第十四話 引きこもり最強の能力を手に入れたぞ
宿に引きこもり一週間が経った。
ここまで引きこもったのには理由がある。スマホの能力が俺の想像を遥かに超えていた。
なんと、有料コンテンツを無料で見れるのだ!
あの時は、適当にそれらしい理由をつけて爺さんにキャッシュがどうとか言って、機能を交渉したがここまでの能力とは予想してなかった。理屈は分かる。「誰かが既に見た情報」の参照コピー。世界のどこかの誰かが課金して読んだ漫画は、俺にとって無料で読める漫画になる。人類全体が、俺の課金代行をしてくれている構図だ。ありがとう人類。君たちの犠牲は無駄にしない。
漫画や映画が見放題となると、もはや引きこもるしかない。連載を一気読みし、気になっていた映画を消化し、お腹が空いたらファミレスの飯を召喚して、眠くなったら雲のようなベッドに沈む。地球で夢見た「無限の休日」が、完全な形でここにあった。
脳内の怠惰の神様は、「良い怠惰な生活を送るためには宿題を先に片付けるのです」とノルマのことを言ってきたが、あとちょっと、あとちょっとでこの有様だ。夏休みの宿題を最終日に泣きながらやる子供と、原理は同じである。三十路を越えた精神年齢は、どこへ行った。
まだまだ引きこもりたいが、神様の言うことも一理あるので面倒ごとを片付けよう。マイホームがあれば、大きなモニターでより良い引きこもり生活ができる。目先の怠惰を我慢して、より大きな怠惰を取りに行く。これは投資だ。
ところで、この生活の中でまた一つ理不尽な耐性がついていることに気づいた。性欲の減少だ。
有料コンテンツ見放題と聞けば、成人男性なら真っ先に大人向けサイトを見るはずだ。それなのに俺は漫画を読みふけり、映画を見ながら食事をとり、目がしばしばしてきたら寝る生活をただ続けていた。一週間経って、ようやく「そういえば」と気づく程度の優先度に、あれが落ちている。
グロ耐性と同じ系統だろう。恐怖耐性もありそうだ、ワンちゃんの時は楽しさすら感じたからな。並べてみると、欠けているものには法則がある気がする。この世界で俺が生きやすくなるものだけが、ピンポイントで間引かれている。爺さんの配慮かとも思ったが、そもそも性欲は子孫を残すための機能で、寿命のない俺には当てはまらない仕組みなのかもしれない。体が「もう要らないでしょう」と判断して、機能を省電力モードに落とした、と。
とはいえ不死ではないから、ゼロにはならない。そう考えるとちょうどいい塩梅だ。可愛い子と話をしたいという感情は残っているし、まぁよしとしよう。人間をやめた気は、まだない。
一週間コツコツとインゴットも作った。多分作りすぎなくらいだ。部屋の隅には金の延べ棒がうずたかく積み上がり、その反対側には、召喚したファミレスの皿が銀の盆ごとタワーを築いている。テイクアウトにする予定が、ゴミを捨てるのも面倒とこの有様だ。純白の寝具が自慢の高級宿の一室が、金塊と空き皿で埋まりつつあった。現金資産二億の男の部屋が、汚部屋一歩手前である。床が抜けなくてよかった。こいつもさっさと売って、家を買おう。
やる気があるうち行きますか。やる気の賞味期限は、経験上あまり長くない。
* * *
商業ギルドについたが、訳あり窓口は誰も座っていなかった。前と同じ早朝に来たのだが、やっぱり早すぎたか。この街の朝に鍛えられた結果、俺の「早朝」の基準まで前倒しになっている。
窓際にある椅子に座り、タバコを吸おうと思ったが高級品だと言われたことを思い出しやめておく。それに、宿の延長をお願いしたあと、一週間誰とも話をしていないのだ。知らない奴に話しかけられてコミュニケーションを取れる自信がない。引きこもり明けの社会復帰は、異世界でもリハビリが要る。
時間潰しにスマホを見ようとしたが、これもダメか。人前で謎の板を眺める男になるわけにはいかない。何もしないで待つとか無理無理。現代人はもれなくスマホ依存症なのだ。仕方なく何か面白そうなことはないか辺りを見回す。
受付の人は相変わらず全員美人だ。採用基準に顔も含まれているのは間違いない。ハンターギルドもこういうのを見習ってほしいものだ。例えば美人の受付嬢に「えぇ? ウェアウルフを一人で十三匹も相手にしたんですか? そんな無理はやめてください!」みたいに心配されたら、それだけでノルマをこなす気力が湧く気がするんだが。一方あのハゲは、こっちも見ないで報酬渡して終わり。淡白すぎるだろ。まぁそれが助かるからありがたいんだが。人間の願望とは、かくも矛盾に満ちている。
椅子から立って窓際をうろつき、髭オヤジというゲテモノがいないか探していると、気だるげな足取りでオージが受付に来た。改めて他の受付台と比べてみると美女と野獣だな。髭凄いし。
他の人が先に並ぶと嫌なので急いでオージのところに向かう。バーゲンセールのおばさんのように。アニメでしか見たことないけど。実在するのだろうか、あの生態。
「おはよう。いい朝だね」
紳士たるものバタバタ感は見せずに華麗に挨拶するのだ。直前まで小走りだったことは、歴史から抹消する。
胡散臭いものを見るような目をしながらオージが顔を上げる。馬鹿野郎。中年殺しの美貌が放つ挨拶だぞ。泣きながら感謝しろよ。
「お前さん来るのが遅すぎるぞ。大金が入った口座カードを持って待ってたこっちの身にもなれ」
確かに。おっしゃる通り。何も言い返せない。俺が漫画を一気読みしている間、この男は他人の二億を抱えて出勤していたのか。すぐに渡せるように持っていてくれたんだな。
「お、できたが。ありがとう。ついでに残りの引き取りも来てほしいから、それが終わるまで預かっててくれ」
オージが、がっくりと肩を落とした。髭面に「また面倒事か」と書いてある。いっぱい売って貢献するから安心してくれ。
「引き取りはいつでも可能だ。前と同じやつを一本か?」
「十本だ。百年の灯火まで引き取りに来てくれ」
目を手で覆いながら、オージが考え込む。指の間から、遠くを見る目がのぞいていた。
「そこまでの大金になると、傭兵ギルドに護衛を頼まないといかん」
「いやいや、すぐそこだぞ? 今みんなで行ってパパッと持ってくればいいんじゃないか?」
宿題は早めに片付けるのが良い子の証だ。一週間寝かせた男の言うことではないが。
「白金貨二十枚だぞ! 襲われて中身を取られたら大失態だぞ!」
二十億か。言われてみれば納得である。現金二十億を台車で「パパッと」運ぶ運送会社は、地球にもない。
「はぁ、仕方ないな。台車を貸してくれたらこっちで持ってくるぞ」
「いや、やめてくれ。明日の夕方には取りに行けるからそれまで待ってくれ」
俺が運べば護衛代が浮くと思ったんだが、オージの顔が「それが一番怖い」と言っている。解せない。
「わかった。何かあったらハンターギルドで依頼を受ける予定だから、そっちに連絡くれ」
「あぁ、わかった」
「あと、前言ってた貴族街に家が欲しい。何軒か候補を検討してほしい。上限は白金貨十五枚くらいで」
オージが考え込む。
「自分で言うのもなんだが、俺は物件に詳しくない。要望とか聞かないとならんから詳しいものを呼ぶぞ」
「いや、適当でいいよ。頼むな」
十五億の買い物を「適当でいい」と丸投げする客と、それを見送る髭の窓口。はぁ、とため息をつくオージを無視してギルドを出る。次はノルマだ。
少し街が騒がしい。今のちょっとかっこいい表現だったな。物語の主人公っぽい。なんかバタついてるけど、どうせ関わると碌なことにならない。「北の森が」だの「ウェアウルフが」だの聞こえた気もするが、まぁ俺には関係ないだろう。北の森もウェアウルフも、先週きれいに済ませた案件だ。
――この時はそう思っていた。




