第26話 帝都一の物流拠点
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ジャガイモは普通越冬しませんが、エレナの領地は多少暖かいので。現実にはマルチとかを使う必要がありますね。あくまで緊急的な措置です。
帝国歴一三二八年の春。
かつて大陸最悪とまで謳われたスラム街は、その姿を完全に変えつつあった。
新たに『エンポリオン(交易市場)』と名付けられたその場所には、オルガ河の豊かな水流に乗って、無数の輸送船がひしめき合っている。どの船も、信じられない量のジャガイモを満載していた。
「──よし、慎重に下ろせ! 傷つけるなよ!」
新設された硬化石の埠頭で飛び交う、男たちの活気ある声。
これらはすべて、昨年の秋に大急ぎで大公国へと送った先遣移民二千名の手によって植えられたものだ。
俺が用意した種イモの数は、実に五千万個。面積にして約千ヘクタールにおよぶ広大な農地が、この春、無事に最初の収穫期を迎え、そこで採れた大量の越冬ジャガイモがここに運ばれてきたのだ。
秋に植えたジャガイモを春先に収穫するためには、おおよそ一万人規模の労働力が必要となる。春までに大公国への移民を完了した人口のうち、子供や老人を除いた全労働力を一斉に投入した結果、この大収穫が実現したのだ。
この一大プロジェクトの陰の立役者は、間違いなくエレナだった。
オルガ河の水運を統括する彼女には、過密なスケジュールの中での住民移送に加え、農地の確保という大役まで担ってもらった。彼女の領地は大公国内において最も帝国に近い。最初の移民受け入れという点で、これ以上ない適地だったからだ。
もちろん、土地の確保だけでこれほどの収穫は得られない。
「いやー、思い出すだけで腰が爆発しそうっす……」
離宮の建設現場から、眼下の埠頭で行われている荷下ろし作業を眺めていたルークが、遠い目をしながら呟いた。
「はは、手伝ってもらって助かったよ。ルークたちがいてくれなきゃ、さすがに間に合わなかった」
「ルシウス様の『農地整備』の魔法、便利っすけど、さすがに範囲が広すぎるっすよ。家臣団総出で魔力を絞り出して領内を駆け回ったのは、いい思い出っす……」
そんな苦労の甲斐あって、現在エンポリオンへと運び込まれているジャガイモは約二万トンにのぼる。これは、スラムの全住民の一年分の食糧に相当する量だ。
それらは、突貫工事で建設した、白い大理石風の倉庫街へと、吸い込まれるように次々と保管されていく。
また、俺は収穫されたジャガイモの一部をすぐさま帝都の市場へと流し、より保存の効く小麦へと交換していった。倉庫には、大量のジャガイモと小麦の袋がうずたかく積み上げられていく。
「さて、ここからが本番だよ、ルーク。残りの住民を大公国に移住させなきゃいけないんだから」
俺は手元の作業台に大公国の地図を広げ、今後の人口配置についてルークに説明を始める。
最終的に大公国へと移住させる予定の八万人のうち、第一陣である二万人ほどは、すでにエレナの領地──今回の功績で伯爵へと陞爵させた、リーゼ伯爵領の領都『リーゼリオン』への居住を完了させている。
残りの六万人については、二万人ずつに分け、俺の直轄領、ルークのファビウス侯爵領、そしてコルネリウスのルプス子爵領へと順次配置していく計画だ。
「当面は、小麦のほかに、ジャガイモやサツマイモといったイモ類、これにカブや豆類を組み合わせた『四歩輪作』を徹底させよう。地力を枯渇させず、常に何かしらの収穫がある状態を作ることで、生産力は劇的に向上するはずだよ」
主食作物以外にも、コルネリウスの領地では羊毛の生産や甜菜の栽培など、商品作物の栽培も進めている。一概に食糧だけとは言えないが、大公国全体の食料生産高が爆増することだけは間違いない。
これまで、大公領全体の人口はすべて合わせても十万人に届かない程度だった。それが、帝都のスラムから流れてくる移民の受け入れによって、一気に倍近くへと膨れ上がることになる。
普通であれば大飢饉を引き起こしかねない人口爆発だが、俺の魔法による農業革命は、それを完全にプラスへと転じていた。
食糧自給率が盤石になったことで、次のステップへと進む余裕が生まれたのだ。
食い扶持の心配がなくなれば、工業に回せる人口も増えるだろう。官営の紡績工場をさらに増設していくことも可能だ。これなら、さらなる移民を受け入れる雇用も生み出せる。落ち着いたら大陸中に広く移民の募集をかけてもいいだろう。
俺たちがそんな未来の展望を語り合っている間にも、レヌス河に面したこの高台では、新たな『離宮』の建設が着々と進んでいた。
大河から見上げるその優美な姿は、かつてドロドロの沼地だったスラムの面影を完全に払拭し、帝都の新たな美しい景観を作り出している。
だが、その美しい外観とは裏腹に、完成しつつある離宮の広大な庭園からは、先ほどから何やら怒号が轟いていた。
「足を止めるなァ! 貴様ら、それでも近衛貴族の卵か! ほら、もう一周だ!」
「ひ、ひぃぃ……!」
目下、庭園は近衛騎士団の訓練場と化していた。
鬼の形相で怒鳴りつけているのは、ナルセス将軍である。帝国一苛烈と名高い、ナルセス将軍のブートキャンプが、初春のうららかな陽気の中で絶賛展開中だった。
ふと窓の外に目をやった俺は、涙目で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死で走っている獣人の少年サリウスの姿を捉えた。その後ろには、同じく魂の抜けかけた近衛騎士候補たちが、ボロ雑巾のようになって続いている。
「……みんな、生きて帰ってきてくれよ」
あまりの光景に、俺はそっと窓のカーテンを閉め、心の中で彼らの無事を深く祈るのだった。
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