第29話 ルシウス大公の帰還
次で第3章は終わりです。第4章は南方遠征編です。女の子が出てきます。
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年が明け、南方遠征が次の秋に迫った春、俺は再び、皇城『謁見の間』で跪いていた。
「ルシウス大公。見事な働きであった。離宮建設に伴い、長年の懸案であったスラムの解消を成し遂げ、帝都とテヴェレの河港を結ぶ街道を建設し、さらにはレヌス河の水運整備にまで先鞭をつけたこと……帝国は大公国に感謝する」
「もったいないお言葉にございます、摂政殿下」
俺は恭しく頭を下げた。
さすがは公正で名高い摂政殿下だ。俺がもたらした成果を正確に評価し、わざわざ公式の場で賛辞と共に謝意を述べる。だが──だからこそ、腹の底が見えずに不気味だった。
「『エンポリオン』の市場は実に見事だ。宮廷料理長も、皇城からの買い付けが楽になったと大層喜んでいたぞ。それに、貯木場は帝都の木材価格の安定化に寄与しているとの報告を受けている」
ティベリウス兄上は、手元の書面に視線を落しながら淡々とその成果を挙げていく。
「大公国から供給される薪や炭、そして魔石が市場に行き渡ったことで、この冬は路頭で命を落とす民草が少なかったと聞く。レヌス河の水運が動いたことで、東部からの羊毛や穀類の価格も下落に転じている。ルシウス、大義であった」
「ありがたき幸せに存じます」
ティベリウス兄上は随分と褒めてくれたが、何も俺は慈善事業で動いているわけじゃない。
帝都という巨大な市場と直結したことで、物流コストは劇的に減少し、大公国の利益は増える一方だ。この確実な売り先があるからこそ、本国での生産体制をさらに強化できる。一見すると帝国への奉仕だが、実のところ大公国にとっても、これ以上ないほど実利の大きい事業だった。
だが、この光景を面白く思っていない男が約一名。
「……チッ」
列席していたカシウス兄上が、あからさまに舌打ちをする音が聞こえてきた。俺が摂政から過分な誉れを受けているのが、悔しくて堪らないらしい。相変わらず分かりやすい御仁だ。
直後、ティベリウス兄上の声のトーンが、事務的なものへと変わった。
「さて、ルシウス。来年の軍役についての具体的な内容を伝える」
ピりり、と謁見の間の空気が引き締まる。
「出征は帝国歴一三二九年の秋。麦の刈り取りが終わる時期とする。大公国は二千騎の軍勢を率い、年が明けるまでにパドマ河デルタの手前──要衝パドゥムまで参集せよ」
二千騎。そして目的地は南方遠征の最前線となるパドゥム。
それだけでも大仕事だが、ティベリウス兄上の要求はそれだけに留まらなかった。
「また、行軍の要となる『帝都からパドゥムまでの街道』を整備する別動隊を派遣せよ。得意のインフラ魔法があれば、迅速な進軍路を確保できよう。なお、今回の南方征討軍の大将は──カシウス。お前に命ずる」
「ははっ!このカシウス、必ずや南方の蛮族どもを平定してご覧に入れます!」
それまで不機嫌そうだったカシウス兄上が、まるで鬼の首を獲ったかのように破顔した。
そして、勝ち誇った顔で俺を見下ろしてくる。
「フン、聞いたかルシウス! 征討軍の大将はこの俺だ!俺の足を引っ張らぬよう、ちゃんと兵糧を運ぶことだな!」
高笑いするカシウス兄上を見ながら、俺は内心で深いため息を吐いた。
軍勢二千の動員に加え、パドゥムまでの街道敷設。しかもその費用は当然「自前」である
──だが。
一方で、俺は心の中で小躍りしていた。
(よっしゃあああ!! 前線じゃなくて兵站担当だ!!)
一番死ぬ確率の高い役割を、カシウス兄上が引き受けてくれるのだ。これほどありがたい話はない。後方で安全に物資を管理していられるのなら、どれほど費用がかかろうが安いものである。なんせ、俺は死にたくないのだから。
────
「──ふぅ、やっぱり舗装された道は快適だね」
帝都からの帰り道。
馬車に揺られながら、俺は昨秋に敷設したばかりのテヴェレ街道ご満悦だった。窓の外では、瑞獣ルパルクスに跨ったサリウスが周囲を護衛してくれている。ナルセス将軍のおかげで、すっかり様になっている。
だが、馬車の中で座るルークはお怒りだった。
「ルシウス様、よく平気でいられるっすね!従軍だけでも大変なのに、街道の敷設まで押し付けるなんて、摂政殿下は大公国を破産させる気っすよ!」
「まあまあ、落ち着きなよルーク」
「帝都に召還されてから丸一年半、ずーっとここで公共工事に従事させておいて、今度は戦争と道路工事のセットっすよ!? これ、確実に嫌がらせっす。本国に帰らせない気満々じゃないっすか!」
ルークの言い分はもっともだ。普通の領主なら、一年半も本国を留守にさせられた上でこんな重労働を課されれば、領地経営が破綻して反乱を起こすか、過労で倒れる。
しかし、俺はクスクスと笑いながらルークを宥める。
「まあ、いいじゃないか、ルーク。実際のところ、俺たちは毎日のように帰ってたんだし」
そう、俺たちは帝都で公共事業に従事しながらも、毎日のように大公国との間を行き来していた。世界樹のギフト──『箱職人』の権能である、空間共有を駆使すれば、俺が拡張した『空間』を通じて瞬時に移動することが可能なのだ。
他人の目から見れば、俺は一年半ずっと帝都に縛り付けられているように見えるだろうが、実際は、このギフトを使って、現地で直接、陣頭指揮を執っていたのだ。
「ティベリウス兄上は、俺を帝都に閉じ込めていたつもりだろうけど、本国は今も順調そのものさ。パドゥムまでの街道敷設だって、前線で殺し合いをさせられるより、よっぽどましだよ。秋の参集期限までにさくっと済ませておけばいい。何も困ることはないよ」
俺が不敵に微笑むと、ルークは肩をすくめた。
「まあ、ルシウス様がいいんならいいんすけど。ただ、俺は、摂政殿下のすました顔を引っ叩いてやりたい気分っす!」
カシウス兄上には前線で華々しく戦ってもらい、俺たちは後方で安全を確保しつつ、インフラを繋げていく。俺は、迫りくる戦雲を物憂げに眺めて、大公国へと帰るのだった。
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