第十二話 モブチャレンジ再び
ハンターギルドもまた、朝は早いようだ。扉をくぐる前に、依頼へ向かうらしいパーティと数組すれ違った。そのうちの一人が、ふとこちらを見て――ぎょっとしたように仲間の袖を引き、足早に距離を取っていく。
気のせいか、みんな揃って俺を避けていったような気がするんだが。フードの男が朝から高級宿の方角より歩いてくる。うん、不審者だな。避けて正解だ。俺でも避ける。
中に入り、あたりを見回す。高い天井を支える太い梁の下、壁一面のボードの前に人だかりができていた。朝の依頼は、あそこに張り出されるらしい。ハローワークの求人票と同じ仕組みだ。違いは、求人内容が全部「殺してくる系」なことくらいか。
受付台は四人がかりで対応中で、当然のように女性はいない。なんだか、思っていた異世界と違う気がする。俺の読んできた物語では、この席に銀髪の美人受付嬢が座っているはずなんだ。現実は、四人中四人がいかつい。ドイルも真面目に働いているな。
当面、混雑は解消されそうにない。コーヒーを注文し、空いた席に腰を下ろして待つことにした。灰皿がないな。携帯灰皿を召喚しておいてよかった。
コーヒーとタバコで、優雅にひと時を過ごす。時間に追われない朝というのは、それだけで贅沢だ。地球の朝は、いつも何かに追われていた。電車、会議、締切。今追ってくるのは、せいぜい依頼ボードの混雑だけ。コーヒーも、普通に美味い。
手持ち無沙汰に、他のハンターの様子を眺めてみる。さすがにこの時間から酒をあおっている奴はいない。比率は男性八割、女性二割といったところか。その女性たちもガッチガチの重鎧で身を固めていて、威圧感がすごい。多分俺は三秒で泣かされる。ローブ姿の魔法使いやヒーラーらしき者は、見当たらない。……もしかして俺、浮いてる?
落ち着かない気分で見回していると、何人かのハンターと目が合った。が、向こうはさっと視線を逸らし、我関せずといった風に依頼書へ目を戻す。関わり合いになりたくないのか。まあ、こっちも同じ気持ちだからありがたい。互いに不干渉。都会のマンションの隣人関係と同じだ。心地いい。
そうこうしていると、入り口からアレスが気だるげに入ってきた。朝は弱いらしい。こちらに気付くと、軽く手を上げてくる。
目立ちたくないので、軽くうなずくだけにして放置する。今日はモブに徹するのだ。……と思っていたのに、コーヒーを受け取ったアレスが、当然のように相席してきた。
「よぉレオ。朝が早いな」
同席を許可した覚えはないのだが、そういう手続きは不要な文化なのか。それとも、この男に限って不要なのか。たぶん後者だ。
「誰かさんが、ハンターギルドのことをちゃんと教えてくれなかったからな」
「タバコか。どこか体が悪いのか」
軽口で適当に返しただけなのに、心配そうに尋ねられる。意味不明である。体を悪くするために吸うものだろ。
「いや、特に。これだけが生き甲斐なんだ」
「酔狂だな。馬鹿みたいに高い上、魔力に悪影響があるから、現役ハンターで吸ってるやつは見たことないぞ」
魔力に影響だと? ……そういえば、魔力を宿したとき、肺に痛みが走った。呼吸と、何か関係があるのか? 肺と魔力の間に、何かしらの配管が通っているのかもしれない。まぁ、膨大な魔力を持つ俺の場合は関係ないか。むしろ周囲からは、魔力障害か何かに対処する、薬のような位置付けに見えているのだろう。喫煙者への風当たりは、世界を渡ってもそれなりらしい。
「そこそこ小金は持ってるから問題ない。それより、ここのコーヒーはなかなか美味いな。もっと美味い店もあるのか?」
「俺の知る限り、ここのが一番だな。大陸への護衛依頼が傭兵ギルドとハンターギルドで常にあるから、いつも新しい豆が入るらしい」
大陸、か。やはり五カ国で世界の全てではなく、その外があるらしい。世界地図が、頭の中でまた一回り広がった。広がったところで、行く予定は一切ないが。
「面倒そうな依頼だな」
「風魔法が得意なら重宝されて、依頼料も高いぞ。船が壊れるギリギリまで風魔法で押して、一っ飛びだ」
なんて危険な依頼だ。船の構造限界を人力……いや魔力で攻める運送業。安全基準という概念はどこへ行った。この世界の歪んだ便利さは、やはり魔法あっての進化ということか。
「遠慮しておこう。今日は初依頼だ、簡単なやつをこなそうと思う」
「ああ、レオならオーガキングあたりまでは簡単そうだな」
この赤バカ、脳まで筋肉でできているらしい。初依頼の新人に、キングの付く魔物を勧めるな。
「最初の依頼なんて、薬草の採取とかだろ。全然できる気がしないが」
アレスがケラケラと笑う。
「Dランクで薬草なんぞ摘んでたら、素敵な二つ名がつきそうだな」
二つ名だと……? 絶対にいらない。あだ名文化は、目立ちたくない人間の天敵だ。イケメン王子とかなら許してやってもいいが。いや、顔も知らん奴に「よっ! イケメン王子!」なんて囃されたら、殴り飛ばす自信がある。
「はぁ。できるのは討伐くらいか。それはそれで、探すのが面倒そうだな」
「そろそろ空いてきたぞ。ドイルのところに行こうぜ」
アレスがくっついてくるが、まだモブムーブは成功しているはずだ。ひっそり目立たず、ドイルのもとへ向かう。Aランクを引き連れて歩く新人がモブかどうかは、考えないことにする。
「よぉ、来たか」
ハゲは朝からハゲだ。つるりとした頭を眺めていたら、不意にあることが気になった。昨日から俺は、屋内でもずっとフードを被りっぱなしだ。この世界のマナー的に、どうなんだ。
「もしかしてだが、こういう時にフードを取らないと礼儀知らずか? できれば素顔は見せたくないんだが」
「いっ、いや、いい! そのままにしとけ!」
ドイルの手が一瞬止まったのも束の間、妙に慌てた様子で、ちらりと周囲をうかがう。
なぜそんなに焦る。俺はマナーの確認をしただけだぞ。……もしかして、俺のイケメンに気づいてしまったか。中年まで虜にしてしまうとは罪な顔だ。
「なにか簡単な依頼はあるか? ボードは混んでて見てないんだ」
「新人は、ツノウサギやコボルド、オークあたりを相手にするが……お前はDランクだ、その辺は相手にしなくていい。新人に譲ってやれ」
俺も新人なのだが。昨日登録したてのピカピカの新人なのだが。まぁ、ピカピカのハゲに免じて許そう。
「Dランクからは、危険度の高い魔物が相手になる。お前は魔法が得意と言っていたな。なら常設依頼のスライムがおすすめだ。コアを集めて、水魔法使いが毎週まとめて下水を流すのに使う。いくらあっても足りん」
なるほど、あの妙に綺麗な下水は、スライムのコアで賄われていたのか。文明のチグハグの謎が、一つ解けた。
が、断る。スライムって最弱の枠じゃないのか。魔法で倒せそうではあるが、火力を加減できる保証がない。見た目も気持ち悪いし、そもそも首のない生き物は相手にしたくない。師匠の同族かもしれないんだぞ。他を探そう。
いつの間にか、朝の人だかりはだいぶ引けていた。
「なるほどな。近場ですぐ見つかって、すぐ終わるのは何がある? 難易度は問わない」
強さはどうでもいいが、探すだけで一日が終わる、なんてのは勘弁だ。俺の依頼選びの軸は、危険度ではなく所要時間である。
「なんだそのやる気があるのかないのか分からん条件は」
「うむ。良きにはからえ」
ドイルが、ぴたりと動きを止めた。数拍おいて、探るようにこちらの顔を――いや、フードの奥をのぞき込んでくる。
何かまずいことを言ったか。貴族ジョークのつもりだったんだが。どうやら俺のジョークは、異世界では滑りやすいらしい。しかも滑り方が「シーン」ではなく「ゾッ」なのが解せない。
「……ウェアウルフ、だな。一匹ずつは大したことないが、結構な数で群れるから難易度は高めだ。Dランク依頼だが、今の時期はC相当になる」
アレスが、珍しく役に立つ発言をする。
「それでいいや。何匹倒せば達成だ?」
「十匹以上。基本、その単位で群れているはずだ。犬に似た姿だから、他と間違えることもないだろう。こいつもコアが役に立つ。コアと引き換えに、報酬は一匹あたり銅貨三十枚だ」
一匹三千円。数で群れているのは助かるな。一箇所でまとめて片付く。まとめ売りは召喚の基本にして、討伐の基本でもあったか。おいハゲ、「基本、群れているはず」なんて変なフラグを立てるなよ。まぁ、ボスが出てこようが問題はないが。
「地図はあるか? よく出る場所を教えてくれ」
「あるぞ。銅貨五枚だ。北の森が生息地だな」
五枚払って地図を受け取るが、これまた大雑把だ。この世界の地図業界は、全体的に仕事が雑である。とはいえ街道が通っているから、迷うことはなさそうだ。
「なんなら、ついて行ってやろうか?」
アレスが、気持ちの悪いことを言ってくる。
「男と二人で行って何が面白いんだ。やめてくれ」
「親切で言ってやったのに……」なんてぼやいているが、無視だ。お前がついてきた時点で、逆に難易度が上がるんだよ。
「それじゃ、軽く行ってくるよ」
適当に挨拶して、入り口へ向かう。すると、通路を塞いでいたハンターたちが、示し合わせたように左右へ道を空けた。数人は、なぜか軽く頭まで下げてくる。
みんな、酒さえ入っていなければまともなんだな。礼儀正しいギルドじゃないか。うんうん。……頭を下げられる新人がモブかどうかは、やっぱり考えないことにする。
では、初めての冒険と洒落込みますか。最強とは誰なのか、とくと見せて――やろうと思っていたのだが。




