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第十八話 マイホームは雰囲気で決めます

 普段は読まないジャンルの異世界お嬢様物の漫画を読んでいたら夜更かししてしまった。起きたらもう昼過ぎだ。

 異世界のお嬢様は凄いな。チートもなく立ち回りだけで異世界を生きているとか俺は想像もつかないや。俺なんて無限の魔力を持って、初日から詰みかけたのに。あのお嬢様の爪の垢を、コピー召喚できないものか。生物由来はダメか。


 夕方にインゴットの引き取りがあるので、宿のおばさんに客が来たら案内をお願いする。この世界で初めてのお客様だ。コーヒーでも用意したほうが良いのかな? もてなしの作法が、貴族基準なのか庶民基準なのかで悩む。

 少し部屋を片付けようと重い腰を上げようと思ったが、少しだけ漫画の続きを読む。少しだけ。本当に少しだけのつもりだった。


 ドアをノックされる音で既に夕方になっていることに気づく。

 だろうと思ったよ。俺の「少しだけ」の平均実測値は四時間である。

 ドアを開けると、オージと三人の強面がいた。


「オージが来たのか。暇なのか?」

「うるせーよ。まぁ暇なんだが……」


 後半は小声になっている。リストラ間近のサラリーマンを見ているようで気の毒になり、これからは少し優しくしてあげようと思う。


「みんな入ってくれ。飲み物とかもてなしの準備はしてないぞ」

「いらねーよ。うわ、なんだこの部屋。ギルドのVIPルーム並みだぞ。なんで寝泊まりする部屋にシャンデリアがあるんだ」


 オージが天井のシャンデリアを見上げたまま、しばらく口を開けていた。髭面に、初めて年相応の素直な驚きが浮かんでいる。


「なんのコアで動いてるか知らないが、部屋で本を読む時便利だぞ。オージも家につけといた方がいいぞ。そろそろ細かい字が見づらくなってきただろ?」

「ほんとお前さんは、余計なことをつらつらと」


 あれ、優しく接したはずなのに何か間違ったようだ。老眼への配慮は、優しさではなく攻撃と受け取られるらしい。難しいな、中年心。


 強面の傭兵は、部屋に入っても動じない。そうだよな。普段は要人の護衛などが本業だ。貴族の部屋で見慣れているのだろう。プロは違う。

 と思っていたら、床に無造作に転がしたインゴットに目を留めた途端、その顔がこわばった。


「お前さんよ! どんだけ価値があるか分かってるのか? いや、分かってるから売りに来たんだよな。なんで、地面に靴下と一緒に放り投げてるんだ!」


 激おこのオージである。失敬な。部屋の片付けはしようとしたぞ! やらなかっただけだ! ん? 意味がわからないな。まぁいいや。二十億と靴下の同居は、確かに絵面として問題があった。反省はしている。片付けるとは言っていない。


「まぁまぁ、邪魔なんで持っていってくれ」

「邪魔ってなぁ……。まぁ良い。この袋に一つずつ入れて運んでくれ」


 オージが傭兵に指示を出す。傭兵は恐る恐る一本ずつ丁寧に袋に入れる。俺の靴下すら丁寧によける。プロの仕事に、俺の生活感が申し訳なくなる。


「この後はどうするんだ? 一緒にギルドに行けばいいのか?」

「ああ、来てくれるとありがたい。あまり個人のことに、触れてはいけないのだが、あの窓のところにある黒いやつはなんだ?」


 ソーラーパネルである。なんて説明したら良いか。太陽光発電、直流、変換効率。説明に使える単語が、この世界に一つも存在しない。


「あれは太陽の光を集めて……いや、不思議な黒い板だ! あれがあるとぐっすり眠れるんだ」


 説明が面倒になり適当に返す。途中まで正直に言いかけて、着地だけ全力で投げた。


「うーん。よくわからんな。インゴット以外にも面白いものがあれば、買い取るから声をかけてくれ」

「分かった。んじゃ、ギルドに向かいますか」


 五人でゾロゾロ商業ギルドに向かう。夕方の通りを、強面の傭兵三人に囲まれて歩くフードの男。傍から見たら、連行されているのは絶対に俺だ。

 傭兵ギルドの人が普段何をしているのか気になり雑談する。何を聞いても敬語で返される。貴族じゃないからね? 俺、君らと同じ雇われ側だからね?


 あっという間にギルドにつく。


「こんな簡単な依頼ってあるのか?」

「ないですね。そして報酬も高いので、取り合いになりました」


 そりゃそうだ。一時間以内に終わり、基本的に危険もない。俺が傭兵でも取り合う。


「そう言う時はどうやって決めるんだ?」

「依頼条件にも素行の良いものという記載がありましたので、俺らに決まりました。次も何かありましたら是非声をかけてください」


 上澄の良い人たちが来てたのか。傭兵ギルドは、礼儀正しい人だけと勘違いしないようにしないとな。あの朝の「縛首」の会話も、この人たちの職場の日常なのだ。でも、強面の人が丁寧に話をするとちょっと怖い。営業スマイルの筋肉が、明らかに戦闘用の顔面に後付けされている。


「ああ、是非次は指名させてくれ」

「はい。俺らのクラン名は『道標』です。お待ちしています」


 クランか。よくわからないがハンターギルドのパーティをより大きくした感じかな。そりゃ盗賊団と戦うのに、見知らぬ連中とは一緒にやりたくないよな。会社とフリーランスの違いみたいなものだろう。

 簡単に護衛のお礼を言い、彼らと別れる。金庫まで護衛するらしい。やっぱり過剰だと思うけど。俺の靴下と同居していた金塊が、いまや国賓待遇である。


「鑑定が終わるまでここで待機だ」


 二階の一室に案内される。二階に登るのは初めてだな。訳あり窓口の常連が、ついに上客の階へ昇格である。

 通されたのは、俺の宿には劣るが、それでも十分に上等な応接室だった。壁には風景画、隅には見るからに値の張りそうな壺。貴族の客をもてなすための部屋なんだろう。すすめられた椅子に、遠慮なく腰を下ろす。

 おお。この椅子はふかふかすぎて、座るとお尻が吸い込まれる。逆に座りづらい! 高級とは、時に不便である。


「家の方はどうだ? 良いところがあったか?」

「すぐに入れるところは三軒だ。説明するぞ。まず一軒目だ。貴族街の入り口付近になる。これはお前さんの信頼度で買えるギリギリのところだ。大きさはだいぶ小さめだ」


 そういや、家を借りるのに信頼度がどうとか言ってたな。一括で買えばいいと思っていたが制約があったらしい。金は唸るほどあるのに、信用がないと良い家も買えないのか。世知辛い世界だな。地球のローン審査と、本質は同じである。


「二階建てで、一階はエントランス、応接、ダイニング、事務室、使用人の待機部屋だ。二階は、ベッドルーム、ドレッシングルーム、書斎、ゲストルームが二つ。こんな感じで独り身用の小さな家だな」


 エントランスがどうの、事務室がどうの。単語が右から左に抜けていく。使用人の部屋なんて使うことはないし、正直、ベッドと大画面のテレビを置く部屋さえあれば、あとはどうでもいい。間取り図とにらめっこして悩む趣味は、俺にはないのだ。地球で家を買う時は、あんなに間取り図を眺めるのが夢だったのにな。金が無限にあると、悩みごと消えるらしい。


「一方、庭に関して希望通りだ。広めの庭で高い塀で囲われている。馬車寄せがあるが、薬草や香草が植えられている以外は手付かずだ。前の住人は豪華さを嫌っていたようだ」


 うーん。庭の手入れとか面倒だな。除草剤を撒いて、全部コンクリートで固めたらダメかな。貴族街の景観条例に引っかかりそうだからやめておくが。


「ご近所さんはどうだ? うるさい奴がいたら面倒だ」

「隣は元近衛騎士団長だ。穏やかな人で問題はない。もう一つの隣は、商業ギルドに所属しているもので、こちらも問題のない人物だ」


 朝から訓練とかしないよな? 中庭で剣戟の音とか、勘弁だぞ。嫌だけど元なら大丈夫か? まぁいっか。

 高い塀に、静かそうな隣人。手のかからなそうな庭。……うん、引きこもるには申し分ない。細かい間取りも資産価値も、正直どうでもいい。雰囲気は悪くないし、ここでいいや。


「んじゃそこで。金額はいくらだ?」

「まだ二軒あるんだが……白金貨六枚だ」


 六億か! 安いな! 安くはないか。感覚の校正が、今日も追いつかない。


「口座から引いといてくれ。いつから入れる?」

「内見もできるから、見てから決められるぞ」

「いや、いいよ。そこで確定で」


 オージが眉を上げ、はぁ、と息を吐いた。内見もせずに即決する客なんて、そうそういないんだろう。だが考えてもみてほしい。内見に行く、見る、比較する、悩む。この工程すべてが、俺には労働なのだ。六億で労働を買い取れるなら安い。


「明後日には入れる。書類と口座を用意してくるから少し待ってくれ」


 オージが出ていく。一人は暇だな。部屋の中に何か召喚して置いてみようかな。呪われたような人形とか。オージがびっくりしてひっくり返ったら最高だ。指を指して笑ってしまう。

 いや、オージが気づかず、後で入った老商人がそれを見て心臓発作でも起こされたらまずい。やめておこう。いたずらの被害想定までするようになった。俺も大人になったものだ。


 オージは早めに戻ってきた。


「これが口座用のカードだ。家の代金は引いておいたぞ。差し引き白金貨十七枚と金貨三十枚だ」


 カードにそのまま残高が記載されている。思ったより仕組みがしょぼい。魔法の口座カードの実態は、残高手書きの通帳一体型だった。


「これ無くしたらどうなる?」

「終わりだな。他の人でも自由に使えるから泣き寝入りだ」


 うわー。さすが大雑把だな。暗証番号もなければ、本人確認もなし。紙幣がないから、大金を扱う際には小切手のような形で使えるのだろう。どこにしまうか悩むな。まぁポケットでいっか。無くしても拾った人が宝くじに当たったと思って祝福しよう。十七億の宝くじ。夢がある。俺の夢が消えるが。


「分かった。明後日から入りたいんだがどうすればいい?」

「俺がお前さんを案内するよ。国への手続きはこっちでやるから、この紙だけ書いてくれ」


 あれか、私は反社ではありませんってやつか? 紙を見るとペラッペラの内容だ。こんなのでいいのか? パソコンのない世界だからこそ大量の紙を書くイメージがあったのだが、大量の紙も扱いに困るもんな。書類は少ないほど正義。この世界の行政、地味に分かっている。


 さらさら書いて、オージと待ち合わせの約束をしギルドを去る。

 明後日起きれなかったらごめんなオージ。俺の「少しだけ」の実測値は、今日も四時間だった。


 残りノルマは二件。簡単なやつを一件さっさと片付けて、マイホームだ。

 フラグ? 立ててないって。……たぶん。


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