第十七話 英雄扱いは、遠慮します
帰り道、やたらみんなに話しかけられた。
行きは二十人の他人だったのに、帰りは二十人の知り合いである。敬語も多かったのはあの魔法のせいか。労いやら賞賛やら質問やらが、入れ代わり立ち代わり飛んでくる。何人か名前を聞いたけど覚えていないな。次会った時どうしよう。「よお、あんた」で乗り切るしかない。
特に知りたがりのアレスがしつこい。ルール違反だぞ! タント様の前で堂々と破るな。こいつ脳筋だしエルフなんじゃね?
ハンターギルドに戻り、タントが報告する。原因不明ではあるが、その他の魔物はいなかったため、モンスターパニックではなくウェアウルフが異常な数集まっていただけと考察された。ただし、森の奥にウェアウルフを脅かす魔物がいる可能性があり探索は継続することになった。いないんだけどね。いたのはチュールだけなんだけどね。真相を知る男は、フードの下で遠い目をするしかない。
そして、アレスがハンターギルド内で冒険譚を語る。酒場は満員、聴衆はジョッキ片手に前のめり。嫌な予感しかない。
「レオがこう言った。俺に任せとけ! その瞬間、天を焦がすほどの青い炎が吹き荒れる。神話になる世界を焼き尽くす浄化の炎のようだった」
いかに俺の魔法が凄かったかを誇張している。天を焦がす魔法なんて意味不明だぞ。最近見たような気もするけど、話盛りすぎ路線で押し通す。事実と証言が一致していても、信じなければ誇張なのだ。
「話を誇張しているな。普通よりちょっと大きいだけの炎魔法だぞ」
何人かは、アレスが適当に言っているなと呆れ顔をしている。いいぞ、その顔だ。アレスはオオカミ少年なんだぞ。日頃の行いに感謝しろよ、俺。
新人と思われる少年が目を輝かせながらアレスに聞く。
「本当に神話のような魔法だったの? 青い炎なんて聞いたことがないよ」
「ああ、嘘じゃないぞ。ほら見てみろ。かなり離れていたのに、俺の腕の毛が熱で焦げて縮れている」
物的証拠を出してきやがった。おおー! と、驚きの声が上がる。すまんなアレス。それは正真正銘、俺の火柱の仕業だ。回復魔法で毛も回復するのか? 毛も回復するなら、ドイルのハゲも治せるのか? 怪我じゃないから無理そうだな。医療と理容の境界問題である。
そこにタントも加わる。頼む、常識人よ、火を消してくれ。
「俺も見たぞ。雲が消し飛び、空に穴が空いていた。そして、大降りの雨が降り注いだ。驚いて手が止まり、何人かウェアウルフに怪我を負わされていた。俺も危なかった」
常識人が、油を注いできた。証言の信頼性が段違いなだけに、たちが悪い。
あぁ、怪我をしたのも俺のせいだったのか。いや元から俺のせいだったけど。原因も俺、火柱も俺、怪我の遠因も俺。回復使っといてよかった。マッチポンプの完成形である。
少年が憧れを見るような目をしながら話しかけてくる。
「ねぇどうやって青い炎が出せるの? 俺にもできるかな?」
「あそこの土に、何か燃えやすいものが含まれていたのだろうな。ただの炎魔法だけど、たまたまそれが燃えて青くなっただけだ」
これでダメかな。銅は緑、ナトリウムは黄色。炎色反応と力説したいのだが、こちらの科学力がわからない。元素という概念からの説明は、さすがに遠回りすぎる。
見知らぬおっさんが補足してくれる。
「鍛冶を行う際に、炎の色が変わるやつがあるって聞いたことがある。炎が黄色に変化したりするって」
「そうそう。原理は俺にもわからんから説明できんぞ」
おっさんありがとう。名前も知らないあんたが、今日の最優秀選手だ。この世界の鍛冶場が、炎色反応の実例を提供してくれていた。文明のチグハグに、初めて救われた。あと潰しておかないとダメなことはないかな? アレスが余計なことを言わなければ大丈夫そうだ。
「お前らそこまでだ。ハンターの手の内を聞くのはルール違反だぞ。聞きたきゃ、金を払って交渉しろ」
タント様。出会った時から、常識人だと思っていたが、ドワーフ好き。さっき油を注いだのは水に流そう。そして、そのタント様に嫌われるエルフとは一体。会うのが楽しみなような、怖いような。
ブーブー言いながら、集まりは解散となった。偶然ということで、なんとか話はそらせたと思う。上出来だ。もう二度とヘマはしない。本物のモンスターパニックが起きた時は、何も知らないまま宿で過ごすのだ。今回のは偽物で、原因が俺だったから仕方なく出てきただけ。この方針は揺るがない。
ドイルのところへ確認に行く。何故なら参加の受付をしていないからだ。宣言だけして列に並ばなかった男の末路が、今になって心配になってきた。
「今回の緊急依頼は、年四回のノルマに加算されるのか?」
「あぁ、もちろんだ。報酬は後で計算してから出すから待っていてくれ」
よかった。ノルマ残り二回。宣言は正式手続きだったらしい。
ドイルが続けて小声で言ってくる。
「お前、回復魔法も使えたんだな?」
「使えるぞ。でも残念ながらドイルの頭の毛は回復できないんだ」
すまなそうに伝えると、ドイルは、一瞬ポカーンとした後、みるみる顔を真っ赤にした。
「馬鹿野郎! そういうことで聞いたんじゃねえよ! あと、ツルツルなのは一応剃ってるからだ! 少しはあるからな」
「そうか。ハゲはいなかったんだな。俺が騙されただけで、被害者はいなかったんだ。これほど嬉しい知らせはないな」
怒られたのに、証拠隠滅がうまくいった安堵でついつい軽口を叩いてしまう。剃っている、の主張は聞かなかったことにする。夢を壊さないのが大人だ。
「ああ、とりあえず参加してくれて助かった」
ドイルはこめかみを抑え、怒りを鎮めながらお礼を言ってきた。理性のあるハゲだ。この切り替えの早さが、受付の柱たる所以だろう。
「今日は疲れたから、次の依頼の時に報酬をくれ。俺は宿に帰って寝る」
そう言って、誰かに話しかけられる前に急いでギルドを後にする。背中に浴びる視線の数が、初日より明らかに増えている。……気のせいだ。気のせいということにする。明日は家探しだ。
* * *
――ハンターギルド Side――
「助かったぞアレス。詳細を聞きたい」
ギルドマスターがアレスに声をかける。夜のギルドマスター室。机の上には、今日の緊急依頼の報告書が積まれている。
「ああ、なかなかやばかった。タントは呼ばなくて良いのか?」
「タントは大丈夫だ。余計なことを言いふらすやつじゃない」
ドイルが言う。呼ばれたアレスは余計なことを言いふらす奴と言っているようなものだが、アレスは気にせず続きを報告する。この図太さも、ある種の才能である。
「ウェアウルフは、総勢五百匹はいたと思う。俺達が相手にしたのが三百くらいで、タント達が二百だ」
「そこまでいたのか。まずは、よく無事に戻ってきてくれた。ドイルは聞いているようだが、森の様子とレオナルドのことについて聞かせてくれ」
ギルドマスターが太い眉をわずかに上げる。だがすぐに表情を戻し、冷静に続きを促した。
「ああ、俺とレオは他と連携して戦うより、敵の戦力を分散させるため先行して森に入った。森は異常な様子だったな。そこらじゅうの魔物の気配があるが、ウェアウルフ以外の魔物はいなかった」
「普通ではないな……」とギルドマスターが相槌を打つ。
「森に入ると、レオは魔物の気配が察知できるようで、魔物の集団がいる方向を案内してくれた」
「斥候としての能力もあるのか……」と、ギルドマスターは呟く。報告書の余白に、また一行、書き込みが増えた。
「ウェアウルフの小規模な集団に会い、戦闘を行った。小規模って言っても二十匹くらいだ。笑えることに、レオは戦闘中に俺が怪我をしないように常にこっちを心配して、チラチラ見ながら戦っていた」
「Aランクのお前を心配していたのか?」
ギルドマスターは目を見開く。
「ああ、そうだ。流石に俺もプライドがあるので、こっちは心配しなくていいことを伝えたところ、のびのび戦っていた。ナイフ一本でな」
「彼は魔法がメインではないのか? 鎧すら身につけてないぞ。初日にお前を吹っ飛ばした話は聞いてはいたが」
ギルドマスターが、眉間に深い皺を刻んで唸った。魔法師の火力と、前衛の体術と、斥候の探知。報告が進むほど、一人の男の輪郭が職業の枠から外れていく。
「そうだ。エルフと同じ身体強化に優れている。糞エルフよりは話が通じて、面白い奴だがな」
エルフと聞き嫌な顔をするギルドマスターとドイル。種族を超えて共有される、この世界の共通言語である。
「続けるぞ。森をさらに進むと、ウェアウルフの大集団を見つけた。二百匹以上が所狭しと固まっていた。俺もこれは無理だなとタント達との合流を考えた。そしたら、レオが俺に任せろ魔法を撃つと言ったんだ。無茶だと思ったが、少しも心配していない顔だったんで任せてみることにした」
「二百以上の集団だと? Dランク以上の依頼としたギルドの誤りだったか。すまんなアレス」
申し訳なさそうな顔でギルドマスターが謝罪する。
「気にすんなよ。レオが魔法を撃つ準備をした瞬間、とんでもない魔力をレオが発し始めて、正直なところ腰が抜けると思った」
「先代皇帝もとんでもない魔力を有していたため、かなりの長寿だった。やはり血は争えんな」
ドイルが言う。うなずくギルドマスター。皇族説は、もはや二人の中で前提になりつつある。
「レオが無詠唱で魔法を発した瞬間、巨大な青い炎が発生し、雲を消し飛ばした。誇張ではないぞ。むしろ控えめに言っている」
「信じられないが、目撃者が多い。事実と見るべき」
ドイルがギルドマスターに説明する。驚くギルドマスターに構わず、アレスは続ける。
「熱風が過ぎた後、周りを見渡すと魔法の範囲内には何も残っていなかった。ウェアウルフどころか森もな。そして、突然大雨が降りすぐに止んだ。魔力は感じなかったので、レオが魔法で降らせたわけではないと思う」
「昔、魔法が発達していない時代に、大きな火を焚き、雨乞いしていたという話がある。もしかしたら同じ原理かもしれないな。彼の人柄はどうだ?」
ギルドマスターが身を乗り出して聞く。力の測定は終わった。残るは、その力がどちらを向くか、だ。
「いい奴だぞ。怪我したメンバーに無償で回復魔法を使っていた。多分だが、回復魔法がそれなりに高い費用が請求されるってことを知らない様子だった。教会関係者ではないと思う」
「モンスターパニックが発生すると聞き、街を心配して、俺が行って解決すると真っ先に言っていた。本来の貴族はここまで高潔なのかと心の底から感心した」
ドイルとアレス、二人がかりの太鼓判だ。当の本人の動機がゴミの回収だったことは、この部屋の誰も知らない。話を聞いたギルドマスターは、深く考えた後言う。
「彼は何故か身分を隠してはいるが、信頼はできる人間のようだ。ただし、国を滅ぼす力を持っていることは見逃せん。何か問題が起きた時にソラリスに災いが起きる。俺から国に報告を入れようと思うが問題はないか?」
アレスとドイルが顔を見合わせ、問題ないと深くうなずいたのを確かめてから、ギルドマスターは話を締めた。
「よし、引き続き二人は彼を見守るように。他に何か気づいたことはあるか?」
その問いかけに対して、笑いを堪えながらアレスが言う。
「そういや、傑作な話がある。レオがドワーフとエルフがどういう存在だと思っていたかの話だ」
数分後、ギルドマスターの部屋で大きな笑い声が響き渡った。




