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第十五話 モンスターパニック?(前編)

 ハンターギルドに着くと、いつもの酒盛りムードが嘘みたいに、空気がピリついていた。

 フロアの真ん中に人だかりができて、口々に何か言い合っている。壁の地図を指さす奴、身振り手振りでまくし立てる奴。ジョッキの代わりに、皆の手には武器や地図が握られている。この店の連中が酒より優先するものがあったとは。その輪の中心に、なぜかアレスがいた。何かやらかしたのか?

 俺には関係のない話なので、脇をするりと抜けてドイルに挨拶をする。関係のない話は、関係のないうちに離れるに限る。


「おはよう。いい朝だね」


 どこかの髭野郎には通じなかったが、ハゲなら涙して崇拝するかもしれない。


「おお! レオいいところに来た」


 面倒ごとの気配を察知。「いいところに来た」は、社会人生活で学んだ危険信号の最上位である。この言葉で始まった話が、いいところだった例しがない。だが紳士な挨拶直後のため無視して帰りづらい。挨拶のタイミングを、俺は完全に間違えた。


「どうした? トラブルか?」

「あぁ、モンスターパニックの兆候ではないかと思われる」


 出た。初日にアレスが立てたフラグの単語だ。

 やだよ。俺はそういうのには絶対に参加しないという信念を持ち、且つきっぱり断れる強い心を持っているのだ。城壁の中で、百年の灯火の羽毛布団にくるまって、事態の解決を待つ。それが俺のポジションだ。


「大変だな。ちなみに兆候とは?」

「北の森の浅いところでウェアウルフが大量発生している。こんな事態は初めてだ」


 あー、あのワンちゃんが大量にいるのか。はーこわいこわい。頑張れアレスと愉快な仲間たちよ。俺は心の中で応援している。心の中で、だ。

 ……ん? 北の森。ウェアウルフ。妙に、聞き覚えのある組み合わせだな。


「発見したハンターが拾ってきたのがこれだ。謎の文字かマークが書かれていて、あたりに散らばっていたらしい。今のところ何もわかっていない」


 ドイルが、台の上に赤い切れ端を放った。

 つるつるした手触りの、妙に見覚えのある素材。派手な色使いに、やたらと元気なフォント。何か引っかかる。羊皮紙でも布でもない。この光沢は、あれだ、フィルム包装――。

 これは――ワンチュールの、パッケージの切れ端じゃね?


 全身の血の気が引く。

 記憶を巻き戻せ。あの時どうした? コアを抜き出したウェアウルフの死体を集めて、魔法で焼いたはず。そこまでは覚えている。じゃあ、その時に、お徳用大容量ワンチュールパック、しかもダンボールは燃やしたか?

 ……。

 いや、犬くさいし早く帰りたいしか記憶にない。置いてきてしまった? そして今、あの窪地では、置き土産のチュールに森中のワンちゃんが集結している? あいつらあの時食わなかっただろうが! 食べてみたら美味しくて犬まっしぐらってうるせーわ! 地球のペットフード産業の実力を、こんな形で証明するな!

 つまり、この街を騒がせているモンスターパニック(仮)の正体は、俺のゴミの放置。原因、俺。動機、犬くさかったから。……ということは?


「被害はどんなものだ? 死人は出たのか?」


 勢いに気押されたドイルが答える。


「おぉうよ。今の所、怪我人はなしだ。この後はわからないが、被害は出るだろうな」


 あぶねー。誰か死んでたら罪悪感で夜も眠れないわ。ポイ捨て一つで人死にが出たら、俺は二度と携帯灰皿を名乗れない。いや灰皿は関係ないが。とにかく、怪我人が出る前に、一気に証拠隠滅しないと。


「町に被害が出る前に打って出るぞ。俺が行く!」


 はやる心で、つい大声を出してしまった。

 ドイルが、ぎょっとした顔で俺を見た。それから何かに得心したように、「これが、貴族の心構えというやつか……」と低く呟く。

 なんの心構えだって? ハンターの心構えなんて知らねーよ。こっちは犯罪者にならないように必死の心構えだってのに。


「レオも行くのか! 心強いな」


 いつの間にかアレスがいた。他の人もこちらをみている。ぶっちゃけ邪魔だな。一人で全部倒して、段ボールを燃やした方が早いが、目立ちたくないのと負い目が綱引きしている。今のところ、負い目が優勢だ。


「ああ、犬退治は得意だ。任せとけ」


 おおー! と、ギルド中から歓声と口笛が上がった。数人が拳を突き上げている。やめてくれ、罪悪感が膨れるだろうが。君たちが英雄を見る目で見ているその男は、ゴミを回収しに行くだけなんだ。


 と、フロアの奥の階段から、ゆっくり下りてくる人影があった。それだけで、騒いでいた連中がすっと静かになる。

 でかい。ドイルみたいに横にではなく、こっちは縦にでかい。歳は六十近いか、総白髪をきっちり後ろに撫でつけていて、髭のあとひとつない。左目は黒い眼帯で覆われ、その下から古い切り傷が頬まで覗いている。飾り気のない黒革の上下を着ているだけなのに、立っているだけで場の空気の重さが変わった。ゲームでいう、一番奥の部屋にどんと座ってる『ギルド長』ってやつの風格だ。間違いなく、こいつがドイルの上司だな。


「緊急依頼だ。ランクD以上。人数制限はなし。参加だけで報酬を出す。コアは倍で買い取る。リーダーはタント。サブリーダーはアレス。彼らの指示に従うように」

「ほれ、参加する奴らはさっさと依頼参加を書いてこい」


 短い。そして的確。緊急時の指示はこうあるべきという見本だ。地球の偉い人たちに、議事録付きで見せてやりたい。

 おお。ドワーフだ。こいつがタントってやつか。背は俺の胸あたりまでしかないくせに、横幅はドイルといい勝負だ。ずんぐりした胴に、編み込んだ赤茶の髭を腹の上まで垂らしている。日に焼けた顔のしわ具合からすると、人間でいえば四十絡みってところか。まぁ、ドワーフの寿命なんて知らないから、中身は二百歳の爺さんでも驚かないけどな。見た目じゃさっぱり読めん。

 腰には、体格に合わせた小ぶりの片手斧。反対の手には、丸い盾を提げている。RPGなら鉄板の前衛、パーティに一人はいてほしい重戦士枠だ。


 いかんいかん。俺も早く受付しないと。あれ、でもさっき大声で行くって言ったのにあの列に並ぶのか? 「お前さっきなんかかっこいいこと言って行くって言ってたじゃねえか」なんて言われたら恥ずかしすぎる。まぁ並ばなくて大丈夫か。宣言と受付、どっちが正式手続きなのかは、この際考えない。


「準備ができたものは俺のところに集まってくれ」


 ドワーフって一人称がワシだと思ってた。そりゃ人によって違うわな。俺のファンタジー知識、ここに来てから的中率が低すぎる。リーダーを務めるってことは、アレスより頭がいいんだな。もしくはアレスがバカすぎるのか。……後者かな。


「集まったか。では出発するぞ。一緒に行かなくても良いが、先に着いても勝手に攻撃をしないようにな」


 なんとまともな号令。ドワーフはまとも。俺覚えた。的中率ゼロのファンタジー知識帳に、実測データを上書きしていく。


 ギルドの外に出ると、集まった討伐隊は、ざっと二十人ほどになっていた。誰もかれも使い込んだ武具に身を固めていて、いかにも歴戦って風体だ。女は三人いた。が、俺が淡く期待した受付嬢的ななにかではなく、丸太みたいな腕をした、女子プロレスラー系のいかつさである。タントのほかに、もう一人ドワーフもいる。……うん、やっぱり俺、完全に場違いだな。ローブの優男が一人、鎧の壁の中に紛れ込んでいる。誰がどう見ても、回復役か荷物持ちだ。


「レオ、急ぎではないから一緒に行こうぜ」


 アレスが声をかけてくる。愉快な仲間たちはどうした?


「ああ、いいぞ。二時間くらいあるし、美味しい店のことでも教えてくれ」


 なんて呑気な返事をしていると、隊列はぞろぞろと動き出した。

 人混みを縫って大通りを進み、しばらく歩いて西門を抜ける。門の外には、街道がまっすぐ北へ延びていた。右手にはあの馬鹿げた高さの城壁、左手は見覚えのある草原が、風のたびに銀色に波打っている。ひとりで来た時と違って、今日は総勢二十人の団体さんだ。武具の触れ合う音と、軽口と、時折の笑い声。遠足の空気に、少しだけ似ている。歩きながらの二時間、退屈しのぎにはちょうどいい。


 そこへ、タントも話に加わってきた。


「お前がレオか。俺はタントという。初めましてだな。アレスより強いと聞いてる。今日は頼むぞ」


 聞いたかアレス。これがまともな人間だぞ。初対面で名乗り、挨拶し、頼む。会話の教科書だ。参考にしろ。


「ああ、よろしくな。ドワーフに関してもしかしたら俺が持っている知識が嘘じゃないかと最近疑っている。色々教えてくれ」

「ほー。ちなみにどんな感じだ?」

「大酒飲みで、鉱石を好み鍛冶や装飾品などのモノづくりが得意で、エルフと仲が悪い。そんな感じだな」


 聞くやいなやタントは爆笑する。ついでにアレスも。髭が揺れ、大剣が揺れ、隊列の一角が完全に緩んだ。


「はっはっは! 誰に騙されたんだ? 大酒飲みは正解だが、この太い指で鍛冶や装飾品ができると思うか。エルフと仲が悪いと言ってるが、エルフを好きな奴なんてこの世にいないだろ」


 はぁ衝撃の事実だ。目の前に突き出された指は、確かにソーセージの親分みたいな太さで、細工物とは無縁の説得力があった。指が太くてできないのは納得だ。だが後半、聞き捨てならないぞ。エルフがいるのはとても嬉しいんだが、好きなやつはいないってどういうことだ。


「はぁ、やっぱり騙されてたんだな」

「エルフのことはどう聞いていたんだ?」


 アレスが笑いながら聞いてくる。嫌な予感はするが、ここまで来たら答えるしかない。


「エルフは、美貌で森に住んでいる。自然を愛し争いを好まず、弓と魔法が得意だ。肉は口にしない菜食主義で、長寿でプライドが高い」


 ギャハハ! と、アレスとタントだけではなく、後ろのメンバーからも爆笑が聞こえる。アレスなんて腹を抱えて呼吸困難になる程だ。討伐に向かう隊列の空気ではない。


「もうだめだ! 腹が痛え。菜食主義なのになんで弓が得意なんだよ。最高だなこの話」

「本当にな。こんな笑ったのは久しぶりだ」


 まともなタントもここまで言うとは。めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。二十人の歴戦ハンターの前で、俺のファンタジー知識が公開処刑されている。許さんぞ日本のアニメよ。


「違うのかよ。今までずっと信じてたから、エルフに会うのがめちゃくちゃ楽しみだったのに」

「あいつらは、一言で言えば戦闘狂いだな。すぐ喧嘩売って襲ってくるぞ。魔法は確かに得意だが、身体強化を除けば大したことはない。その身体強化が厄介だ」


 タントが言うには、喧嘩っぱやい脳筋ってことか。森の賢者ではなく、森のヤンキー。そりゃ、商業ギルドで見かけないわけか。


「で、でも例外はいるんだよな? 個人差ってやつだ」

「どうだタント? 見たことあるか?」

「俺はないな。確かに美人が多いが、ウェアウルフの方が安全で良いな」


 アレスとタントが笑い合う。仲良いなこいつら。美人の基準は満たしているらしいのが、また悔しい。ガワは満点、中身は問題児。


「いいさ、俺は夢を追う。例外がいると信じてる。なんなら子供のうちに攫ってきて教育するんだ」


 ドン引きするアレスとタント。あと女子プロレスラーも気のせいか俺から距離を取り始めようとしてる気がする。待て、今のは言葉の綾だ。誘拐の計画ではない。夢の熱量の表現だ。


「あぁ。夢を持つことは罪ではないからな。まぁお前もあいつらに一回会えば二度とそういうことを考えないほど腹が立つだろうから、身体強化対策を考えておけよ」


 ここまで言われると、逆にどんだけゴミクズなのか会いたくなってきた。できれば、アレスあたりに絡んでるところを、オペラグラスとポップコーンを持って鑑賞したいものだ。


「アレスガードを使って華麗に受け流してやんよ」

「おい、あいつらすげーしつこいから絶対俺を絡ませるなよ!」


 このフラグはちゃんと回収しよう。心のメモに記憶した。


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