第十九話 簡単なお仕事の予定でしたが?(前編)
翌日になり、早朝からハンターギルドに行く。ギルド内に入ると何人からか挨拶される。あー、君ね君。全く名前が思い出せないけど、軽く挨拶してドイルのところに向かう。討伐隊の二十人、顔と名前の照合率は依然ゼロパーセントである。「よお、あんた」戦法は今日も好調だ。
「一番簡単なやつを頼む」
紳士の挨拶は不評のようなので行わない。学習する男である。ついでに依頼票も見ない。見ても地名がさっぱりだ。すぐ帰れるかわからない。依頼選びはプロに任せるに限る。
「簡単じゃないから依頼が出てるんだがな。ワイルドボアとかどうだ? 食料になる魔物はいつでも歓迎だ」
でっかい猪か豚のことだろう。倒すのが良いが解体できる気がしない。犬で限界だった俺に、大物の解体は荷が重い。
「どうやって運ぶんだ? 解体はできる気がしない」
「現地で解体がセオリーだ。大量に狩るつもりなら台車や、馬を用意するが、お前なら身体強化で運べるんじゃないか?」
そりゃできるだろうけど、その構図見せたくないんだよなぁ。丸ごとの猪を担いで城門をくぐるフードの男。悪目立ちの見本市だ。やっぱ別なのがいいな。
「面倒だから嫌。コアだけのやつはないか? かつ近場で」
「コア狙いだと、トレントかリザードネックあたりだな」
トレントは首がないから却下。歩く木に即死魔法は通らない。リザードネックは名前からすると首長トカゲか? 理想的だな。俺の獲物選定基準は、危険度でも報酬でもなく「首の有無」である。
「リザードネックにする。何匹狩れば良い? 見た目の特徴は?」
「一匹で良い。首の長い歩くトカゲだ。見ればすぐわかる。基本的に襲ってくる魔物ではないため数を狩る必要はない。コアが高く売れるから傷つけずに持ってきてくれ。報酬は、銀貨二枚だ。前回のも渡せるが後の方が良いか?」
「ああ、まとめてくれ。行ってくる」
* * *
生息地は、東の森にある湖らしい。初めての場所だな。東門は、特に西門と変わらない様子だった。特に面白いこともなく、東の森に向かう。
街道ということもあり、定期的に馬車が横をすり抜けていく。前ほど怖くはなくなった。そもそも轢かれてもシールドで弾きそうだな。馬車がかわいそうなので、端は歩き続けるが。
人目を気にせず、歩きタバコ歩きスマホである。やっぱり慣れてくるとその辺はルーズになるが仕方ない。人間だもの。異世界二週間で、通勤路の顔になってきた。
一時間ほどで森に着いた。湖まではもう一時間ほどだ。途中魔物がいたらどうしよう。戦うのも面倒だけど避けながら行くのもだるいので、気にしないことにしよう。悩む工程を丸ごと削除する。これが怠惰流リスク管理である。
魔物よりも脅威なのは、木の根だ。歩きスマホと相性が悪すぎる。やめないけど。何度か転びそうになりながら、湖に向かう。世界を滅ぼせる男の最大の敵が、足元の根っこ。途中、熊にあったが、動物なのか魔物なのかわからなくて、熊よけスプレーで撃退した。無限の魔力より、地球のホームセンターの知恵。インゴットも召喚しなくて良くなったので回数に余裕ができた故の無駄遣いである。
木立を抜けると、いきなり視界が開けた。湖だ。底の小石まで数えられそうなほど水が澄んでいて、向こう岸もぎりぎり見て取れる。……ずいぶんと綺麗な場所だ。まぁ、景色を楽しみに来たわけじゃないんだけど。写真を撮っても誰にも共有できないのが悲しい。
まぁ早く帰りたいのでサーチで探します。サーチすると、少し先にぼんやりとした光が見えた。さらに奥に大きな光も見える。ボスかな? 一旦小さい方に向かう。
首の長いトカゲを発見。二足歩行だから間違いなさそう。のっそりと湖畔を歩く姿は、恐竜図鑑の草食枠に似ている。襲ってこないというのも本当らしい。悪いな、トカゲ。さっさと首切りして、コアを収集する。
あっという間に終わったな。ここまでくるのに二時間かけて三分で終わり。往復四時間、実働三分。なんか損した気分だ。ボスでも見に行こうか。この「ついで」の好奇心が、後々どうなるかも知らずに。
そこから二十分ほど歩いたところに、ボスは……いなかった。光は、巨大な木の根元から漏れている。竹取物語みたいだな。中からかぐや姫が出てくるサイズではないが。とりあえず木を切りますか。チェーンソーを召喚しても良いけど、ちゃんと捨てるのが面倒そう。ダンボールの教訓は生きている。ゴミを出さない討伐、ゴミを出さない伐採。
身体強化を強めにかけて殴り飛ばせばいけないかな。やってみよう。
――身体強化! 結構強め!
無駄に空手スタイルで正拳突きを行う。誰も見ていないので、フォームは完全に自己流だ。
根元から、大木がへし折れた。鈍い音を立てて、そのまま横倒しに薙ぎ払われる。突きの風圧で正面の枝葉がまとめて吹き飛び、森にぽっかりと丸い穴が空いた。少し遅れて風がやみ、何事もなかったみたいに、あたりは静かな緑へ戻っていく。
はー、あの時、アレスに使わなくて本当に良かった。スプラッタにするところだった。「結構強め」でこれなら、「全力」は考えたくもない。
折れた木の切り株に階段が見える。もしかしてこれがダンジョンか? この様子だと第一発見者だな! ちょっとだけ中を覗いてみようか。ちょっとだけ。俺の「ちょっとだけ」の実測値については、この際忘れる。
階段を降りるとすぐに光が届かなく暗闇に包まれる。
――光よ
明るい光が前方に浮き上がる。
浮かんだ光が照らし出したのは、石を隙間なく積んだ壁だった。継ぎ目には黒く苔がにじみ、天井は低い。通路の幅は、大人がすれ違うのがやっとくらいか。いかにもダンジョン、といった眺めだ。ゲームで何百時間も潜った空間に、実物で立っている。ちょっとだけ、テンションが上がる。
歩くたびに音が反響する。魔物がいたら気づかれそうだな。ここで問題発生。ライトの魔法がついてこない。置き型だった。こういうのって常にふわふわ前方を照らすでしょ! ゲームの常識を返せ!
――前に動け
移動を念じてみたところ、遥か彼方に飛び去っていき辺りは暗闇に戻る。
もう意味がわからない。「前に動け」を額面通り、等速直線運動で実行しやがった。俺の魔力は無学な秀才(二回目)。融通というものを覚えてほしい。解体用のナイフを出す。
――ナイフの先に光よ宿れ
あかり付きのナイフの出来上がりだ。世界初、ダンジョン探索用ナイフ型懐中電灯。いちいち面倒な仕様で心が折れそうになる。少しだけ見たら帰ります。
ダンジョンは、迷路のようだった。左右中央と何度か分かれ道があるが、初心者にはマッピングなど無理なので、ひたすら直進する。攻略ではなく、見学だからこれでいい。
途中、ゴブリンと思われる魔物にあう。人型はキモいな。なんか苦しんでいる。よく見ると目を押さえながら。
あぁ、さっき『前に動け』で飛ばしたライトか。あれがこいつの目に当たったんだろうな。等速直線運動の被害者第一号。こいつは相当運が悪い。気の毒になりながら首切りで倒す。帰り道の目印になってくれ。
そのまま何度も分かれ道があるがひたすら直進する。大袈裟な真っ赤な扉に行き着く。ボス部屋だ! 間違いない。ゲームで何百回も見た色だ。ここまできたからには中を見てみよう。
扉を押したが非常に重い。何人かで押さないとダメなやつか。もちろん身体強化で蹴破る。パーティプレイ前提の扉も、ソロ最強の前には無力である。
中に入ると、空気がひやりと変わった。静かで、やけに厳かだ。奥の方から細く光が差し込んで、埃までがきらきら舞っている。……なんだこの、いかにも意味ありげな演出は。
ボスなどいない。中央に台座があり剣が刺さっている。うわー、これベタな伝説の剣とかなんかだ。いらねー。装備した瞬間から始まる、選ばれし者の物語。俺の求める怠惰と、全要素が衝突する。見なかったことにして帰ろうとすると声が聞こえる。
「待て、なぜ帰ろうとする?」
若い男の声だ。
「誰だ!?」
「お前は俺の声が聞こえるのか!?」
本当に誰だ。え? あっ、これ面倒そうなやつで確定。多分、剣が喋ってる。なんとかソードって言うやつだ。子供の頃は憧れたけど、大人になるとうざいだけだな。声の弾みようから、相当な期間ここでぼっちだったのが伝わってくる。伝わってくるが、駄目だ。ここは何もなかった! 帰ろう!
「おい! 待て! いや、待ってください! お願いします!」
口調が敬語に切り替わった。伝説の剣の矜持はどうした。なんか可哀想になってきたけど、俺には声が聞こえないのだ。知らない部屋に入るたびに、誰だ!?をやってるだけの厨二病なだけだ。右手が疼くのだ。
「お願い……一人は寂しい……」
あーあー聞こえない。聞こえないったら聞こえない。振り返ったら負けだ。振り返ったら、俺の家に喋る剣が来る。二十四時間喋る剣が。
帰路は順調だ。なぜなら真っ直ぐの道だから。あれ、ここにゴブリンの死体目印があるはずだが、何もない。ゴブリンの血すら無くなっている。
こえー。ボスよりよっぽどホラーで怖い。死体が消える。掃除したみたいに、跡形もなく。誰が? 何が? 少し駆け足になる。オートシールドはお化けも弾いてくれるかしら。「危害を加える速度で接近する対象」にお化けは含まれますか、師匠。
右手の道よりカサカサ音がする。なんだ?
――光よ!
そこには光に照らされた黒光の蜘蛛が多数いた。
ぎゃー!! 無理無理!! ダンジョン無理!!




