第36話 茶番
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「——ここが大公国?やっぱり少し涼しい」
俺たちは停戦合意の詳細を詰めるため、『空間共有』された木箱を通って、移住先の候補地である大公国の北東地方に来ていた。
「今まで暮らしてきたところと比べると、かなり寒いと思うよ。特に冬はね。ラーディヤの民は寒いのに慣れてないけど大丈夫かな?」
「ラーディヤの民は我慢強い。それに精霊たちは魔素の豊富なこの土地を気に入っている。精霊たちが喜んでいるなら、我が民も喜ぶ。それに、どんな困難も、『あなた』と一緒なら乗り越えられる」
ナディアが横に立つ俺の腕に、自らの腕を絡ませる。
「おい、離れろ。俺はまだ婚約を認めたわけじゃないからな。そもそも帝国の手前、勝手に結婚なんてできないっての」
「……ちっ」
「いま、あからさまに舌打ちしたよね!? 精霊の巫女ともあろう者が!」
「……わかった。あなたの言い分も理解できる。まだお互いのことをよく知らない」
ナディアは眠たげな目をパチクリとさせながら、じっと見上げてきた。
「じゃあ、まずは呼び捨てから。ルシウス」
「ああ、それで手を打とう、ナディア」
俺はほっと胸をなでおろした。とりあえず、俺の失言による交渉決裂だけは免れた。
現在、大公国の開拓は、中央の直轄領以外は諸侯による開発を進めてもらっている。このうち、手つかずになっていたのが、ラーディヤの民に入植してもらう予定の北東地方である。
アキィロ地方の中心都市は、将来的な移民計画に備えて、城壁と大通りの最低限のインフラだけは魔法による整備が済んでいる。
とはいえ、城壁内はわずか四平方キロメートル。本来は八万人規模を想定して作った街であり、そこに十万人を詰め込むとなると結構ギチギチになるだろう。まあ、再開発したスラムに比べればマシだろうから、何とかなるだろ。
「かなり窮屈な生活を強いることになりますが、開拓が進んで衛星都市へ分散していけば過密は解消されるでしょう。問題は、そこに至るまでの食糧です、ルシウス様」
「そういうことだね、コルネリウス。まあ、これについては『南蛮征討戦』の茶番を長引かせている間に、なんとかするしかないね」
「長引かせる、というと?」
「帝国軍の目を引きつけている間に、俺はナディアを正式に侯爵へ叙爵する。そうすれば世界樹の加護で、彼女たちも俺のインフラ整備や農業補助のオリジナル魔法が使えるようになるだろ?」
「なるほど、ラーディヤの民に新天地の開拓を直接やらせるわけですか」
「そう。魔法をフル活用して、冬小麦の播種までガシガシ進めてもらう。その間の食糧は、ラーディヤの領地から持ち出せるだけ持ち出させて、足りない分は大公国の備蓄から捻出する計画だ。……ね? 合理的だろ?」
「はは、相変わらず手際が良いことで。では、私はアキィロでの受け入れ態勢の構築を急ぎます」
――こうして裏での準備を着々と進め、迎えた帝国歴一三三〇年の秋。
ついに帝国軍による、ラーディヤの本拠地への「総攻撃」が開始された。
「ふははは!蛮族どもめ!皆殺しだぁ!」
夏の間、世界樹の里に帰ってしっかり欠損治療(という名のバカンス)を受けていたカシウス兄上は、驚くほど元気いっぱいだった。
帝国軍が雄叫びを上げて突撃した先――ラーディヤの民が最後まで抵抗を続けていた中州では、今まさに「泥人形の大軍」と帝国軍が血みどろの死闘を繰り広げるという、盛大な茶番が行われていた。
「押し返せ!所詮相手は泥人形!ひるむな!」
俺は大公国軍の陣頭に立ち、必死の形相で声を張り上げていた。もちろん、すべて演技である。
ナディアの作り出した「泥人形」は、魔石を核にさえすれば無限に生み出すことができる。いまや大陸一の魔石の産地と化している大公国から供給された魔石を使って、ナディアは千体にも及ぶ泥人形を作りだし、戦線に投入していた。魔石のサイズの問題か、以前戦った泥人形と比べると若干小さい気もするが、まがまがしい形相も相まって、なかなかの迫力だ。
そこへ、帝国近衛騎士団の大盾による強固な戦列と、我が大公国軍による『城壁生成』を駆使した塹壕戦を組み合わせ、徐々に包囲の輪を狭めていく。これまた完璧な包囲殲滅戦の演出と言っていいだろう。
「——よし、総仕上げだ! 火を放て!」
泥人形を壊滅させ、敗走するラーディヤの民を追撃する形で、俺たちはラーディヤの都に火を放った。
「見事だ、ルシウス! ついに蛮族どもを根絶やしにしたな!」
安全な後方から督戦していたカシウス兄上は、遠くで燃え盛る敵の都を見て大満足の様子だった。
「はっ。総司令官殿。敵の死体については、すべてパドマ河の魔物の餌として処分させました。骨一本残っておりません」
「うむ、上出来だ!お前にしてはよくやった!」
兄上は上機嫌で偉そうにふんぞり返っていた。こうして、パドマ河デルタにおける「南蛮殲滅戦」は、公式に終了したのだった。
——一方その頃、新天地。北東地方では、十万を超えるラーディヤの民が広場を埋め尽くしていた。
「……我が民よ。精霊たちの導きにより、私たちは新たな約束の土地へと至った」
壇上には、神官服を身にまとったナディアと、まるで証人のように横に控える大公国の筆頭侯爵、ルークが立っていた。ルークは、ラーディヤの民を移住させるプロジェクトの責任者として、この三か月、行きつく暇もなく奮闘していた。
「……これからは、この地の主、大公ルシウスの庇護のもと、新たな里を築くことになる。それと、もう一つ、大切な報告。大公ルシウスは、私の夫になる。みんな、よくしてあげてね」
割れんばかりの大歓声と祝福の嵐が広場を包む。
十万の民が狂喜乱舞し、ナディアと大公国との絆の深さに安堵している。
「……え? なにそれ。聞いてないんっすけど!?ナディアさん、それってルシウス様は知って……」
目を丸くして驚愕するルークの背中に鋭い痛みが走る。
「……そのまま笑顔で民たちに手を振ることをお勧めする」
ルークの背後には、ナイフを持った女戦士ミトラが立っていた。
ルークは笑顔を凍り付かせたまま、ラーディヤの民たちに手を振って応える横で、ナディアはまな板のような胸を張り、ふふん、と誇らしげにドヤ顔を決めている。
大歓声に包まれる広場の中央で、大公国の重鎮として、この宣言になし崩し的に立ち会わされた形になったルークは、ただ静かに、天を仰いだ。
「……しーらない。俺は何も見てないっす。何も聞いてないっす。ルシウス様、ごめんっす……」
ルークはそっと目を逸らし、現実から完全に逃避することを選んだのだった。
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