第6話 叙爵システム
オルガ河を遡る船団の甲板に、冷たい川風が吹き抜けていた。
視界の先、山並みが牙を剥くように迫り上がるその足元に、探していた地形が姿を現した。
「あれが……大公様のご領地かい?」
エレナが水面を指さす。本流から支流が分かれ、緩やかに蛇行する水面が広がる合流地点。そこには、魔の森から流れ出る冷気が作り出す独特の湿り気を帯びた半島状の高台が、鈍く光っていた。
俺が広げた羊皮紙には、大山脈の切り立った崖に穿たれた盆地の入り口、そしてこの合流地点の高台が、緻密な線で描かれている。
「いい立地ね。高台になっていて、両岸を見渡せる。何より、支流と本流の合流地点だから川幅が広く、船の旋回も容易だわ。……でも、ルシウス。魔の森の入り口にしては、あまりにも無防備すぎない?」
エレナの指摘に、俺は頷く。
「その通りだね。だからこそ、ここを最初の『拠点』にするんだ。盆地まではここから約五〇キロ。本拠地は盆地の中央に築くつもりだけど、領地が発展していく上で、この『入り口の村』を整備しないことには、人も物資も盆地に辿り着けないからね」
俺の声は、自然と弾んでいた。泥と魔物まみれの原野が、都市工学に裏打ちされた要塞港へと変わる未来図が、脳裏で完璧に組み上がっていたからだ。
「……具体的には?」
ルークが甲板の手すりに寄りかかり、明るい声で割り込む。
「まず、魔物狩りっすね。ルシウス様、対岸に渡る渡し船の準備はできてるんすか?」
「それなんだけど、当面はエレナ達の船でやりくりするしかないかな。橋を架けるには土木技術もマンパワーも、何より水面下の断面確保が難しい。領民が増えてきたら考えようよ。下手に橋をかけて船が通れなくなったらシャレにならないしね。まずは魔物の掃討と魔石の確保を最優先して、拠点の整備を優先しよう」
俺は立ち上がり、二人の顔を見渡した。
「そこで提案があるんだけど、二人には『叙爵』をさせてもらえないかな?」
「待ってました! いつ言い出してくださるのかと思ってたんすよ!
どうします? 船の上でやっちゃいますか? いやー、これでやっと俺もいっぱしの貴族っすね! ちなみに爵位は何になるんすか!?」
ルークが破顔一笑する一方で、エレナは怪訝そうに眉をひそめた。
「ちょいと待ちなよ。二人で盛り上がってんじゃないよ。叙爵ってのは一体全体何なんだい?」
「そうか、エレナは叙爵のことを知らないんだね。……いい機会だ、少し説明させてもらうよ」
俺は木炭を使って、甲板に図を描き始めた。
「本来、魔術や魔法ってのは属人的なものなんだ。才能と鍛錬がすべてを分ける。でも、俺たち帝国の皇族であるハイエルフには、世界樹から『叙爵』の加護が授けられているんだ」
「叙爵の加護?」
「そう。叙爵したものに対し、自分が会得した魔法を、鍛錬なしで使えるようにする奇跡のことさ。だから帝国における叙爵は、単なる貴族への昇格じゃなくて、魔法そのものを与える儀式なんだよ」
ルークが楽しそうに補足する。
「だから帝国は1300年以上も世界最強だったんすよ。貴重な魔法使いをねずみ算式に量産できるんですから。……で、この加護が150歳の成人と同時に与えられるわけですが、ルシウス様は見事にティベリウス兄上の不興を買って、辺境追放という名の自由を勝ち取ったわけっす!」
「全然めでたくないわよ。……で、なんでその大事なシステムを、しがない傭兵団の団長である私に使うんだい?」
俺は羊皮紙に描いた拠点の設計図を、指先でコンコンと叩いた。
「マンパワーだよ、エレナ。俺がいくら優れた魔法使いでも、一人でできることには限界がある。でも君に叙爵して貴族になってもらい、さらに君が部下たちを騎士として叙爵すれば、あっという間に最強の工兵集団の出来上がりだ」
「……魔法で壁を作り、石を積み上げる傭兵集団なんて、歴史上聞いたこともないわね」
「まあ、そうだろうね。帝国は叙爵のシステムを攻撃魔法の軍隊作りに使ったけど、俺は違う。道を作り、畑を耕し、港を作る。インフラと補給こそが俺の戦い方だ」
エレナは銛を突き立てたまま、しばし沈黙していたが、やがてふっと笑みをこぼした。
「相変わらず変わってるねぇ。……いいわ。報酬は弾んでもらうわよ、ルシウス大公。私たちの命と技術、あんたの国の礎石にするわ」
「任せておいて。君たちを、唯一無二の最強の工兵部隊にしてみせるよ」
魔境の入り口で、歴史上類を見ない、土木技術による国造りが、いま幕を開けた。
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