第31話 急報
第4章のスタートです。南方遠征編です。ちょっと戦闘描写が増える予定です。
俺は、ユスティニアナポリスで、コルネリウスからの報告を受けていた。
会議室に集まっているのは、ルークやエレナといった馴染みの面々のほか、俺が叙爵した主だった領地貴族たち。皆の顔には充実した笑みが浮かんでいる。
「——以上が、今秋の収穫見込みとなります。一言で申し上げれば、大豊作にございます」
コルネリウスが書類から目を離し、晴れやかに告げた。
「やっぱ、ルシウス様の『農地整備』と大森林盆地の濃密な魔素は相性が抜群っすね! 畑の土壌を変換するときの効率が半端ないっす」
「ありがとう、ルーク。魔法が凄いのもあるけど、なんと言ってもルークたちがフル稼働で開拓を進めてくれたおかげだよ。大公国ほど効率よく整備された農地は、きっと世界のどこにもないよね」
「さらに言えば、殿下の提唱された『四歩輪作』の導入効果も大きかったかと」
今度はコルネリウスが、手元の資料をめくりながら言葉を添えた。
「休耕地を廃止して農地の効率的利用を実現したことにより、主食の小麦だけでなく、ジャガイモや豆類の生産も伸びています。北部では甜菜の栽培によって砂糖の生産も軌道に乗っておりますし、羊毛の増産は官営紡績工場の生産量に増加に寄与しております」
「素晴らしいね、コルネリウス。ちなみに、入植の状況はどう?」
「はっ。領地貴族の入植と開拓は徐々に進んでおりますが、やはり先行しておりますのは公都周辺と、古参家臣の領地でございます。具体的にはファビウス侯爵領、リーゼ伯爵領、そして不肖ながら、このたび伯爵へと陞爵していただきました我がルプス領ですね。これら三方の開拓速度が、群を抜いております」
帝国における「爵位」とは、単に「家の格」を示すものではない。
なぜなら、爵位によって領主が叙任できる「騎士」——すなわち、魔法使いの数が異なってくるからだ。ちなみに、ここで言う騎士とは、爵位としての騎士爵ではなく、領地貴族の陪臣を指す。
具体的には、大公である俺なら五千百二十人、侯爵であれば千二百八十人、伯爵が三百二十人、子爵が八十人、男爵が二十人、最下位の騎士爵が五人。このように、爵位が上がるごとに叙任枠は「四倍」の規模で膨れ上がっていく仕組みだ。
この数は、そのまま動員可能な魔法使いの数を意味するため、一義的には軍事力の指標となる。
だが、大公国においては、もう一つ重要な意味を持っていた。なぜなら、大公国における魔法使いとは、戦闘員であると同時に「農業の担い手」でもあるからだ。
大公国の高い農業生産力を支えているのは、『農地整備』をはじめとするインフラ魔法に他ならない。そのため、各地方の中心として広い領地を有するルークたちには、高い爵位と、それに伴う多数の騎士叙任の枠を与える必要があった。
「続いて、南西の要衝パドゥムへ向けた街道建設の件ですが、すでに測量は完了し、急ピッチで工事が進んでいます。年内には敷設が完了し、これによって従来は半年以上を要した、帝都とパドゥムとの移動が約三か月に短縮される見込みです」
現在、ティベリウス兄上から命ぜられた街道工事を担当しているのは近衛騎士のサリウスだ。
サリウスは、近衛騎士団の精鋭千名を率いて、春先から突貫工事に従事している。約三千キロにも及ぶ街道工事を10か月ほどで完了してしまうのだから、インフラ魔法の威力には我ながら驚かされる。
ちなみに、帝都からさらに離れた大公国にいながら、俺が詳細な報告を受け取れているのは、他でもない——世界樹から与えられた、『箱職人』のギフトがあるからだ。
俺は、サリウスをはじめ、ルーク、エレナ、コルネリウスといった主だった幹部たちにだけ、この権能の秘密を明かしている。彼らには空間共有を活用した拠点移動の権限を与えており、現在、公都と、各幹部の領地、そして「移動指令室」である俺専用の馬車とは、空間を直結させていた。
その「移動指令室」は、現在サリウスに預けて前線で運用されている。そのため、俺は頻繁に公都と建設現場とを行き来しては指示を出していた。
「……以上が、パドゥムへ向けた街道建設の進捗となります。続きまして、年末の征討軍への合流に向けた、我が大公国の動員計画について発表いたします」
コルネリウスがこう告げると、一同の顔が引き締まった。
「今回、帝国より我が大公国へ要請されている動員数は二千騎。これはあくまで魔法使いの数であり、輜重兵などの後方支援部隊は別途編成いたします。……内訳ですが、まずは大公国直轄の近衛騎士団より、すでに先遣隊として街道整備にあたっている千騎をそのまま本隊へスライドさせます」
一同が頷くのを見届け、コルネリウスは具体的な割り振りを口にした。
「残る千騎は諸侯軍として割り振ります。ファビウス侯爵領より二百五十騎。リーゼ伯爵領、および我がルプス伯爵領より各五十騎。残る五百五十騎については、子爵以下の各領地へ爵位に応じて按分いたします。各家におかれましては、年内にパドゥムへ到着できるよう、定められた期日までにポルタ・アウストラへ参集されたく——」
コルネリウスが話を終えようとした、その時だった。会議室の扉が、勢いよく押し開けられた。
「大公殿下! 緊急事態にございます!」
息を切らして転がり込んできたのは、現地で街道整備の指揮を執っているはずのサリウスだった。
「どうした、サリウス。何があったんだい?」
俺は声を努めて落ち着かせ、先を促した。サリウスは青ざめた顔をしながら、会議室に響き渡る凶報を告げた。
「——カシウス殿下率いる、征討軍本体が、大公国軍の到着を待つことなく出撃し、敵の奇襲を受け潰走いたしました!」
会議室が静寂に包まれるなか、俺は、思わずつぶやいた。
「……やっぱり、絶対に何かやらかすと思ってたよ、あの兄上」
そして、額に手を当てて天井を見上げ、深いため息をつくのであった。
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