第38話 農業革命
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「ところで、ナディアちゃん」
マルクス兄さんが、紅茶のカップをソーサーに戻しながら尋ねた。
「あの『泥人形』だけど、一体どういう仕組みなんだい?」
ナディアは口元に付いた菓子のくずを指で拭いながら、事もなげに答える。
「泥人形は、土の精霊の力を借りて動かしている。魔石を核にして、モノに意志を与える精霊の加護」
「へぇ、精霊の加護……。僕たち皇族が世界樹から授かる『加護』と、どこか似ているねぇ」
感心したように頷くマルクス兄さんに、ナディアはコクリと首を傾げた。
「魔石と依り代さえあれば、あとは精霊が勝手に動かしてくれる。だから、依り代は泥だろうと木だろうと、紙だって構わない」
(……それ、完全に式神だな)
俺は心の中でそっとツッコミを入れた。要するに、魔石というバッテリーと精霊というプログラムを入れれば、どんな素材でも自律型AI搭載のロボットに早変わりってわけだ。
「ふむ……じゃあ、生き物に憑依させることもできるのかな?」
マルクス兄さんの質問に、ナディアは首を横に振った。
「できない。魔核を持つ魔物に直接試したことがあるけど、ダメだった。意志を持たない依り代じゃないと、精霊は宿れない」
「なるほど、自律して動くけれども、自我は持たない……か」
マルクス兄さんはあごに手を当て、目を細めた。
「なるほどね。ルシウス、これは使えるかもしれないよ?」
「使える、って?」
「現状、君の『箱職人』のギフトは極秘扱いだ。だから、空間共有を使った遠隔地への物資輸送も、大々的な交易には使えていないだろう?」
「まあね。信用できる身内以外にあのギフトを見せるわけにはいかないからね」
「だが、魔石さえあれば動くゴーレムならどうだい? 秘密を漏らす心配のない、有能で無口な肉体労働者だ。これを使えば、遠隔地同士での取引で、莫大な利ザヤを稼ぐこともできる」
マルクス兄さんは面白いことを思いついたように言う。
「これはね、この広い大陸における資源の不均衡を是正する大きなチャンスとも言える。帝国を見ごらん。不作に苦しんで、飢える地域があるかと思えば、他方では豊作すぎて穀物価格の暴落に泣く農民もいる。ここで君が大陸全体の需給を調整すれば、荒稼ぎができるどころか、大陸の宿禍とも言える飢饉だって未然に抑え込める」
「……なるほど、ね」
俺はポンと、手を叩いた。
「秘密厳守の無人物流システムか。面白そうだね、マルクス兄さん。具体的にどう組み込めるか、ちょっと考えてみるよ」
なんていうか、あれだな。ア○ゾンとかの配送センターみたいだな。俺がAIで自律的に働くゴーレムを想像していると、マルクス兄さんが別の話題を振ってきた。
「ところでラーディヤの民が生業にしているという『水田稲作』だけど、具体的にはどういったものなんだい? 帝国で広く行われている小麦やライ麦の畑作とは、だいぶ違うのだろう?」
「うん。全然違うよ、マルクス兄さん。水田稲作ってのはね、人工的に水を張って水深を調整できるようにした沼地――いわゆる『田んぼ』で穀物を育てる方法なんだ」
俺は身を乗り出し、熱を込めて語り始めた。
「小麦の場合、種を一粒蒔いても収穫できるのはせいぜい十粒程度だろ? でも、米は違う。たった一粒の種もみから、数百倍もの収穫が得られるんだ。圧倒的な生産性を誇る、夢のような穀物なんだよ」
「……数百倍? そりゃまた圧倒的な収穫倍率だね」
さすがのマルクス兄さんも、驚きに目を丸くした。
「しかも、収穫までに必要な期間も麦と比べたら遥かに短い。初夏に苗を植えれば秋には収穫できるんだからね。それに、なんと言っても連作障害がないってのが凄いところだよ」
「連作障害がない?それは一体どういった仕組みだい?」
マルクス兄さんが興味深そうに身を乗り出す。
「母上が品種改良に励んでいたのは知っているし、もともと優れた作物だとは聞いていたけど……連作障害がないってのは、農業に対する考え方を根底からひっくり返すね」
「その通りだね。畑作で同じ作物を育て続けると、土の栄養が偏ったり病原菌や寄生虫が繁殖して連作障害を起こす。だから休耕や輪作が必要になるんだ。俺の『農地整備』の魔法でも土の栄養は改善できたけど、病原菌や寄生虫の繁殖までは防げなかったんだよね」
俺は一口紅茶を飲んで、ニヤッとしながら続ける。
「でも、田んぼは違う。灌漑によって水を張ったり抜いたりすることで、病原菌や寄生虫が死滅するし、蓄積した有機塩類もリセットされる。だから、毎年同じ場所で米を作り続けても、連作障害は起きない。これで大公国の穀物生産量は爆増すること間違いなしだね」
「なるほど……それは凄まじいいね」
マルクス兄さんは感心したように溜め息を漏らしたが、ふと首をひねった。
「ただ……ラーディヤの民はそれでいいとして、一般的な帝国民は米ではなくパンを食べるだろう? 急に食習慣を変えられるかな?」
「まあ、最初はラーディヤの民の自給用だけで十分じゃないかな。そのうち、美味い米の炊き方や色んなレシピを広めて、じわじわファンを増やしていくつもりだよ。……それにね、米のポテンシャルはこんなもんじゃない」
俺はニヤリと不敵に笑った。
「米と麦じゃ、作付けの時期が違うんだ。だから米を収穫したあとの田んぼで、裏作として麦を育てれば……同じ土地で年に二度収穫できる『二毛作』が実現する!」
「なるほど、麦は秋に植えるからね。ただ、麦の収穫は初夏だろう?田植えの時期と重なるんじゃないかい?」
「だからこそ、生前、母上に頼んで作ってもらってたんだよ。米と同じように水田で育つ、冷害にも強い特殊な麦をね。これなら冬の間も無駄なく土地を活用できるし、収穫も初夏の田植え前には終えられる。たぶん、恐ろしいほどの反収が期待できるよ」
「うーん。素晴らしい」
マルクス兄さんは脱帽したように両手を上げ、心底楽しそうに笑い出した。
「まいったな。これは本格的な『農業革命』の始まりだね、ルシウス」
すると、それまで黙ってお菓子を食べていたナディアが、ふんと小さく鼻を鳴らして胸を張った。平坦な胸をドヤ顔で突き出す。
「……私の旦那様は、農業にも明るい」
「だから、誰が旦那様だっつの!」
ドヤ顔のナディアにツッコミを入れつつ、俺は居たたまれなさ半分、未来へのワクワク感半分で、冷めかけた紅茶を飲み干すのだった。
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