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追放皇子の辺境都市計画~『箱職人』は魔法×現代工学で異世界に物流革命を起こします~  作者: 不健康法師
第1章 追放されたので、まずは最強の港湾都市を造ります
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第5話 兄からの餞別

(ザザァ……、ザザァ……)


赤茶けた濁流を力強く押し分け、エレナ率いる軽装船団は、オルタ河を北西へと遡上していた。川幅は広く、両岸にはどこまでも緑深い原始の光景が広がっている。時折、水面を跳ねる巨大な川魚や、岸辺からこちらを警戒するように見つめる魔獣の影があったが、百戦錬磨の水上傭兵たちにとってはこの大河こそが我が家だった。彼らの手際の良い操船により、船旅は驚くほど順調に進んでいる。


甲板の片隅には、あのボロ馬車がしっかりと固定されていた。船乗りたちが懸念していた船体の傾きは、俺が指示したバラストの微調整によって完全に相殺され、今や誰も文句を言う者はいない。


「ルシウス殿下、風が出てきました。お体に触ります、どうぞこちらへ」


初老の団員が、すれ違いざまに深々と頭を下げ、丁寧に自家製の干し肉を差し出してきた。


「ありがとう。皆のおかげで、実に快適な旅ができている。冷えるから、夜の見張りには多めに薪を回すようエレナに伝えておくれ」


「ははっ! ありがたき幸せに存じます!」


俺が微笑みかけて肩を叩くと、男は感激に目を潤ませて一礼し、足取りも軽く持ち場へと戻っていった。その様子を、船首に立ち、進路を見据えるエレナが、どこか呆れたような、しかし嬉しそうな目で見つめている。


「相変わらず、人たらしだねえ、あんたは。うちの荒くれどもが、一ヶ月前とは見違えるほど従順だわ。もうどっちが団長だか分かりゃしない」


「俺はただ、彼らが最も力を発揮できる環境を整えているだけさ。凍える防人より、暖を取れた防人のほうが、夜間の索敵精度は上がる。当然の帰結だよ」


「理屈はそうかもしれないけど、それを当たり前にやれる貴族様なんて、帝国中を探したっていやしないわよ」


エレナは誇らしげに胸を張る。彼女の中では、俺は「虐げられた民に寄り添う、慈悲深き理想の君主」として完全に衣服を着せられているようだった。


為政者とは、本質的に民を率いる「牧民官」だ。

羊を飢えさせず、狼から守り、健やかに育てるのは、牧羊犬や羊飼いにとって絶対の義務である。彼らが俺を慕い、自発的に命を懸ける忠誠心を持つことは、統治のコストを劇的に下げる。これほど打てば響く優秀なリソースを、わざわざ恐怖や暴力で縛り付けるのは、三流のやる非効率な愚策だ。


「魔境の入り口が見えるまで、あと三日というところよ。ここから先は、本当に何が起きるかわからないわ。覚悟しておいてね」


「ああ、頼りにしているよ、エレナ」


俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。彼女という優秀な「現場指揮官」が、俺の設計する国家の最初の礎となる。そのために必要な投資は、いくらでも支払うつもりだった。


---


夜が訪れ、オルタ河が深い闇に包まれると、船内は静寂に支配された。

深夜二時。誰もが見回りを終え、警戒の目が最も緩む時間帯を見計らい、俺とルークは音もなく甲板の馬車へと歩み寄った。


(カチャリ)


扉が閉まった瞬間、外界の波の揺れも、湿った夜風の音も、すべてが完全にシャットアウトされた。

震度ゼロ。完全な水平と、静寂が保たれた、真っ白な石造りの『移動事務所』だ。


「──ふぅ。いやー、外で『慈悲深い大公殿下』を演じ続けるのも、地味に体力使うっすねえ」


ルークがそう言いながら、簡易ベッドにどっかりと腰掛け、大きく息を吐き出した。


「演じているわけじゃないさ。民を安んじるのは、統治者として至極当然の業務だ」


俺は即席の木箱デスクへと向かい、広げられた羊皮紙の地図に、今日までの航路と地形データを書き加えていく。


「ルシウス様、その卵、だいぶ光が強くなってきてないっすか?」


ルークがデスクの端を指差した。

そこには、一ヶ月間俺が肌身離さず魔力を注ぎ続けてきた、ある不可思議な『卵』が鎮座していた。これは旅立ちの直前、マルクス兄さんがしれっと渡してきた餞別だ。


マルクス兄さんは──俺の同腹の兄であるマルクス・ユリウス・アッピウスは『飼育員』のギフトを持ちながら、二百歳を過ぎても領地一つ持たず、家臣も置かずに書庫を荒らして回る、一族きっての「ごくつぶし」だ。病弱で常に青白い顔をしており、ティベリウス兄上からも「手が掛からないから放っておけばいい」と、半ば呆れ気味に黙認されている。


そんな兄さんが、別れ際に「ルシウス、これを持っていくといいよ。退屈しのぎにでもなればと思ってね」と、まるで豆大福でも手渡すような間の抜けた顔で押し付けてきたのが、この卵だ。


俺は椅子に深く腰掛け、その卵をそっと膝の上へと抱え上げる。

殻の表面に走る紋様が、俺の指先から流れ込む魔力に呼応するように、ドクン、ドクンと確かな脈動を返してきた。


「ああ、魔力の吸蔵率はすでに限界値に近い。魔境の入り口に到達する頃には、間違いなく殻を破るだろうな」


「結局、中身は何なんすかね。マルクス殿下の気まぐれにしては、随分と大事そうに温めてますよね?」


「さあな。兄さんは昔から、魔力の配合やら交配やらで変な実験ばかりしている人だ。まあ、何が生まれても、俺の国の食糧事情の足しにでもなれば御の字だよ」


俺は卵の殻を愛おしむように撫でながら、そう答えた。

兄さんの気遣いはありがたい。だが、変わり者の兄が趣味の範囲で育てた魔獣だ。精々、開拓の邪魔にならない程度に、護身用か、あるいは何かの雑用に使えればいい方だろう。


「さあ、ルーク。夜明けまでに、魔境の入り口に建設する『要塞川港』の一次設計図を仕上げるぞ。ここからは時間との勝負だ」


「うっす、了解です!」


真っ白な密室のなか、ランプの灯りに照らされた地図を見つめながら、俺たちは静かに、しかし確実に新たな国家の設計図を引き直していった。


化外の地と恐れられた大森林盆地。

そこが、俺という一人の為政者によって、最も合理的で、最も強固な国家へと書き換えられる最初の夜が、静かに更けていく。


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どうぞよろしくお願いいたします。

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