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第十六話 モンスターパニック?(後編)

 馬鹿話をしているうちに、行く手に黒々とした森の影が見えてきた。木々の奥から、低い唸り声が幾重にも重なって流れてくる。笑い声の絶えなかった隊列が、一歩ごとに静かになっていく。前に来た時とは、明らかに数が違う。

 ……あの箱ひとつで、こうなるのか。



「よし、横一列になれ。あいつらは後ろに回り込んでくる。二人組でツーマンセルを組み対応しろ」


 ここで『好きな人と二人組を組んで』が来たか。学生時代の悪夢の再来だ。俺だけあぶれたら気まずいぞ。いや、一人の方がやりやすいんだけど、精神的に嫌だ。二十人の中で一人だけ余る絵面は、最強でも耐えられない。助けて。アレスガード。


「レオ、前と後ろどっちが良い?」


 今までバカでトラブルメーカーで面倒なやつと思ってたけど、アレスめっちゃいいやつじゃないか。当然のように組んでくれた。この瞬間だけ、俺の中のアレス株が暴騰した。


「前だ。なんなら突っ込んで行ってもいいぞ」

「よし俺らは突っ込むか。左と前をレオは担当してくれ。いいかタント?」

「ああ、お前らなら大丈夫だろ。自由に動け。何かあったら叫べ」


 理想的な展開だ。先行の自由行動。つまり、誰よりも先にあの窪地へ行ける。ダンボールごと燃やし尽くしてやるぞ。


 人目が多いから首切りはやめておこう。あれは理に反する固有魔法だ。何を言われるかわかったものじゃない。

 ここで一つ気づく。俺、剣持ってなくね? 解体用のナイフしかないんだけど、カッコ悪くないか? 周りを見渡すと、斧、剣、大剣、槍を構えている。ずるいぞ。かっこいいの買っておけば良かった。討伐隊の最前衛が、キッチンで見るサイズの刃物一本。絵面だけなら、俺が一番の丸腰だ。目立たずにかっこいい武器は思いつかないけど!


「よし、先行して突っ込むぞ」


 アレスと俺の二人は隊列を離れ森に先行する。身体強化を極小レベルで使う。世界が少しだけスローになる。これならナイフでなんとかなりそうだ。ただし副作用が一つ。この状態で喋ると、たぶん早口になる。アレスに話しかける時に早口な野郎だと思われるのは嫌だな。話をするときだけこまめに切ろう。最強の魔法の使い道が「早口の防止」である。


 森に一歩踏み込むと、空気が変わった。

 前回はお気楽に散歩していたので気にしてなかったが、木々が日を遮って、昼だってのに薄暗い。足元は湿った落ち葉でふかふかだ。

 そこかしこに気配がある。木の陰、茂みの奥、あちこちで黄色い目がぎらつき、低い唸りが幾重にも重なって聞こえてくる。空気そのものが、獣の体温で濁っている気がした。……もう動物園ではなく、戦場だ。園長は廃業である。


「入口の奴らはあいつらに任せよう。俺たちは一番数が多いところに向かうぞ」

「わかった。多分こっちだ。着いて来い」


 アレスは不思議そうな顔でこちらを見る。なぜ気配が多いところがわかるのかって? 確かにサーチを使えばわかるかもしれないが、俺の敵は大量のウェアウルフではなくにっくき段ボールだ。食い散らかされて散らばっているだろうが、それでも少しでも証拠は抹消しないといけない。俺のサーチは索敵ではなく、ゴミの捜索に使われている。


 段ボールに向かう途中、二十匹くらいのウェアウルフが道を塞いでいた。さっさと片付けよう。

 集団に突っ込み一匹目の首をナイフで切り裂く。首切り使わずに手動で首を切るとは、なんだかな。即死魔法の所有者が、人目を気にして手作業。すぐに囲まれるが、後ろの方はアレスが上手いことやっていた。犬よりアレスの振り回した大剣の方が怖い。当たったら、たぶんシールドが仕事をする。

 スローになった世界で、飛びかかる牙を横にいなし、すれ違いざまに喉をナイフでなぞる。返す手で次の一匹、その次の一匹。派手さは欠片もないが、確実に数は減っていく。

 血の匂いも、足元に転がっていく骸も、相変わらず俺の心をちっとも揺らさない。作業みたいに手だけが動く。……この慣れだけは、ありがたいが不気味だ。窪地でのあの引っかかりが、また薄く頭をよぎる。よぎったが、今は目の前の犬と段ボールだ。

 後ろではアレスが、大剣を豪快に振り回して数匹まとめて吹き飛ばしていた。うん、派手にやってくれるほど、俺の地味な手際は目立たない。ありがたく利用させてもらおう。


 しかしあの大剣は接近された時に一体どうするのだろうか。気になるので、一匹切り倒すたびに後ろをチラチラ確認する。おお、柄で殴り飛ばした。なるほど、全部が武器なのか。大きい武器はロマンだな。アイテムボックスさえあれば、俺もかっこいいでかいやつを選びたい。普段は重いから遠慮したい。ロマンと怠惰なら、俺は迷わず怠惰を取る男だ。


「だいたい片付いたな。俺も一応Aランクだ。心配不要だぞ」


 覗き見をしてたのがバレていた。アレスの癖に生意気だ。心配していたんじゃない。ロマン兵器の運用マニュアルを観察していただけだ。


「はぎ取りは後にしてさっさと行こうか」


 目的の魔王ダンボールは近い。急がねば。魔王討伐に向かう勇者の顔で、俺はゴミ回収に向かう。


 やがて、木立が開けた。見覚えのある窪地だ。この前、俺が群れを片付けた、あの場所である。

 茂みの陰から、そっと中を覗き込む。……うわあ。

 窪地は、灰色の毛玉で埋め尽くされていた。数えきれない。前に殲滅した十三匹が可愛く思えるくらい、うじゃうじゃと折り重なるようにウェアウルフが屯している。地面はもう見えない。動く毛皮の絨毯だ。そして、その群れのど真ん中。押し合いへし合いする毛むくじゃらの中心に、それは鎮座していた。

 破れて、よだれと泥でぐずぐずになりながらも、まだかろうじて原形をとどめている――地球産・お徳用大容量ワンチュールの、ダンボールだ。

 ……うん。これはもう、言い逃れできないやつだな。ご神体か何かのように崇められている。俺のポイ捨てが、森に新興宗教を作ってしまった。


 アレスが、窪地を見下ろして奥歯を噛んだ。あの余裕なあいつが、だ。


「あの数は俺でもしんどいな。何か作戦はあるか」

「俺の魔法なら、一気に殲滅できる。ここは任せてくれないか?」


 そう。証拠を消し去るには燃やし尽くせば良い。森が火事になる? 心配無用だ。俺にはダンボールしか見えていない。森など知らぬ!


「ああ、頼む」


 放火の共犯であるアレスの同意もとれたことだしやりますか。イメージは、段ボールが消し炭すら残らず燃え尽きるように。あとついでに、周りのウェアウルフも巻き込む感じで。そっちは適当で。優先順位が完全に逆な気もするが、俺の中ではこれが正しい。


 ――火よ!


 ――次の瞬間、窪地のど真ん中から、青白い火柱が噴き上がった。

 太い。天を貫くって、こういうのを言うんだろう。立ちのぼった炎は雲を焦がし、見上げた先で、どんよりした曇り空にぽっかりと穴を開けた。

 遅れて、熱波が来る。離れて見ているこっちまで、肌がじりっと焼ける。隣でアレスが「うおっ」と腕で顔をかばった。

 そして、音が消えた。

 火柱がすっと引いたあと、窪地には――何も残っていなかった。数えきれなかったウェアウルフも、よだれまみれのダンボールも、消し炭ひとつない。ただ、黒く焼けた地面が、綺麗な円を描いているだけ。あれだけ心配した森への引火も、ゼロ。燃やしたというより、範囲の中身をまるごと消した、に近い。

 ……うん。証拠隠滅は、完璧だ。完璧すぎて――これ、絶対みんな見てるよな。街からでも見えたよな、あれ。証拠を消すために、より大きな証拠を打ち上げてしまった気がする。


 と、一拍おいて、火柱が開けた穴のまわりに、黒い雲がむくむくと湧き出してきた。さっきまで、ただの曇り空だったぞ。

 次の瞬間、頬にぽつりと冷たいものが落ちて――そして、バケツをひっくり返したような土砂降りが来た。前も後ろも見えやしない。しかも煤を巻き込んだのか、灰色に濁った雨だ。

 と思ったら、蛇口を締めたみたいに、雨はぴたりと止んだ。ほんの数十秒の出来事。あとには焦げ臭い湯気と、嘘みたいな静けさだけが残った。

 天まで焼いたら、天気まで変わる。証拠を消すだけのつもりが、ここまでやるか、俺は。ずぶ濡れの前髪から雫を垂らしながら、しみじみ思う。……やりすぎた。


「アレスすまんな。コアまで燃やしてしまった。必要なら俺が支払うよ」


 そのくらい全然構わない。何故なら明日には二十億ゲットできるのだ。証拠さえ消してしまえばこっちのものだ。ワンちゃんが持ち去って細かくなった証拠品もあるだろうが、大枠さえ潰せば後は知らぬ存ぜぬが通る。はー安心した。


「え? いや、そんなものはどうでもいいんだが、え? どういう魔法だ……?」


 アレスが、剣を握った手をだらりと下げて、ぽかんと口を開けている。あの戦闘狂が、完全に素だ。どういう原理かは俺が聞きたい。ここは考えさせたらダメだな。サーチで次の集団を見つけたので誘導する。


「あっちにも気配を感じる。行くぞ」

「え? ああ、わかった。案内してくれ」


 久々に使った、なし崩し作戦。効果があったのは初めてじゃないか。質問には質問で、疑問には次の行動で蓋をする。サーチした結果は、奥にはもう大規模な集団はいない。危機は去ったのだ。ダンボールと共に。



     * * *



 討伐を終え、倒したウェアウルフからコアをとり、燃やす。もちろん通常の火力のつもりだが、そこそこでかい火柱が都度上がる。それを見てさらにアレスは混乱していたので通常の定義が間違っているような気がするが。基準値の校正は、そのうち考えよう。


 タント達と合流する。雰囲気からすると死人は出ていないようだ。良かった。本当に良かった。俺のポイ捨て事件の被害者名簿が、白紙のまま閉じられた。

 タントが、まだ煙のくすぶる方角を顎でしゃくった。


「あのとんでもない火柱はお前らか? 青色の炎なんて初めて見たぞ」

「ああ、俺のとっておきの秘密兵器だ。何回も使えるわけじゃないがな」


 いい感じの言い訳になってくれないかな。無理だろうな。


「そうか。ハンターの秘密ならば聞くのはルール違反だな」


 おいおい。ハンターちょろいな。手の内は聞かないのが流儀、という文化に救われた。アレスはちょいちょい聞いてきたけどな。あいつの流儀はあいつ専用らしい。


 何人か血を流している。怪我をしたようだが、大したことはなさそうだ。……いや待てよ。いつか何かの理由があり俺が回復魔法を使ったとする。その時に、「レオのやつ回復魔法が使えるのにウェアウルフの時に使ってくれなかったな。器の小さいやつだ」なんてヒソヒソ話をされたら凹む自信があるぞ。未来の陰口を先回りで潰す。ここは回復一択だ。


「怪我をしているな。見せてみろ」


 ――ヒール! 念のため弱めで! 変な演出なしで!


 手をかざすと、淡い青の光がふわりと広がって、怪我人を包み込んだ。派手にするなと念じたのに、これでも十分に光ってやがる。加減が難しい。光がすっと引くと、さっきまでの切り傷は、跡形もなく消えていた。


「お前、教会所属だったのか。なんでハンターギルドなんかに?」


 タントが目を丸くする。赤茶の髭が、驚きにぴくりと跳ねた。ヒーラーは教会に所属するのか。一人ローブで浮いているのはそういうことだったのか? 俺の装備、選択ミスの疑いが濃くなってきた。


「ルール違反だな」


 今度はあっさり通った。さっきのアレスと違って、変に食い下がってこないだけ助かる。この文化、本当にちょろい。いや、ありがたい。


「そうだな。すまないな」

「ありがとなレオ。恩に着るよ」


 タントが素直に謝罪し、怪我を癒した人達も口々にお礼を言ってくる。ほら、アレスみとけ、見習え。これがちゃんとタントだ。


「気にしなくていいさ。共に戦った仲間だからな」


 何故なら俺のせいだから。言わないけど。墓まで持っていくけど。


「よし帰還するぞ」


 二時間の道のりか。来た時みたいに、雑談でボロが出ないといいんだが。……まぁ、あんな火柱の後だ。今さら隠せるものでもないか。


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