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第十一話 これが、錬金術か

 この世界の人間は朝が早いらしい。商業ギルドも、もう空いているかもしれない。行ってみよう。


 商業ギルドは、朝からすでに人が集まり始めていた。高い天井の下、ずらりと並んだ受付台のほとんどには既に列ができ、商人らしき身なりの者たちが、忙しなく品物や書類をやり取りしている。朝五時から市場を立てる連中の街だ。商談も朝飯前に始まるらしい。

 その喧騒からぽつんと取り残されたように、一番端に閑散とした窓口がひとつ。オージいるかな? いたいた。相変わらずボッチだ。敗者の駆け込み窓口は、今朝も平常運転である。俺にとっては、行きつけの特等席だが。


「オージ。準備できたぞ」


 身分証を出す。まだ眠いのかゆったりとした動きでオージが受け取り、軽く吹き出す。


「いきなりDランクかよ。レオナルドは有望だな」


 からかうように、口の端が持ち上がっている。昨日の今日で、もう情報が回っているのか。それとも身分証のランク欄を見ただけか。どちらにしても、新人がFを飛ばしてDから始まる意味を、この男は知っているらしい。


「才能が怖いな。んじゃ、早速だが買い取ってくれ」


 無から金塊を生み出して、売り捌く。傍から見れば、これがまさに錬金術ってやつかもしれないな。まあ、俺のはただのコピーなんだが。鉛を金に変える研究に一生を捧げた地球の錬金術師たちには、悪いことをしたと思っている。

 学生カバンから、金のインゴットを取り出して机に出す。ずしり、と受付台が小さく鳴った。

 オージが険しい顔をする。ん? 何か問題があるのか。


「どうした? 純度百パー、混ぜ物なしだ」


 呆れた顔で言ってくる。


「周りを見渡せ。訳あり受付台にこのとんでもないサイズの黄金だ。確実に詐欺師だと思われているぞ」


 周りを見渡してみると確かに、こちらを見てヒソヒソ話をしている。商人たちの目が、金塊と俺の顔を行ったり来たりしていた。値踏みではなく、通報のタイミングを計る目だ。

 ……そうか。言われてみれば、そうなるか。敗者の駆け込み窓口に、フードの男が、学生カバンから米袋より重い純金をどん。詐欺を疑わない方がどうかしている。ポンと手に入ったものだったので、確かにこいつの貴重性を忘れていた。俺の金銭感覚は、まだ地球と異世界の間で迷子のままらしい。


「普通はどうするんだ?」

「そりゃ二階の個室を使う。大切なものが商談がうまくいかなかった後に狙われる可能性があるからな。おまえさんは詐欺師と思われているから大丈夫だと思うが、噂のまとにはなるな」


 声を落とし、わずかに身を乗り出してきただけなのに、やらかしたか。初手でモブムーブ失敗だ。昨日ハンターギルドで目立ち、今日は商業ギルドで目立つ。二日で二冠。誰か俺に、目立たない才能を分けてくれ。まぁたまにしか来ないから良いか。


「次からは気をつけるよ。買取は問題ないか?」

「こんな綺麗な状態だとさらに値段がつくんだが、おまえさんは初見だから何箇所か切断させてもらうが良いか? 気になるなら立ち会いもできるぞ」


 オージはインゴットを手に取り、断面を陽にかざして目を細めた。手つきが、さっきまでの気だるさと別人だ。品物を前にすると目が覚めるタイプらしい。思い入れも何もないから問題ないな。


「任せるよ。次回は引き取りまで任せることもできるか? 重くて持ってきたくないんだよなぁ」

「通常は断っているが、これほどの品なら当然ありだ。他の窓口ならもっと調整で値段を上げられるぞ」


 親切にも、自分の窓口より高く売れる道を教えてくれる。正直な男だ。だが、質より数だからな。俺の商品は原価ゼロの無限在庫。単価を粘る理由が、どこにもない。


「いや、いいよ。オージの査定が上がって昇給したらなんか面白い情報流してくれ」


 喉の奥で、くつくつと笑う声がした。


「適当だな。わかった。今、係のやつが調べるから少し待っとけ。ちなみにこれはダンジョン産か?」


 ダンジョンがあるのか。

 さらりと聞かれたが、こっちは今、世界観の重要情報を一つ拾ったところだ。引っかけじゃないよな。自分で見つけたというと、根掘り葉掘り聞かれるのか? 聞かれたら貰い物にしよう。出所を聞かれた時の答えとして、「ダンジョン産」は都合が良すぎる。乗らせてもらう。


「そうだ。他にもあるからあとでまとめて買い取って欲しい」

「やはりな。見たことのない文字だ。近場のダンジョンか?」

「そいつは秘密だ」


 オージは深追いせず、軽く肩をすくめた。


「まぁそうだろうな。氾濫の兆候があれば、すぐにいうんだぞ」


 氾濫ってなんだ? 川か? ダンジョンで川が氾濫するのか? まるでわからないがダンジョンなんて行かないから適当に答えとこう。


「もちろんだ!」

「そうか」


 何故か安心している。訳がわからない。今の「もちろん」に、そんなに安心する要素があったか。まあ、円滑なコミュニケーションとは、こういう空返事の積み重ねである。

 そういえば、お金を持ち歩きたくないから預け先を聞いておくか。金貨の山を宿に置いて散歩する度胸は、俺にはない。


「そういえば、お金を預けるところはあるか?」

「お前さん何にも知らないんだな。商業ギルドでも預かれるぞ。口座を作るのは馬鹿みたいに高いがな。金貨一枚だ。これで軍邦ノルディア以外の四カ国で引き落とし可能だ」

「知らないついでに聞きたいのだが、ノルディアは何故引き落とせない?」


 口座開設料、百万円。地球の銀行が聞いたら卒倒する価格設定だが、国境を越えて使える口座と思えば、案外妥当かもしれない。それより聞き逃せない単語が出たので、そのまま尋ねてみた。細かいのは不明だが、基本五カ国あるんだな。軍邦、という物騒な冠を付けているあたり、ノルディアは軍事国家ということか?


「あそこの金貨は、国際基準を満たさない。すぐ混ぜ物の分量が変わるからな。この国の通貨で買い物した方が喜ばれるぞ」


 はー。通貨の信用で仲間外れにされている国があるのか。本当に知らないことだらけだな。かといって勉強するつもりもさらさらない。俺は歴史の教科書を読みに来たんじゃなく、昼寝をしに来たんだ。聞き流そう。オージと他にもくだらない雑談をしているうちに、換金の準備ができたようだ。


「今回は金貨二百枚の支払いだ。白金貨の方がよければそちらでも良いぞ。次回以降は希少価値を見て二百十三枚で引き取ろう。ここにきて声をかけて貰えば引取先までこちらからいこう」


 金貨二百枚――白金貨なら二枚。家が一軒買える額が、ぽんと懐に入ってくる。労働時間、実質ゼロ分。まあ、元手はタダなんだがな。この世界の経済に、ほんの少しだけ罪悪感が湧く。湧いたが、三秒で消えた。


「ついでに口座を作りたい。この金貨全て渡すので次回までに作っておいて欲しい」

「とんでもない大金なんだがな。まぁ良い。これに書いとけ」


 記入用紙を見ると、何かあった時の受取人など書けない項目が多いな。家族の欄、緊急連絡先、遺産の受取人。……この世界に、俺の身内は一人もいない。書けない欄を前にすると、その事実が妙に具体的な形で目の前に並ぶ。

 湿っぽいのはやめだ。適当に、孤児院に寄付とか書いておこう。どうせ俺は百年生きる。この欄が仕事をする日は来ない。


「んじゃ、頼むな」


 軽く手を振り、ギルドを去る。次はハンターギルドのノルマをやりに行きますか。



     * * *



――商業ギルド Side――



 受付台を代わってもらい、オージは査定を行った職員を連れて、最上階のギルドマスターのところへ向かう。


「オージが来るとは珍しいな。誰か殴り飛ばしたのか?」


 最上階の執務室の主は、革張りの椅子に深く身を沈めていた。

 歳の頃は、六十か、七十か。短く刈った白髪に、口元を覆う豊かな白髭。皺の刻まれた顔は枯れ木のように痩せているが、その奥に据えられた双眸だけは、研ぎ上げた刃のように鋭い。長く商人の世界で戦い続けた者だけが持つ、相手の値踏みを一瞬で終える目だった。


「それだったらいいんだがトラブルは、まだ起きていない。火種を見つけた。こいつを見てくれ」


 職員が、いくつかに切り分けられたインゴットを、布を解いて机の上に並べた。断面が朝の光を弾き、鈍く重たい黄金色にぎらりと光る。執務室の空気が、一段沈んだ。


「ほー。見事な黄金だ。文字は読めないが紋章が刻まれている。大陸産か?」

「大陸のものかと思ったがあまりに出来が良すぎる。売った本人に確認したところダンジョン産のようだ」


 オージは腕を組み、ゆっくりと首を振った。マスターは険しい顔で記憶を探る。長い沈黙。この老人が記憶を探るときは、大抵ろくでもない前例が出てくる。


「三百年以上前に、帝国のダンジョンで似たような物が出た記録がある。その恩恵で帝国は一気に領土を拡大した。――新しいダンジョンが発生したのか」

「ああ、俺はそう踏んでいる。場所は教えてくれなかったが。もちろん他の国のダンジョンの可能性もある」


 白髭の老人は頭を抱えた。国家の版図を塗り替えた黄金と同じものが、王都の、よりによって訳あり窓口に、運ばれてきたのだ。


「売ったのは商人ではなくトレジャーハンターか?」

「似たようなもんだな。ハンターギルドに昨日登録して、Dランクスタートだった。何があったのかはまだ確認していない」


 白い髭を撫でつけ、しばし黙り込む。


「飯の種だから公開はしてくれんだろうな。Dランクスタートということは、何か特別なことがあったはずだ。そっちは至急調査してくれ。なお、本人にはバレないように注意するように」


 マスターが職員に指示を出し、職員は直ちに席を立つ。扉が閉まるのを見届けてから、オージが口を開いた。


「唯一の救いが、あいつは悪い奴ではないと思う。氾濫の兆しがあったら教えろと言った時、何の迷いもなくもちろんと返事をしてくれた。まぁ何か抱えているだろうがな」


 意外そうに、片眉が跳ね上がった。


「なんとまぁ。オージが人を褒めるとはな。元トレジャーハンターとしての直感力は信じるに値するな。一度話を整理しよう。帝国や、軍邦の場合は未知のダンジョンが発生した際に、報告を怠ると厳罰になるが王国法ではその限りではない。つまり氾濫が発生しても報告の義務もない。が、兆しが発生した場合は報告してくれると」

「まぁそうだ。何の根拠もないがな。一応これも見てくれ」


 オージは、レオの口座登録用紙を広げる。


「なんと達筆な。ブフォ! 遺産の受取人がどこか適当な孤児院とは。確かに悪い奴ではなさそうだな」

「面白い奴だろ。良いか悪いかわからんがこの街に変化をもたらしてくれそうな予感がする」


 国宝級の筆跡で書かれた、あまりに気の抜けた遺言。老獪なギルドマスターの噴き出す姿など、オージも初めて見た。マスターの顔に、少し笑みがこぼれる。椅子に背を預け、天井の一点を見つめる。


「ふむ。この件は一旦我々の中で止めておこう。問題が発生するまでは大事な顧客の一人だ。何か兆しが見えない限りは国への報告は行わない方針で行くぞ。願わくは、黄金を取り尽くした後でも構わんので、ダンジョンの存在を報告してくれる善良な心の持ち主であることを期待する」


 見当違いの話を行う二人だが、レオの何気なく適当に書いた一筆のおかげで丸く収まった――と今は思われる。


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