第34話 泥人形(ゴーレム)
ちょっと長いです。3000文字を超えていますが、さくっと読んでいただければ幸いです。
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「ぬかるなよ、陣形崩すなっ!」
戦場に、俺のどなり声と兵たちの鬨の声が響き渡る。
鉄壁の盾を隙間なく並べた帝国近衛騎士団の「亀甲陣」。その内側で、大公国の工兵隊がすかさずインフラ魔法『城壁生成』を発動していく。
ズズズと地響きを立て、中州の川岸に突如として頑強な石造りの壁が出現した。
「よし、囲い込み完了! 橋頭堡確保!」
城壁に向けて、ラーディヤの民が弓矢と投石で攻撃してくるが、すべて盾と石壁に弾かれる。それでも敵は怯まず突っ込んでくるが、城壁に肉薄したのを見計らったように、敵後方から鬨の声が響いた。
「蛮族どもを蹴散らせ! 突撃ィ!」
強襲揚陸艇から、次々と飛び出してくる帝国騎士団の精鋭。トラクス少将自ら指揮する別動隊は、完全に敵の背後を突いた。これにより敵の戦線は一気に崩壊し、中州の反対側へと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「深追いはするな! 逃げ道は残してやれ!」
騎士たちは、あえて敵を中州から下流へ逃がす。程なくして、中州の制圧が完了した。
――帝国歴一三三〇年の夏。
昨年の暮れに始まった南蛮征討戦も、すでに半年が経っていた。
カシウス兄上の大敗で崩壊しかけた戦線は、パドゥムの要塞化によって立て直しに成功した。いまは、隣り合う中州をひとつずつ要塞化することで、じわじわと支配領域を広げている最中だ。この調子で行けば、年内にはパドマ河のデルタ地帯一帯の制圧を完了できるペースだ。
大小無数の中州が入り組むデルタ地帯を力技で攻め落とすことは、はっきり言って無謀以外何物でもない。カシウス兄上はトラクス少将の忠告を無視して無理攻めした結果、大敗を喫したが、同じ轍を踏まないよう、俺がとった戦術は極めて単純だった。
――圧倒的物量によって勝つ。
いわゆる兵站による勝利を狙うものだった。現在、攻勢に先立って完成させたパドゥム街道は、帝都から大量の物資を運んできている。結果、パドゥム要塞は辺境とは思えないほどの賑わいを見せており、もはや都市と言って差し支えのない規模に達している。
また、要塞化した中州には、同盟国から参戦している一般兵を駐屯させ、近隣諸侯領からの入植者を呼び込んで開拓まで進めている。
領土をじわじわと削り取られているラーディヤの民も必死だが、制圧したそばから要塞化されては、弓と槍に頼る彼らでは手も足も出まい。
ちなみに、当初は安全な後方で補給と拠点整備だけをやるつもりでいた俺だが、気づけばまあまあ過酷な前線で、こうして陣頭指揮を執る羽目になっていた。おかげで帝国近衛騎士団からの俺への信頼は、日を追うごとに跳ね上がっている。本当に勘弁してほしい。
「ふぅ、ひとまず揚陸拠点の確保には成功したね。みんな、お疲れさま」
制圧直後の城壁内、俺は建設の進む港湾施設を椅子に腰かけて眺めていた。
「パドマ河デルタに点在する中州のうち、三十七パーセントの拠点化に成功しました。耕作が可能な比較的大規模なものに限れば、約半数が我が方の支配下にあります」
「順調と言っていいね。占領地の帝国諸侯への配分はコルネリウスに任せるよ。引き続き頼む。……問題は、この戦役の着地点だね」
俺は地図に視線を落とす。
「カシウス兄上は、ラーディヤの民を皆殺しにせよと仰せだ。でも、そんなの現実的じゃないし、何より気が乗らないよね。とりあえずは下流へ下流へと追いやってはいるけど、どっかでケリをつける必要は出てくるね」
「形式としては皇帝より信任を受けた絶対命令権です。従わなければ軍令違反と難癖をつけられんとも限りませんな。……実に悩ましいですが、いずれにせよ当面は占領地域の拡大を進めるほかありますまい」
トラクス少将がそう言って、ため息をつく。そうこうしていると、城壁の外が何やら騒がしい。
「どうした! 何事か」
コルネリウスが大声で怒鳴る。
「さ、先ほど敗走した敵軍が陣形を整え反転。先頭に『泥人形』が確認されました」
「ついに来たかっ! ……総員戦闘配置につき直せ!」
トラクス少将が鋭い声を上げる。俺もコルネリウスと一緒に物見やぐらに駆け上がる。
「ルシウス様、ご覧ください……。どうやらあれが、昨年、帝国軍二万三千を大敗に追い込んだ敵の切り札のようですよ」
「……なかなかの迫力だね。あれが噂の泥人形か。三メートルくらいあるんじゃない?」
俺は望遠鏡を見張りの兵に返すと、状況を尋ねた。
「どう? 詳しい状況は」
「はっ。すでにストーンライフルによる狙撃、および帝国近衛騎士団による魔法攻撃を行っていますが、効果が確認できません! やはり、体内の『魔核』を破壊しない限り、行動停止に追い込むことは難しい模様です」
うーん。実に厄介だ。どうもこの泥人形は泥さえあれば自己修復できるらしく、泥にあふれたデルタ地帯はあいつらにとって天国みたいなものなんだろう。
「で、泥人形の数は?」
「約二百体と思われます。鈍足ではありますが、こちらが有効打を与えられない以上、戦況としては芳しいとは言えません」
コルネリウスが難しい顔で言う。さて、困ったね。敵も揚陸直後の拠点を狙って、できれば俺の首を獲ろうって算段だろうけど、俺も死にたくないからね。ラーディヤの民には悪いけど、はめ技を使わせてもらおうかな。
「少将、手はず通り、全軍を一旦城壁内へ退避させてくれるかな? コルネリウス、兵の収容が済んだら、工兵隊を使って城壁内側に『水濠掘削』で落とし穴を掘ってくれ」
「承知しました、ルシウス様。しかし、そう簡単に穴に落ちてくれますかね? 敵も馬鹿ではありますまい」
「たぶん大丈夫だと思うよ。相手は自分の実力に自信を持ってる。泥人形の身長なら五メートルの空堀なんてやすやすと乗り越えられるからね。そんなことで進軍を止めちゃったら奇襲をかけた意味がないから、強行突破を図ってくるに違いないさ」
俺たちが物見やぐらの上から戦況を見守っていると、案の定、泥人形を先頭としたラーディヤの民たちはバリケードを突破し、落とし穴をものともせずに飛び込んできた。泥人形の怪力を以て空堀を突破する気なんだろう。
「——よし、全部入ったな? 水門、開けっ!」
俺の号令と共に、『水濠掘削』によって穿たれた空堀の両端に設置された大きめの箱――俺の持つ世界樹のギフト、『箱職人』によって作られた箱から、滝のような水が流れ落ちる。この箱は、空間共有によってオルガ河の川底とつながっている。開け放たれた扉からは、轟々と濁流が流れ込み、泥人形たちをあっという間に押し流し、文字通り溶かしてしまった。
「——ま、所詮は泥だね。水に入れれば溶ける」
「そんな簡単に言いますが、こんなことできるのはルシウス様だけですからね……」
コルネリウスの目が変人を見る目になっている。解せぬ。
「いやはや、世界樹の化身の息子が『箱職人』という外れスキルを引き当てたと、帝都では笑い話になっておりましたが、どうにも笑われるのは我々の方のようですな」
「一応、秘密ってことで頼むよ? トラクス少将。俺もあんまり自分の能力を知られたくはないんでね」
「確かに、これほど規格外のギフトとなりますと、いよいよ元老院の派閥争いに拍車をかけますからな。兵たちにも緘口令を敷いておきましょう」
泥人形をあっという間に殲滅されたラーディヤの民は、哀れ城壁の中に侵入していたため逃げ場を失い、もれなく捕虜となった。俺は、めんどくさいことになったと内心思いながら、泥人形の魔核拾いに精を出す兵隊を濠の上から眺めるのだった。
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