第30話 東方の遊牧民
この話で第3章は終了です。次回は設定紹介を挟んで第4章に突入です。
荒涼とした大地に、屹然と立っている砦は、辺境と文明とを別つ境界点であった。
大山脈を境として、アウレリア大陸のほぼ南半分を版図とするユリウス帝国は、数世紀にわたって繁栄を謳歌してきた。だが、帝国をして、我が意に添わぬと言わしめてきた存在が、パドマ河デルタの少数民族と、東方に跋扈する遊牧民である。
遊牧民の暮らすパルティア半島は、大陸東端に突き出した、孤立した高原だった。
大陸西部がモンスーンと偏西風の恵みによって、湿潤で高い農業生産力を誇るのに対し、東へ行くほど気候は乾燥していく。特にパルティア半島は、樹木がまばらで剥き出しの岩肌が目立つ、お世辞にも豊かとは言えない土地だった。
この地形は、帝国の重装騎兵を大いに阻んだ。一方、この地に暮らす遊牧民たちは、「トリウマ」と呼ばれる鳥形の魔物を家畜化し、その背に跨って岩地を自在に駆け回りながら弓を放ってくる。帝国は、この遊牧民に手を焼いており、元老院においても、東方の平定を望む声は少なかった。
一方、半島のすぐ先に広がる多島海は、希少な香辛料や真珠を産出し、大山脈以北へと至る魅力的な交易路でもあった。しかし、海賊の根城となっている上に陸側の支配権も確立されていない現状では、東回りでの交易はリスクが高すぎるのが実情だった。
———夕闇が迫る中、石造りの詰所では、国境警備の兵士たちと旅の商人が焚き火を囲んでいた。
「……まぁ、これでもここ数年で、だいぶマシにはなったんだがね」
商人が、火に炙った干し肉を噛みちぎりながら呟く。
「以前は、豊かな西ばかりが優遇されて、東方はさびれたもんだったが……最近じゃ、ルシウス大公がレヌス河に立派な河港を整備してくれたおかげで、一気に物の流れが良くなったからな」
「そりゃあ、俺たちだって感謝してるさ」
他の商人が、焚き火の爆ぜる音に声を重ねる。
「東でとれた小麦や羊毛を帝都へ安く流せるようになった。今までは、運ぶだけでコストがかさんだもんさ。それに、最近出回り始めたあのジャガイモとトウモロコシだったか? あれのおかげで、冬に命を落とす子供がずいぶん減ったらしい」
しかし、槍を傍らに立てかけた兵士の表情は晴れない。
「東方交易が活況を呈すのは大いに結構だが、厄介なのは遊牧民の奴らだ。奴ら、どうやら今年は特に苦しいらしくてな、襲撃が後を絶たない。馬で追いかけていっても、奴らの根城に入った途端、岩に足を取られちまって、結局いつも逃げられる」
「だから、リスクの高い東方を嫌がって、最近じゃ隆盛著しいユスティニア大公国との貿易に切り替える仲間が増えてるのさ。あっちの方がよっぽど安全で儲かるからね」
商人は小さく溜め息を吐き、パチパチと爆ぜる炎を見つめた。
「そもそも、南方の少数民族なんて、わざわざ帝国に攻め入るような馬鹿な真似はしないんだから、ほっといたらいい。なんで帝国軍は遊牧民をやっつけてくれないんだよ」
「どうやら、第三皇子のカシウス殿下が元老院で大見得を切ったらしいぜ。どうも開拓を成功させてるルシウス大公に嫉妬してるらしいんだが、俺たち末端の兵士にしてみれば、いい迷惑だよ」
兵士が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「それどころか、南方遠征のせいで、この砦の兵力もごっそり引き抜かれるって噂だ。ただでさえ手が足りないってのに、ここが空っぽになったら、奴らが攻めてこないわけがないだろ……」
「でも、摂政の第一皇子様は聡明な方なんだろ?」
「ああ、帝都でもティベリウス殿下は公正で有能だと評判だ。問題は、そのティベリウス殿下に御子様がいらっしゃらないということだ」
「なんでそれが問題なんだよ?」
「仮にティベリウス殿下が帝位を継いでも、後継者がいない場合、その次の皇帝は弟のカシウス皇子だろ?」
「……あ。それ、本気でやばいな」
「ああ。そうなったら、この東方は、相当荒れるぞ」
国境の冷たい風が砦の隙間を吹き抜ける中、男たちは一様に顔を見合わせ、言葉を濁すのだった。
もし「続きが気になる!」「面白い」と思っていただけましたら、画面下部の「ブックマーク追加」や、評価の「☆☆☆☆☆」を★★★★★にしていただけると、執筆のモチベーションになります!
どうぞよろしくお願いいたします。




