第37話 凱旋
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帝国歴一三三一年の春。
総攻撃という名の茶番から半年、南蛮征討戦の戦後処理にもようやく目途がつき、帝都へと凱旋した俺たちは、沿道を埋め尽くす帝都の民から熱烈な歓迎を受けた。
そのまま帝城へと足を進め、謁見の間へ。
待っていたのは、摂政ティベリウス兄上だ。
そして、今回の謁見で誰よりも偉そうに胸を張り、ドヤ顔でふんぞり返っている人物がいる。南蛮征討軍の総司令官――カシウス兄上だ。
「総司令官カシウス。まずは南蛮の征討、大義であった」
「ははっ! 勿体なきお言葉!」
カシウス兄上は芝居じみたしぐさで頭を下げる。
ティベリウス兄上は続けて俺に向けて言葉をかける。
「――さて、ユスティニア大公ルシウス。今回の戦役における参陣、まことに大義であった。軍功第一等は大公国軍である。帝国を代表して礼を言う」
「……ぬ?」
カシウス兄上のピクッと眉が跳ねあがるが、無視してティベリウス兄上は手元を見やりながら、淡々とその功績を読み上げていく。
「第一に、帝都からパドゥムに至る街道の整備。第二に、要衝パドゥムの要塞化。安定した兵站なくして、此度の勝利はあり得なかった」
カシウス兄上が何か言いたげに口をアワアワさせているが、ティベリウス兄上は無視して話を進める。
「第三に、味方の大敗にも動じることなく、着実な拠点確保によって戦況を挽回してみせたこと。第四に、デルタ地帯に港湾を整備し、帝国支配の先鞭をつけたこと。そして最後に――勇猛なラーディヤの民を、寡兵のみで打ち破ってみせた采配の妙。……いずれも破格の功績である」
「お待ちください、摂政殿下!」
我慢の限界を迎えたカシウス兄上が、無作法にも抗議の声を上げた。
「軍功第一等がルシウスですと!? 総司令官たる私を差し置いてですか!?」
「……カシウス」
ティベリウス兄上は、呆れたように溜め息を一つ吐いた。
「お前の軽はずみな攻勢で崩壊しかけていた戦線だぞ? ルシウスが立て直さなかったらどうなっていたと思う。……我が方の大敗で終わっていたのだ」
「くっ……! し、しかし! ラーディヤの不届き者どもを根絶やしにするよう命じたのはこの私です!戦役全体の軍功は司令官に帰されるべきです!」
「そもそも、土地を耕す民を無意味に殲滅する為政者がどこにいるのだ?」
ティベリウス兄上の呆れを含む一言に、カシウス兄上が詰まる。
「それにだな。十万もの民を一人残らず皆殺しにするなど、そうそうできることではない。……どこかへ逃げおおせたのではないか?」
「ははは! それはあり得ませんよ、ティベリウス兄上!」
カシウス兄上は勝ち誇ったように高笑いした。
「奴らはパドマ河の河口へと追い詰められ、海に身を投げるしかなかったのです! 水死体はすべて凶暴な魔物が喰らい尽くしましたからな! 逃げ場などどこにもありませんよ!」
ドヤ顔で語るカシウス兄上の横で、俺は冷や汗をかかないよう必死で表情を無にしていた。
逃げ場ならありました。木箱を通って大公国に引越しました。
その時。
――すっ、と。
ティベリウス兄上の視線が、俺の顔を射抜いた。
(……ギクッ!!)
俺は心臓が跳ね上がるのを抑え、努めて平静を装った。
ティベリウス兄上は俺の顔を一瞥したまま、クスッと小さく口元を緩めると、何事もなかったかのように視線を外して謁見を終えた。周りの貴族もカシウス兄上も、誰一人としてその意味深な視線には気づいていないようだった。……あぶねぇ。
◇
ところ変わって、帝都の一角にある「花の離宮」。
「やあルシウス、いろいろ災難だったねぇ」
メイドのマリーが淹れてくれた紅茶をすすりながら、マルクス兄さんが爽やかな笑みを向けてきた。
「そうでもないよ、マルクス兄さん。パドゥム街道の整備は帝国経済を活性化させたし、巡り巡って我が国の利益にもつながる。デルタ地帯の港湾だって、北側諸国との交易拠点として大いに使えるからね」
「まあ、君が納得しているなら僕は何も言わないさ。でも、せっかく整備したデルタ地帯はカシウスの領地になるんだろ? 君もたいがいお人好しというか、損な役回りだよねぇ」
楽しそうに笑うマルクス兄さんに、俺は不敵に微笑んで見せた。
「まあ、確かにカシウス兄上のために領地を整えてあげたって思うと不服ではあるけどね。……でも、おかげで、十万を超えるラーディヤの民を、そっくりそのまま大公国の領民として迎え入れることができたから御の字だよ」
俺は、椅子にもたれかけながら足をバタつかせて楽しそうに言う。
「これで唯一開拓が遅れていた北東地方の開発が一気に進むからね。しかもラーディヤの民は水田稲作を生業とするんだ。つ、ついに米が食べられるようになる」
「ふふ、さすがルシウスだねぇ。……で? そちらの可愛らしいお姫様が、例のラーディヤの精霊の巫女かい?」
マルクス兄さんが視線を向けた先。
ソファの隣で、高級そうな焼き菓子をモグモグと頬張っていた褐色肌の少女――ナディアが、パチクリと眠たげな目を瞬かせた。
「……んぐ。土の精霊に愛されし巫女、ナディア。……それと、ルシウスの妻」
「ぶっ!?」
俺は、吹きそうになるのを必死に抑えながら、言い訳をする。
「ち、違うよ! こいつが勝手に言っているだけだからね?マルクス兄さん!そもそも停戦合意には――」
「私はルシウスの妻。さっき摂政殿下にも伝えておいた」
「なんてことしてくれとんじゃ!勝手に話をややこしくするんじゃない!」
「まあ、いいじゃないですか、ルシウス様。こんなにかわいい子なんだから嫁の一人や二人ふやしたって」
俺の抗議は、マリーによって却下された。
マリーはさっきからナディアの頭や頬をわしゃわしゃと撫でまわしている。
「ん……ふわぁ……」
ナディアは逃げる風でもなく、眠たげに目を細めながら、マリーの撫で回す手にされるがままになっている。まるで子猫である。
「……ねえ、マリー」
「なぁに? ナディアちゃん」
「……どうしたら、そんなに胸が大きくなるの? 私に伝授して欲しい」
ナディアがほとんど凹凸のない自分の胸を押さえながら尋ねる。
「えっ!?」
突然の問いかけに、マリーはマルクス兄さんの方を上目遣いでチラリと見た。
「そ、それは……その……ねえ、マルクス様……?」
マリーは恥ずかしそうに赤面する。……俺は、何を見させられているんだ?
「……ルシウス。私、がんばる」
「何をだよ!?」
俺は、居たたまれない空気の中、死んだ魚の目をして紅茶をすするのだった。
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