第十三話 初めてのおつかい
この街に入った時の門は、西門らしい。ここから出たほうが近そうだな。
お、あの門番は、見覚えがある。初日に固まっていた人だ。出る時も何かチェックがあるのか? よくわからないから、ハンターギルドの身分証を出しておこう。今の俺は貴族もどきではなく、正規のDランクハンターだ。カードの力を見せてやる。
「あっ、お戻りの際は、銅貨が一枚かかります。小銭は事前に街でご用意いただいた方が良いですよ」
何この優しさ対応。旅行代理店の窓口みたいな丁寧さだ。あれか、貴族ムーブを継続しているのか。まずい。傭兵ギルドの「縛首」が頭をよぎる。縛首はゴメンだから、一般人モードで行かないとな。
「あ、了解っす」
さぁどうだ。……いや、「っす」て。
急に意識すると、もう一般人がなんだったか見失ってしまったぞ。貴族と体育会系の間を、乱高下する男。門番は何か言おうとして、口をパクパクさせている。また墓穴を掘る前に、さっさと行こう。
さぁ、ここから城壁沿いに北へ向かう。地図によると、この先で見えてくる道が北の森へ続くようだ。
右手の城壁は、相変わらず馬鹿げた高さだ。見上げると首が痛くなる。よくもまぁ、こんなものを積み上げたもんだ。左手はうって変わって、だだっ広い草原。風が吹くたび、草がざわーっと銀色に波打つ。ゲームのタイトル画面みたいな眺めだな。硬い壁と、開けた野原。このギャップが、地味に気持ちいい。
そして、タバコがうまい。ポイ捨てはしない。携帯灰皿を持つ男、レオナルド。マナーだけは地球産である。
しかし、魔物とやらは、一体どんな感じなのか。昨日食ったオークの串は、討伐対象を「食材」として先に知ってしまった形になる。ここは馬車も通らないから、歩きスマホで行こう。魔物の生息地に向かいながら歩きスマホをする男は、世界広しといえど俺だけだろう。
* * *
見つけた道を、歩きスマホしながら北の森へ向かう。
突然、草の陰から何かが飛び出してきた。
バン! という乾いた音と共に、何かが宙で跳ね返される。見れば、鋭いツノと凶悪な牙を生やしたウサギが一匹、地面で痙攣していた。
あっ、オートシールドか。硬いんだな。ガラスというより、鉄板の音だった。あんなに悩んで搭載した安全装置の初仕事が、ウサギの撃退である。
ウサギは、そのまま動かなくなった。うわー、貰い事故かよ。俺は歩いていただけだぞ。過失割合十対ゼロ、完全な当たり屋だ。オートシールドを試せて良かった、と考えよう。
……待てよ、おかしい。
足が止まった。地面のウサギを、まじまじと見下ろす。
生き物が俺のせいで死んでしまったのに、罪悪感がない。
悲しくない、とかそういう話じゃない。心が、ぴくりとも動いていないのだ。うっかり虫を踏んでしまっただけでも嫌な気持ちになるのが、俺だ。子供の頃、金魚を死なせて半べそをかいたのが、俺のはずだ。その俺が、目の前の死骸を「初戦利品」の枠でしか見ていない。
まさか爺さん、俺が過ごしやすいように何かいじったのか? それとも、魔力の影響か?
他に違和感がないか、心の中を点検してみる。望郷の念は普通にある。家族の顔を思い浮かべれば、ちゃんと胸の奥が軋む。昔の悲しい出来事を思い起こせば、ちゃんと悲しい。……つまり、欠けているのは「殺生への忌避感」だけ。ピンポイントすぎる。仕様変更なら、あまりに気の利いた場所を突いてくる。
今のところ、保留としよう。どうせ答えはすぐに出なそうだ。それに――この先の「討伐」を思えば、都合がいい欠落であることも、否定できない。その打算が働く自分にも、少しだけ薄ら寒いものを感じつつ。
一応、コアってやつを取っておくか。ウサギにあるのかは知らないが。手頃な解体用ナイフを召喚し、ウサギを解体する。グロいはずなのに、やはり耐性ができているらしい。こっちはありがたい。ありがたい、で済ませていいのかは、さっきの件と合わせて保留だ。
ウサギの心臓付近に、綺麗な緑の石があった。多分、これがコアだ。ガラス細工の偽宝石みたいで、安っぽいな。ともあれ、初戦利品ゲットだぜ。
* * *
北の森、遠すぎ。地図の尺度をちゃんと書いてくれ。とはいえ、ダラダラ歩きスマホで二時間くらいだから、これでも近場なのだろう。この世界の「近場」は、地球の「小旅行」だ。
ウサギ事故以来、何にも出会わない。平和そのものである。森に入っても、聞こえるのは鳥の声と、頭上で葉が擦れる音だけ。木漏れ日は綺麗だし、空気はうまいし、ハイキングとしては満点だ。だが、俺はウェアウルフを十匹狩らないと帰れない。ここから歩いて探すのはやめよう。魔法の出番だ。
――サーチ!
うん。知ってた。何も起きない。クリーンの時と同じだ。ちゃんと概念を込めよう。
――サーチ! 犬!
まるでダメっ! そもそもサーチってなんだ。レーダーをイメージすれば良いのか? ソナーみたいに音で察知すれば良いのか? 俺は「探す」という行為を、これほど真剣に定義したことがない。
――サーチ! サーチ!
まるで何も起きない。森の真ん中で、フードの男が虚空に向かって「サーチ!」と念じ続けている。誰にも見られていないことだけが救いだ。
これができないと、今後、毎年四回も苦労することになるなぁ。さっきの当たり屋ウサギは、何をもって俺を察知したんだ。待ち伏せか、それとも振動か。
……そうだ。ウサギのコアを取り出し、何か検知できないか考える。コアは魔法の補助バッテリーのようなもの。つまり、魔力があるってことだな。魔法を使うとき、魔力は感じ取れる。このコアからも感じるか?
ん、わずかだけど魔力を感じる。手のひらの上の偽宝石から、豆電球ほどのかすかな灯り。これだ。探す対象は「犬」じゃない。「魔力」だ。
――サーチ! 魔力!
前方に、ぼんやりと綿毛のような魔力の塊を感じた。一つじゃない。綿毛が、寄り集まっている。これはいけたか? 試行錯誤二十分、ようやく実用化である。急いで確認に向かおう。
たどり着いた先は、木がまばらに生えた窪地だった。いた。
灰色の毛むくじゃらが、犬なのか狼なのか、微妙なライン。図体は大型犬よりひと回りでかくて、口からよだれがだらだら垂れている。あちこちから響く低い唸り声で、地面が震えてるみたいだ。一匹、二匹……数えていったら、十数匹。ぎらついた目が、いっせいにこっちを向く。
数える前に逃げときゃよかった、と思う間もなく。
こちらに気付くなり、群れが一斉に駆けてくる。まるでゾンビホラー映画だ。地を這う影が、みるみる膨らむ。最初の一匹が飛びかかってきて、バン! とオートシールドに弾かれる。二匹目、三匹目と弾かれながら、あっという間に囲まれてしまった。
三百六十度、全方位よだれ。恐怖より先に、シールド越しの安心感が勝ってしまう。気分はさながら動物園の園長だ。シールドをガジガジ噛もうと頑張っているやつ、勢い余って頭をぶつけ、しょぼくれているやつ。ホラー映画は、五分で動物ドキュメンタリーに番組が変わった。
と、ここで名案が浮かぶ。家を買ったとき、警備を雇うと落ち着いて引きこもれない。だが番犬がいれば安心だ。こいつら、群れで動けて、体格も立派で、しかもよく吠える。番犬適性の塊ではないか。よし、最高級の牛肉を召喚しよう。
ほら! お肉だぞ!
ワンちゃんたちはお肉を完全に無視して、シールドを破ろうと必死である。地球産の霜降りだぞ。グラム数千円だぞ。興味がないのか。しかし、俺には秘密兵器がある。
地球で犬猫を虜にしてた、あのチューブ入りのおやつだ。正式名称は……まあ、大人の事情で伏せておこう。ここでは仮に『チュール』と呼ぶ。……うん、要するにチュールだ。
――出てこい。ワンちゃん用チュール! 大容量版!
うお、ダンボールで来た。まとめ買いの弊害である。さぁ、チュールタイムだ! ほら、怖くないよ。安心してお食べ。
ガン無視で、シールドをガジガジである。地球の犬猫を篭絡してきた最終兵器が、完敗した。
……もしかしてこいつら、魔力をたっぷり含んだ俺のことを、ご馳走だと思っているのでは? 屋台の親父の言葉が蘇る。魔力があればあるほど、うまい。つまり奴らの目の前にいるのは、歩くドラゴン超えの最高級食材。チュールごときに見向きもしないわけだ。
……許せんな。人をエサ扱いした罪は重い。番犬採用試験、全員不合格だ。
――首切り
唱えた瞬間、ぶつり、と鈍い音がいくつも折り重なった。
十三匹の首が、糸で吊られていたのを切られたみたいに、いっせいに宙へ跳ねる。牙を剥いた顔も、飛びかかる勢いのままの体も、全部が同じ一瞬で動きを止めた。遅れて、どさり、どさりと胴が地面に崩れ落ちる。切り口から溢れた血が、じわじわと落ち葉を黒く染めていった。
さっきまでの唸り声が嘘みたいに、あたりはしんと静まり返っている。
うわー、この魔法やばい。
詠唱一回、消費体感ゼロ、対象は視界内の群れ全部。これが「条件を絞って枠に収めた」結果の魔法だ。絞ってこれなら、絞る前は何だったんだ。グロ耐性、本当にありがとう。皮肉抜きで、今この光景を正気で直視できているのは、あの欠落のおかげだ。
夢の「犬がいる豪邸生活」は諦めて、コアを集める。十三個。ノルマは十匹だから、達成だ。
……そういえば、あれだけボスの出現を警戒したのに、それらしい大物は結局現れなかった。ハゲの立てたフラグも、俺のツッコミも、揃って空振りだったようだ。フラグは立てるだけでは回収されない。良いことを学んだ。
なんだか思っていた冒険と違う気がするが、まぁ結果最強だったので、よしとしますか……。
* * *
帰りも二時間かけて、歩きタバコに歩きスマホで、割と楽しく帰れた。ハンターギルドでは、まだ酒盛りは始まっていないようだ。訓練所では何人かが模擬戦を行っている。動きが悪いので、新人だろう。教官のような男が指導している。俺は誘われてないんだが。行かないけど。誘われたら断るけど、誘われないのは悲しい。社会人の忘年会と同じ理屈だ。悲しい気持ちを押し殺して、ハゲのところへ向かう。
「ほれ、依頼達成だ」
カバンからコアを出し、ドイルに手渡す。
「ずいぶん早いな。ウェアウルフのコアで間違いない。どうだった?」
「すげー犬臭くなった。次は別の依頼がいいな。近場で」
ただ動物と触れ合っただけなので、返答に困っただけなのに、ドイルは苦笑しながら褒めてくる。
「Cランクでも手こずることがあるのだが、お前さんには手応えがなさすぎたか?」
「いや、ちょうど良いくらいだったぞ」
強い魔物がいないところに、街はできる。遠出はごめんだ。手応えの有無より、往復四時間の方が問題だ。
「ほら、報酬だ。確認しろ」
そういえば報酬があったな。ノルマをこなすことしか考えていなかった。銅貨三十枚が十三匹分。受け取った小袋が、ちゃりんと鳴る。時給に直すと考えるのはやめよう。俺の本業は錬金術だ。
「問題なさそうだ。この前、傭兵ギルドのところで盗賊団がどうのって聞いたが、ハンターギルドは討伐依頼とかはないのか?」
「対人の依頼は基本的に傭兵ギルドの管轄だ。どちらにも所属している奴は結構いるぞ。興味あるのか?」
「全然ないな。盗賊団が頻繁に発生するほど、国が乱れているのか?」
当然、興味なしである。ノルマをこなしたら、一年何もしないグータラ生活が待っている。適当に気になることを聞いてみたが、別に俺には関係なかった。雑談するなら、美人と会える店でも聞けばよかったな。
「……まぁそうだな。ソラリスは五カ国の中で一番小さく、弱い。他の国の緩衝地帯として生存しているのが現状だ」
一番弱かったのか。緩衝地帯、つまり周りの国同士がぶつからないための詰め物。言い方はあれだが、詰め物は詰め物であるうちは戦場にならない。栄えている国だと、キラキラしたハーレムパーティなんかいるのか? うわー、最初に来たのが最弱国でよかったわ。ストレスはお肌に良くないからな。見せる相手がおっさんしかいないが。
「王族に野心はないのか? 現状維持のままなのか?」
平穏な暮らしがかかっているだけに、つい前のめりで、割と大きな声を出してしまった。
その途端、近くにいたハンターが数人、ぎょっとした顔でこちらを見る。ん、声が大きすぎたか。
頼むから、このまま何も起こらず、平穏で幸せな毎日が続いてほしいね。俺のために何もするな、王族よ!
ドイルまで、目を見開いてこちらを見てくる。なんだ? 今の国王は戦闘派なのか? やめてくれよ。
「あぁ、戦えるだけの戦力がない。仮にあっても、四カ国に囲まれたこの国は、戦争が起きた瞬間に奪い合いの対象になるだろうな」
戦力がないとか完璧。いいね、弱小国。誰も攻めない、攻められたら終わるから誰も動けない。絶妙なバランスの上の平和だが、平和は平和だ。今日は頑張ったから、宿でダラダラ三昧だ。
* * *
――ドイル Side――
依頼帰りらしいアレスが、大剣を背に担いだまま、受付台に寄りかかってきた。日に焼けた顔には、隠しきれない疲れが滲んでいる。
「なんか疲れているな。レオはまだ依頼中か?」
「昼過ぎには帰ってきてたぞ。ウェアウルフを十三匹倒して、返り血も一切なく綺麗なものだった。お前にもできるか?」
書きかけの書類から顔も上げずに答えるドイル。アレスは腕を組み、宙を睨んでしばし考え込んだ。真剣に、自分と重ねて計算している顔だった。
「無傷で倒すのは簡単だが、十三匹の群れとなると、どこかで返り血の一つは浴びるだろうな。レオは俺より実力が高いって証拠だ。手合わせしてくれねーかな」
そこで、その口の端が獰猛に吊り上がる。戦いのことしか頭にない男の目が、爛々と輝いていた。対してドイルは小さく息を吐き、素早く周囲をうかがってから、声を潜める。
「あいつ……国王が腑抜けだと、俺に言ってきた。しかも大声でな」
アレスの目が、まん丸に見開かれた。担いだ大剣が、肩からずり落ちそうになる。
「どの国だって王族批判は、軽くても縛首だろ。許されるのは、批判できる立場にあるものだけだ」
そこまで一息に言って、アレスはそっと自分の首元を撫でた。
「……レオにタメ口を利いてたけど、俺も処罰されねーよな」
「下手に接し方を変えた方が、逆鱗に触れて危ないかもな」
ドイルは、じろりと巨躯を起こしてアレスを見上げ、揶揄うように言ってから、ようやく肩の力を抜いた。厄介事を一人で抱え込むより、このバカと分かち合ったほうが、幾分か気が楽になる。みるみる青ざめていくアレスの顔を眺めるのは、ちょっとした余興でもあった。




