第8話 攻撃魔法
「さて、まずは防波堤を兼ねた岸壁の造成からだ。土を盛り上げ、石を圧縮して基礎を……」
俺が広げた図面をエレナが覗き込んだ、その時だった。
背後の魔境から、地響きのような唸り声が響く。
「……ルシウス様、お客さんみたいっすよ。それも、かなりの大物だ」
ルークが即座に長槍を構える。茂みを押し分けて現れたのは、体長3メートルを優に超える巨大なワイルドボアだった。その皮膚は不気味な鈍光を放ち、魔法によって硬化されている。並の鉄剣や弓矢では、皮一枚傷つけることすら困難な厄介な相手だ。
「お嬢、下がってくれ! 奴らは硬化してくる。白兵戦じゃ分が悪い!」
傭兵団の古参が盾を構えるが、エレナはニヤリと笑った。
「下がれって? あんた達、大公様の前で恥ずかしい真似するんじゃないよ」
ワイルドボアが突進を開始する。その迫力に大地が震える。だが、俺は一歩前に出ると、静かに右手を懐から抜き出し、指先を魔物へ向けた。
「——『ストーンライフル』」
バァン! と、空間を切り裂くような鋭い乾いた音が響く。
放たれたのは、親指ほどの硬化石の弾丸だ。魔力を纏った弾丸は、目にも止まらぬ速さで回転しながら空を裂き、ワイルドボアの額のど真ん中を貫通した。
硬化魔法を施していたはずの巨体は、断末魔の声を上げることもなく、その勢いのまま地面を数メートル滑って停止した。周囲に驚愕の静寂が広がる。
「……今のは、なんだい?」
エレナが呆然と声を漏らす。弾丸が貫通した額には、小さな風穴が開いていた。
「ただの土魔法さ。ちょっと強力なね」
——と、口では簡単に言ったが、一般に流布している同系統の基礎魔術『ストーンバレット』とは構造が根本から異なる。あちらはただの丸っこい礫を魔力の圧力で押し出すだけの代物だ。有効射程は短く、威力もせいぜい人間の骨を折る程度。とてもじゃないが、硬化魔法を纏ったワイルドボアの皮膚など貫けない。
対して、俺の放った『ストーンライフル』は全くの別物と言っていい。
放たれた弾丸は、極限まで魔力的結合を高めて硬度を上げた「硬化石」だ。形状もただの球体ではなく、空気抵抗を最小限に抑える流線型の「尖頭形」に成形してある。
極めつけは、射出の瞬間に仕込んだ風魔法によるライフリング効果だ。
弾丸に強烈な回転をかけることで、ジャイロ効果による圧倒的な直進性と命中率を生み出し、強力な貫通力を実現している。
現代工学における「銃身」と「弾丸」の進化の歴史を、魔法という術式の中で再現した文字通りの超兵器。単一の攻撃魔法として完成度が高すぎるこれは、下手をすれば既存の軍隊の在り方や、騎士による戦術の常識すら根底から一変させてしまう可能性を秘めていた。
……まあ、そんな大層な未来の話はさておき、今は目の前の獲物だ。
俺は涼しい顔で歩み寄り、魔物の体内に埋まった魔石を掘り出す。普通の魔物よりも一回り大きく、濃厚な魔力が渦巻いていた。
「こいつの皮はいい防具の材料になる。それ以上に、この魔石は値が張るぞ。拠点整備の軍資金にするには十分だ。さらに言うと肉もうまいらしいね。今日は焼肉だよ」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせ、さらに笑みを深めた。
「……最高っすね。ルシウス様、開発の時からヤバいとは思ってましたけど、実戦で見るとやっぱりとんでもない威力っすわ」
「あんた、本当に何者なんだい。……でも、これで勝てるね。あんなのが十体、二十体出てこようが、私たちの国造りに邪魔はさせないよ」
俺は二人を見てニヤッと笑った。
「驚くのはまだ早いよ。この魔法は叙爵を受けた者なら誰でも使える。君たちの頭の中にも、すでに術式が組み込まれているはずだ」
「……ほんとだ。ってことは、私たち全員が、今の大公様と同じ一撃を放てるってことかい?」
「そういうこと。だから、これからは魔物狩りも効率的にこなせるよ」
その時だった。先ほどの銃声に誘われるように、茂みが激しく揺れ、さらに四頭のワイルドボアが飛び出してきた。
「お嬢、ルシウス様! まだ仲間がいるぞ!」
「いいわ。ルシウス様の言葉、試させてもらうよ。……工兵部隊、全員! 構え!」
エレナの号令に、傭兵たちが一斉に指先を魔物へ向ける。
「——『ストーンライフル』!」
二十人以上の声が重なり、耳をつんざくような乾いた銃声が連続して響き渡った。
空を裂く弾丸の嵐に、硬化魔法を纏った巨体は為す術もなく穿たれる。一撃で沈む者、弾幕に押し潰される者。先ほどまで恐怖の対象だったワイルドボアたちが、わずか数秒で無残な死骸へと変わった。
「……嘘だろ。本当に撃てたよ」
傭兵団の一人が、自分の指先を震えながら見つめる。ルシウスから授かった「力」が、間違いなく自分たちの血肉となっているという確かな実感だった。
「さて、これで食糧と軍資金は確保だ。……工兵部隊の諸君、魔境の入り口を帝国一の港湾都市に作り替えるぞ。作業再開だ!」
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