぶこともないし、感動が全くない。はーって感じ。

 他の部屋も一通り回る。応接、ダイニング、事務室、使用人の待機部屋。……見事に、一つも使う予定がない。誰を応接するんだ。事務なんてしないし、待機してくれる使用人もいない。二階に上がっても、ドレッシングルームに書斎、ゲストルームが二つ。客なんて呼ばないんだから、名前からして無駄な部屋が二つ並んでいる。

 結局、どの部屋を覗いても、はーって感じ。使わない部屋の感想って何よ。六億の買い物の内訳が、「使う部屋三つ、はーって感じの部屋八つ」である。それでも後悔はない。この「はーって感じ」の余白ごと買ったのだ。


 唯一、トイレ、バスルーム、そして寝室は感激した。めっちゃ綺麗で広い。生活の核となる三部屋が優秀なら、家は優秀だ。豪華なセミダブルくらいのベッドがあるが、これは捨てよう。他の豪華な家具も全部捨てよう。

 やはり現代家具は効率的で良い。道標の人が引き取ってくれないかな。それまでは家具召喚はやめておこう。


 とりあえず今一番必要なのは、大きな灰皿と緑エプロンの店のコーヒーだ。はー生き返る。お金もあり、タバコもあり、美味しいコーヒーもあり、暇もある。無敵だな! この四点セットを同時に成立させるために、俺は世界を一つ渡ったのだ。安い買い物である。

 豪華すぎて落ち着かないベッドも、捨てる前に一度くらいは寝てやろう。ついでに広い風呂に魔法で湯を張って首まで浸かる。窓の外は貴族街の静けさ、扉の内は誰も踏み込んでこない俺だけの秘密基地だ。

 ……あぁ、これだよ。宿の硬いベッドで、念願だ念願だと唸っていた頃が懐かしい。あれはあれで柔らかかったが。誰にも会わず、気も使わず、好きなだけダラダラできる。名付けるなら、最強の引きこもり生活。我ながら、悪くない響きだ。

 ノルマ一件が面倒だが、それが最後の宿題と思えば楽しみですらある。

 まぁ明日はやらないけど。



 ――そうして寝て起きてを繰り返すうち、気づけば二日が過ぎていた。


 今日はクランの人が来る日だ。何時に来るとか約束してないので、寝室のドアを開けたままダラダラ漫画を見ている。

 なんでも食べれるはずなのに、ジャンクフードばかり選ぶのは根が貧乏だから? 健康を気にしなくて良いだけで欲望のタガが外れちゃうね。最高級の食材を無限に呼べる男の食卓が、ポテトと炭酸である。

 予想通り、ベッドルーム、トイレ、バスルームしか移動していない。いや、ゴミを燃やすため裏庭に一回行ったな。焼却炉があり、魔法で火をつけた。現代だと問題となる公害だが、俺は病気にならないので気にしない。

 隣の元近衛の人ごめんね。そういえば引越しの挨拶はするべきなのか? そば? 手拭い? そもそもあいさつの習慣はあるのか。うわめんどくさい。地球でも億劫だった行事が、異世界の作法という霧に包まれて三倍面倒になっている。道標の人達、早くきて俺を導いてくれ。クラン名に偽りなしのところを見せてくれ。


 とりあえずダラダラ過ごす。ドアをノックする音が聞こえた。だらけながら向かうと、ドアが開く。


「傭兵ギルドから来ました。レオナルド様はいらっしゃいますか?」


 さすが気品のある挨拶だ。前回会った三人の他に、知らぬ三人で計六人。荷物の数を伝えなきゃ、引っ越しにはそのくらいかかるよな。金塊の山とガジェットの山だし。


「ああ、ありがとう。その辺に適当に置いといてくれ」


 インゴットや、出したことを忘れていた携帯ゲーム機、音楽プレイヤーなど、エントランスに積まれていく。異世界の貴族の邸宅の玄関に、家電量販店のワゴンセールが出現していく。何度見ても、ひどい絵面だ。


「追加でお願いがあって、寝室の家具を全て捨てたいんだが、引き取ってもらえるか? 金貨一枚で頼む」

「はい。見させてもらってよろしいですか? 私は道標クランマスターのリドルと申します」


 もうお金の使い方が石油王だ。歳は四十代くらいの男。物腰は柔らかいのに、目の奥だけは笑っていない。荒くれ者を束ねる長という割に、傭兵というより有能な官僚といった気配だ。

 クランマスターは頭が切れるタイプじゃないとダメなんだな。腕っぷしの世界の頂点に、腕っぷし以外で立つ男。組織とは、そういうものらしい。


「ああ、着いてきてくれ」


 無駄に豪華な階段を一同で登る。


「この床の上にあるもの、壁にかけられているもの全部持っていってくれ」


 部屋の中見て、どよめきが起きる。

 少し気まずそうにリドルが言う。


「あの、どれも一流品に見えますが、本当に処分するのですか? こちらで引き取りでもよければ代金は不要です」


 謎の絵画など、俺からしたらホラーでしかない。夜中に目が合う位置に、知らない誰かの肖像画。無理だろ。金を払ってでも持っていってほしい。引きこもりには、安いポスターの方が安心するのだ。


「ああ、良いよ。代金もちゃんと支払う。カーテンだけ残しといてくれ」


 おおー! と歓声が上がる。リドルだけは、笑顔を絶やさず冷静な様子だ。良いクランには良いリーダーがいるんだな。


「ありがとうございます。では、早速運び出しします」


 余計な会話などなく、気持ちが良い連中だ。メイドになってくれないかな。女装はちょっと似合わないけど。

 さすがの傭兵。一人でベッドを持ち運んでいる。身体強化なのか魔力を感じた。これならあっという間に終わりそうだな。引越し業界も、魔法あっての効率化である。


「この国の作法がわからなくて教えて欲しい。引越しの後は、隣人に挨拶に行くのか? 何か持って行かないといけないとかあるのか?」


 リドルに聞く。彼なら間違いないだろう。


「貴族街では、挨拶はした方がよろしいかと。特に元近衛騎士団長のアーサー様がお隣なので、何かあった時に力になってくれるかと。持っていくものは私ならばお菓子で済ませます。高価なものは好まれないでしょう」


 ありがとうリドル。回答まで完璧だ。質問の三歩先まで答えてくれた。うちのメイド長に任命しよう。


「わかった。報酬を先に払っておくので、適当に帰ってくれて良いぞ」

「承知しました」


 ほら、これ。何故可愛い女の子に生まれなかったのかリドルよ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ