第28話 近衛騎士団
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「──よし、そこまで! 休憩に入れ!」
帝国歴一三二八年の秋。
実りの季節を迎えた街道に、俺の声が響く。
目の前には、大公国軍のオリジナル魔法『地盤改良』によって転圧され、さらに『道路敷設』によって排水機能まで完備された、幅十メートルの均一な道路が、遥か先へと美しく伸びていた。
現在、俺は新たに近衛騎士へと任命した二百名の精鋭を率いて、帝都アウレリアからテヴェレの河港へと至る街道の敷設工事を行っている。
大公国からテヴェレまでは、オルガ河の水運を利用した極めて快適な大量輸送が可能だ。しかし、問題はその先──テヴェレから帝都までの陸路だった。これまでインフラ整備がまるで進んでおらず、舗装もされていない凹凸だらけの悪路が続いていたのである。
現在、この悪路を馬車で進もうとすれば、一ヶ月以上の時間がかかる。これを道路改良によって半分に短縮しようというのが、今回の目的だった。
俺が視線を向けた先では、一人の小柄な少年が、テキパキと工兵隊の近衛騎士たちに指示を出している。
「サリウス、そっちの進捗はどうだ?」
「ルシウス様! はい、予定通り次の宿場町の手前まで道路整備が完了しました!」
振り返ったサリウスは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
スラムで彼を拾ってから、まだ一年余り。だが、その成長ぶりには目を見張るものがある。ナルセス将軍の地獄のブートキャンプを耐え抜き、その戦闘技術にはあの鬼将軍すらも太鼓判を押すほどだ。
もっとも、その顔立ちはまだまだ幼さの残る少年といった風情だ。
だが、そんな見た目とは裏腹に、彼を慕ってスラムから志願してきた若者たちを、今や一端の指揮官として見事に率いていた。
この大公国近衛騎士団による大規模な道路整備は、俺が費用を全額持つことを条件に帝国へ申し出たものだ。当然、摂政であるティベリウス兄上からは二つ返事で許可を得ている。帝国としては、一銭も出さずに帝都直結の主要街道が最新の石畳に舗装されるのだから、拒む理由などどこにもない。
だが、この価値を全く分かっていない連中もいる。
カシウス兄上をはじめとする皇統派の貴族たちからは、「騎士ともあろう者が、泥にまみれて土木工事に励むとは情けない」と馬鹿にする声が聞こえてきたが──そんなものは完全に無視だ。
俺からすれば、大公国と帝都を結ぶ街道の整備は、金を払ってでも実現したい最優先の事業だった。インフラが整備されれば物流が活性化し、大公国にもたらされる経済的メリットは計り知れない。
さらに言えば、魔法を用いた工事自体が、戦時における迅速な陣地構築や、工兵としての即応力を養う実践訓練としての側面もあった。今回の街道敷設は、いわば俺の直轄軍である近衛騎士団の『軍事遠征』としての性質が強い。泥にまみれた経験のない騎士など、戦場ではただの案山子に過ぎないのだから。
「現在は二百名だが……来年の秋に予定されている南方出征までには、この近衛騎士団を千人規模まで拡大したいところだね」
俺が地図を広げながら呟くと、隣にいたルークが深く頷いた。
「千人規模で、このインフラ魔法を運用できれば、戦いの在り方が変わるっすね。あ、そういえばルシウス様、エレナたちのほうはどうっすかね?」
「ああ、今頃はレヌス河で水運の整備にあたってるだろうね。とはいっても、今回は基礎的な調査と、主要な河港の改修程度だから、年が明ける前には大公国に帰ってくるはずだよ」
彼女の尽力により、来年の春までには、あのスラムの跡地が、帝国最大の河港としての地位を確立するだろう。
インフラが整うにつれ、目に見えて世界が動き始めていた。
各地の河港を通じて「大公国に行けば飯が食える、家がある」という噂が広まり、今や帝国中から行き場をなくした貧民たちが、希望を求めて集まりつつあるのだ。
「大公国としても、ここからが正念場っすね」
「その通りだね。これだけの人間が一気に動くんだ。一番警戒すべきは『疫病』だよ」
俺は地図の一点に指を置いた。
「伝染病でも発生したらかなわないからね。まずは徹底した防疫体制を敷いた上で、計画的に各地へ難民を振り分けていく必要がある」
来年には、大公国の人口は現在の倍近くまで膨れ上がっている可能性がある。だからこそ、あらかじめ「領地貴族」の受け入れ態勢を整えておいたわけだ。
ナルセス将軍の訓練が終わった領地貴族の子弟たちは、順次大公国へと送り、当分は公都ユスティニアナポリスで実務に励んでもらっている。彼らに難民の管理や物資の配分を担当させつつ、適性を見極めて将来の領地配分を決めていく予定だ。
ゆっくりと、だが確実に。大公国は成長を始めた。今は焦るときではない。
「……来年秋の出征までに、国力の充実と軍団の編成を急がないとね。なんせ、俺も死にたくないからさ」
俺は、生まれて初めての戦争に向けて、生き残る確率を少しでも高めるために、偏執的ともいえる安全策を講じていくのであった。
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