第7話 最初の臣下
オルガ河の支流、その岸辺に降り立った俺たちは、魔境の冷たい空気の中にいた。
ここからは帝国の法も、宮廷のしがらみも届かない。俺が選んだ、俺だけの独立国家だ。
「さあ、始めようか」
俺はわざわざ船から離れ、少し開けた河岸へ歩を進めた。ルークとエレナがそのあとに続く。
「……わざわざ船を降りるんすね。甲板でもできたはずなのに」
ルークの不思議そうな声に、俺は少しだけ口角を上げた。
「俺の領地、大公国。その土を踏みしめてからでないと、この儀式は意味がないんだ。……ささやかなこだわりだよ」
俺は魔力を高め、その場を聖域へと書き換えていく。叙爵とは、皇族の魔力を他者の身体に「結びつける」行為だ。
「まずは、お前からだ。ルーク・ファビウス」
俺はルークの前に立ち、その額に指先を触れた。
「ルーク・フォン・ファビウス。今この時より、お前を『侯爵』に叙す」
ルークの瞳が、驚愕で見開かれた。
「……侯爵っすか!? しかも……実家のオヤジが子爵なのに、俺が飛び越えちゃっていいんすか!?」
「いいさ。俺の大公国における筆頭家臣だ。侯爵位が相応しい」
「やった……! 最高っす! オヤジが知ったら腰を抜かすはずっすよ。このご恩、一生かけて働いて返しますからね!」
150歳でありながら、精神は15歳の青年そのもののルークが、子供のように跳ね回り無邪気に喜ぶ。侯爵という重い位階を、これほどまでまでに明るく受け入れるのは彼らしい。
「次はエレナ」
俺が彼女の前に立つと、エレナはすっと背筋を伸ばし、膝を折った。
「……エレナ・フォン・リーゼ。男爵位を授ける。並びに、お前には四人の騎士を任命する権限を与える」
「四人? それだけかい?」
「フフッ、甘いな。叙爵の加護は四の倍数で増えていくんだ。男爵一人につき四人の騎士を任命できる。さらにその騎士一人につき四人の従士を任命できる。つまりエレナ、お前の配下だけで計二十人の魔法使いが誕生するってことだ」
俺は木炭で河岸の岩に数式を書きなぐった。
「侯爵であるルークは四人の伯爵を、一人の伯爵は四人の子爵を、一人の子爵は四人の男爵を……こうして末端の騎士まで含めれば、ネズミ算式に魔法使いが増やせるってことだね」
エレナは呆れたように笑い、そして目を輝かせた。
「あんた、とんでもないものを隠し持っていたんだね」
「まあね。これでも帝国皇族だからね。ちなみに君たちは近衛貴族のような宮廷の飾りじゃなくて、ちゃんと領地を治める『領地貴族』だよ。……まあ、今はまだ森と魔物しかいない原野だけどね」
俺が笑うと、エレナも肩をすくめて笑った。
「森と魔物しかいなくても、あんたが頂点にいるなら悪くないよ。二十人の工兵団長、喜んで引き受けさせてもらうわ。ルシウス大公」
俺は笑顔で二人の肩に手を置いた。
侯爵と男爵。彼らは帝国の臣下じゃない。俺の国を支える、最初の「領地貴族」だ。
「さて、叙爵はこれでいったん終わり。……それでは、工兵部隊の諸君。魔境の入り口を、帝国一の港湾都市に作り替えようじゃないか」
ルシウスの号令に、二人が力強く答える。
俺たちはさっそく、魔境の入り口の魔改造を始めたのだった。
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