第9話 港湾都市
「さて、腹ごしらえも済んだし、ここからは本格的な都市開発といこうか」
俺がそう告げると、ルークとエレナ、そして傭兵団の面々が目を輝かせた。先ほどの戦闘で自分たちの力を実感した彼らに、迷いはない。
「この高台を基点に、一辺400メートルの正方形で城壁を築いていこう」
俺が地図を広げて指差すと、ルークが驚いた声を上げた。
「400メートルっすか!?……かなりの広さになりますよ? この周囲を全部囲うとなると、どれだけの魔力と時間が必要になるか……」
「そうだね。これだけの規模の城郭都市は帝国でも少ないかもね。でも、これなら将来的に人口が3,000人規模に膨れ上がっても飽和しないし、市場を中央に配置し、四方に居住区と防衛区域を割り振れば、どんな侵攻にも対応できる計算だよ。大公国の入り口の街としてはこれくらいの規模は欲しいところじゃないかな」
その言葉に、エレナが呆れたようにルークの肩を小突いた。
「あんたねぇ、ルーク。大公様がこれだけの先見の明を持って都市設計をしてるってのに、そんなみみっちいこと言ってんじゃないよ。あんた、いつまでちまちました従者の気分でいるつもりさ?」
「い、いや! 俺だって広ければ広いほど嬉しいっすけど、この短期間でそんな大規模な工事なんて……」
「大公様は『できる』って仰ってるんだよ。男がそんな及び腰じゃ、恥ずかしくて大公様の盾なんて務まらないね」
俺は苦笑しながら話を切り上げた。
「じゃあ、さっそく城壁を作っていこうか。本来なら完璧な測量をしてから建設を始めたいところだけど、やむを得ないね。起点になる部分を俺が作るから、あとはルークの指示の下で建設を進めてよ」
俺は地面に掌を突きつけると、「城壁生成!」と魔力を流し込んだ。
地響きを立てて現れたのは、高さ、幅、長さが共に10メートル、大理石を積み上げたような優美かつ堅牢な城壁だ。誰が使っても同じ規格で出力されるよう設計した、俺のオリジナル魔法の第一号だ。
「よし、この起点に沿ってそれぞれ城壁を築いていってくれ。俺は目印として四隅に防御塔を建ててくるよ」
「了解っす! エレナ、俺の班が先に向こうの角まで辿り着くっすよ!」
「上等だよルーク! 負けた方は一週間、馬小屋掃除だからね!」
競うようにして作業を開始した20人の工兵たちによって、周囲1.6キロメートルにも及ぶ巨大な城壁は、わずか3日で完成した。
「我ながら素晴らしい魔法を創造したね。おそらく長いエルフの歴史の中でも、こんな魔法的な都市建設は初めてなんじゃないかな」
「そりゃそうですよ。こんなとんでもない魔法なんて、ルシウス様くらいしか思いつきませんよ……」
ちなみに、魔法によって規格化されている城壁と違って、城門と防御塔については俺が魔術を使ってオーダーメードで仕上げていった。将来的には、この辺りも魔法化していくかもしれないが、配置に戦略性を求められる以上、どうしても規格化が難しい分野ではある。
すると、一息ついているところで、エレナが感心したように話しかけてきた。
「魔術ってのは随分便利だねぇ。あんたが全部作っちまった方が早いんじゃないかい?」
「そういうわけにはいかないんだよ、エレナ。大事なのはマンパワーだ。誰かひとりの力で維持されるような構造はシステムとは呼ばない。システムは属人的であってはいけないんだ。俺が作りたい国は、特定の天才に依存するんじゃなくて、国民全員で維持していく『仕組み』を持った国なんだよ」
「ふーん。よくわからないけど、あんたが良いっていうんならいいんだろうね。あたしたちはあんたについていくだけさ」
こうして、巨大な城壁と四つの城門、そして要所に配置された防御塔が完成した。これらはストーンライフルの有効射程を緻密に計算して配置してある。塔の上層部に兵を配置すれば、都市の全周囲を死角なくカバーできる設計だ。
城壁と塔が組み上がったことで、単なる石の塊だった場所が、ようやく「要塞都市」としての体裁を整えたことになる。
「つい最近まで泥沼だった場所が、今はもう堅牢な要塞だね。帝国は何を追放したのか分かってんのかね?さあ、みんな、さっさと仕上げちまうよ」
エレナの号令とともに、二十人の団員たちが一斉に魔法を行使する。周囲1.6キロメートルにわたる城壁を囲むように、水堀兼運河が形を成していく。
その光景を眺めながら、ルークが呆然と呟いた。
「……魔法を授かってほんの数日で、まさか自分たちで城郭都市を建てるなんて。未だに実感がわかないっすよ」
「慣れるさ。……それにエレナ、これからは貴族としての嗜みも必要になるよ。まあ、武門貴族といったところだろうけどね」
「どっちかというとドカタ貴族ですよね」
「誰がドカタだ!」
ルークの軽口にエレナの鉄拳が炸裂し、周囲からドッと笑いが起きる。殺伐とした魔境の空気が、開拓者たちの活気で塗り替えられていく。笑い声の中で、道路敷設と倉庫、そして住居の建設が次々と進んでいく。
「さあ、仕上げだ。春のうちに農地の開発や交易も進めていかなきゃいけない。残すところは大型船が接岸できる河港設備だ」
「あんたの住むお屋敷だって必要じゃないかい?」
「それは最後でいい。どうせ町としての政庁を兼ねるからね」
俺たちが大公国の領土に足を踏み入れて、ちょうど一月後。辺境とはとても思えない規格外の河港都市が完成した。帝都では誰も予想だにしていなかったことは言うまでもない。
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