第二十話 簡単なお仕事の予定でしたが?(後編)
――身体強化! マックス!!
瞬間、世界から音が消えた。
急がず慌てず、無音の中をゆっくりと出口へ向かう。ちらりと、固まった蜘蛛の群れを見た。飛びかかる寸前の脚も、吐きかけた糸の一本一本も、空中でぴたりと止まっている。一匹一匹が、大型犬くらいはある。静止画にしてなお、この禍々しさだ。動いていたら直視できる自信がない。
勢いよく来てくれるならいいが、この状態でゆっくり触られたら、オートシールドはたぶん仕事をしてくれないだろう。「危害を加える速度」の条件が、まさかこんな形で穴になるとは。契約書は隅々まで読むものだと、異世界で再確認した。
蜘蛛ゾーンを突破しても、身体強化は解かない。なぜなら怖いからだ。世界最強の男が、止まった蜘蛛の間を、抜き足差し足で通り抜けていく。虫が苦手なのか、大量の集合体が苦手なのかわからないが、今夜は悪夢を見ること間違いなしだ。やっと出口だ。外の光を見て、やっと身体強化を解く。世界に音が戻る。鳥の声が、これほどありがたかったことはない。
はー。二度とダンジョンなんか来ないぞ。階段に蓋をしとかないと。ここから蜘蛛が這い出てきて、夜寝てる時に枕元まできたらショック死するぞ。不老の男の死因が「ショック死」では、爺さんに顔向けできない。
――鉄板!
階段を、召喚した鉄板で覆う。この重さなら大丈夫だろう。念の為、油性ペンで危険を書いておこう。少し書くと弾かれる。くそ、鉄板に油性ペンは乗らないのか。無駄な召喚をしてしまった。カラースプレーで、ダンジョン危険とか書く。ついでに蜘蛛の絵を描く。八本脚を表現したかったのに、絵心が無さすぎて、ナマハゲのような生物になったがまぁ良いか。怖さは伝わる。方向性は違うが。
もう当面依頼なんて受けないと心に決めて帰還する。
* * *
ハンターギルドに到着する。嫌な思いをしたせいか、足早についた。まぁノルマは残り一つだ。一年間の引きこもりライフまで後少し。そう考えると落ち込んでた気持ちが回復した。人間、ゴールが見えると強い。
「依頼のコアだ」
ドイルに手渡す。
「早いな。なかなか手応えのある相手だったろ?」
「ああ、とても首が長かった」
遠くから一閃したので返答に困っただけなのに、ドイルは眉間に皺を寄せ、言葉の意味を探る。討伐の感想が体格の描写。確かに情報量ゼロだ。が、無駄と判断したのか報酬を渡してくる。スルーはやめて。今気持ち回復中なの。
「そういえば、ダンジョンを見つけたぞ。めっちゃキモかったから二度と行かないけど」
目を見開き、ドイルの動きが止まる。
「ダンジョンだと!? 間違い無いのか?」
いや、知らんがな。どうやって判別するんだ。ダンジョン鑑定士の資格でもあるのか。周りにも聞こえてたらしく、人が集まる。商人みたいな人も集まって、続きを聞こうとしている。君は依頼を出している最中じゃ無いのか。俺の「そういえば」一つで、ギルドの業務が止まってしまった。
「間違い無いかと言われるとわからん。中にゴブリンがいて、倒して放置してたら死体が消えていた。あと、蜘蛛が大量にいた。キモいから逃げてきた」
「ゴブリンがいたなら、ダンジョンで間違いない。あいつらは自然発生しない。場所はどこだ? 入り口の大きさは? 緊急依頼だ人を集めろ」
ドイルがなんか焦っている。指示が受付台を飛び越えて、フロア中に飛んでいく。どこから説明したら良いか。ってか二度と行かんぞ。
「トカゲ地点の湖を右手に置いて、二十分くらい歩いたところだ。階段は、人が二人並んで入れるくらいで、念のため鉄板で塞いどいたぞ」
「鉄板? なんでそんなものを?」
しまった。召喚品の存在を、さらっと供述してしまった。
「野外で美味しいお肉を焼こうと持っていったんだよ! 今はその話じゃ無いだろ!」
確かに鉄板を持ち歩くハンターなんて意味不明だが、勢いでスルーしてくれないかな。論点ずらしの声量押し。会議で覚えた、大人の汚い技である。
「もう一度行って場所を案内してほしい」
「やだよ。大きな木を切り倒した後があるからすぐわかる。鉄板にもダンジョン危険って書いておいたから誰でも気づくよ。行けばわかるさ!」
ドイルがうーんと悩む。案内を渋る第一発見者と、腑に落ちない受付。だがあの蜘蛛のいる場所に、報酬を積まれても戻る気はない。
「とりあえず蓋はして、外に溢れることはないんだな?」
「ない。鉄板をどけられる力持ちが現れたら知らないが、ゴブリンや蜘蛛には無理だろうな」
「他に気づいたことはあるか?」
変な剣があったな。思い出したけど話をする剣は、エゴソードって言ったはず。なんか泣いてたから誰か迎えに行ってやれ。……とは、言わない。言ったら最後、「なぜ剣と話せる」から始まる尋問が待っている。すまん、剣。君の婚活は、次の来訪者に賭けてくれ。
「いやない。びっくりするほど蜘蛛がいるから、虫に強い人が行ったほうがいいな」
話を聞いて嫌な顔をする人がちらほら見える。歴戦のハンターにも、虫は効くらしい。俺だけじゃなくてよかった。
「まぁそんな感じだ。あとは任せた」
いつも通りに、いなくなろうとしたら呼び止められる。
「レオ! 待て! もしかしたら何か確認したいことがあるかもしれん。連絡を取れる場所を教えろ」
「今日なら百年の灯火にいる。家を買ったから、明日からは貴族街の入り口の、元近衛団長だかの隣の家にいると思う」
はっ?と全員が言葉の意味を考える。
最高級宿からの、貴族街。Dランク新人の住所遍歴ではないことに、言った後で気づいた。だがもう遅い。訂正のしようもない。事実だし。
「んじゃ、また!」
今度こそ華麗に脱出した。後ろで、あそこっていくらするんだみたいな声が聞こえた。意外と安いのでおすすめだ。白金貨六枚、諸君の年収がわからないのでノーコメントだ。
* * *
――商業ギルド Side――
偵察を行なっていた職員が、オージを連れギルドマスター部屋に集まる。
「レオナルド氏のDランクスタートは、Aランクのアレス氏を模擬戦で圧倒したためでした。そして先ほど、ダンジョン情報をハンターギルドに公開していました」
職員が報告する。ギルドマスターは身を乗り出し、興奮して言う。
「そうか! 報告してくれたか! オージの見立て通り、善良なるものであったな。先のインゴットの件もある。この国の在り方が変わるぞ」
興奮冷めやらず、ギルドマスターは続けていう。老獪な商人の仮面の下から、若い頃の山師の顔が覗いていた。
「彼には国から褒賞が出るだろう。建国以来初のダンジョンだ。爵位が授けられてもおかしくはない」
「あいつが素直に受け取るか怪しいな。金は唸るほど持ってるし、自由気ままを絵に描いたような男だ。爵位なんてしがらみは、煩わしいだけだろうよ」
オージがレオの内心を的確に言い当てる。窓口での付き合いは浅い。だが、白金貨を「そのくらい」と言い、十五億の買い物を「適当でいい」と丸投げする男の価値観は、嫌でも見えてくる。
「ふむ。あるいは、既に他国で相応の地位でも持っているのか……。まあ、こればかりは分からんな。どちらにせよ、商業ギルドは忙しくなる。今から各自、準備をしておけ。率先して買い取り、ハンターギルドにも常駐の者を出す」
退室しかけた職員が、ふと足を止めた。
「そういえば、ハンターギルドが、例の新人の件で国に報告を上げる動きだとか。あちらは以前から、彼を気にかけていたようです」
「そいつは好都合だ。二つのギルドが揃って推せば、さすがの国も無視はできまいよ」
ギルドマスターは満足げにうなずいた。
勘違いから事実になり、レオの想定とは違う方向に物語は動き出す。




