第24話 花の離宮と老将軍
ちょっと長いです。基本、2,000文字前後で収まるように執筆しているのですが、どうしても3,000文字を超えてしまいます。たまにはご愛敬ということで。
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帝都の喧騒から離れた一角。かつて俺たちの母が愛し、今はマルクス兄さんが管理している、『花の離宮』の一室に、俺たちはいた。
部屋の中央では、一人の少年が後ろ手で縛られたまま床に座らされている。ボロをまとった獣人の少年だ。
「で、わざわざスラムから連れ帰ってきたというわけかい? ルシウス」
長身に上質な法衣をまとったマルクス兄さんが、呆れたように、口を開いた。
「おい、少年。名前は?」
俺が問いかけるが、獣人の少年はツンとそっぽを向き、完全に黙秘を貫いている。ぴんと立った狐耳がピクリとも動かない。
「頑固だねぇ。まあいいさ、後でじっくり聞こう」
俺は椅子の背もたれに深く体重を預け、マルクス兄さんに向き直った。少年を放置したまま、本題であるスラムの再開発計画についての議論を始める。
「それより兄さん、スラムの件だ。あそこの衛生状況は最悪だ。放置すれば近いうちに伝染病が発生する。だから、オスティアから輸送船を呼び寄せて、同時に大量の食糧を帝都に運び込む計画を立てている」
「ほう。具体的には?」
「オスティアでの経験をそのまま活かすつもりさ。まずは縦横に運河を掘削する。それから埠頭の建設、さらにはゾーニングに基づいた倉庫街の建設を一気に進める予定だよ。ただ……問題は段取りだね」
俺はため息を吐きながら続ける。
「スラムをまともに再開発するなら、現在の人口の最低でも2割──つまり二万人規模の貧民を大公国側へ移送する必要がある。だけど、現在のオスティアの規模ではとても一度に受け入れきれない。だから段階的に移送しつつ、あっちの拡張も急ピッチで進めなきゃならないんだよ」
「二万人の受け入れか。それは大ごとだね」
「うん。既存の市街地を拡大させるのは当然として、オルガ河を挟んだ対岸に、新たに城壁で囲った新市街地を整備する。スラムの住民には、まずそこで一定期間の『検疫』を受けてもらうんだ」
「隔離するってことかい?」
「何も、酷いことをしようってんじゃないよ?衣服をすべて消毒し、風呂に入れ、美味い飯をたっぷり食わせて体力を回復させる。隔離というより、前向きな準備期間さ。これによって帝都のスラムは綺麗になり、我が大公国の人手不足も一気に解消する。……まあ、この過密スケジュールを丸投げされるエレナには、後でめちゃくちゃ恨み言を言われそうだけどね」
マルクス兄さんは満足そうに、頷きながら聞いていた。
「……さて。問題は、このコソ泥をどうするかだ」
さじを投げかけた俺を見て、マルクス兄さんがクスクスと笑う。
「ルシウス、尋問ってのはね、コツがあるんだよ。マリー」
「はーい、お任せくださいマルクス様!」
マリーが満面の笑みで部屋を出ていき、すぐに銀のお盆を携えて戻ってきた。
お盆の上に載っていたのは、焼き立てのふっくらとした白パン、ジューシーに肉汁を滴らせる大ぶりのローストチキン、そして湯気の立つ濃厚な具だくさんスープだった。部屋中に美味そうな香りが広がる。
「……っ!?」
獣人の少年の目が、見たこともないほどカッと見開かれた。ゴクリ、と部屋中に響くような音を立てて、彼が喉を鳴らす。
「さあ、話す気になったかな?話さなければ、目の前でルークが食べることになるよ」
「えっ、俺っすか!? ごちそうさまっす!」
「まだ食うな、ルーク」
マルクス兄さんがこれ見よがしにチキンを少年の鼻先に近づけると、少年の我慢は一瞬で限界を迎えた。狐の尻尾が激しく床を叩く。
「わ、分かった! 話す! 話すから!」
実にあっけない陥落だった。
紐を解かれ、猛烈な勢いでチキンに齧り付きながら、少年はぽつりぽつりと身の上を話し始めた。
彼の名前はサリウス。年齢は十二歳。驚いたことに、南の大陸(シルバニア大陸)にある密林を統べる獣人の族長、レグルスの息子だという。
「俺たちはジャングルでずーっと静かに暮らしてきたんだ。でも、オレは外の世界が見てみたくてさ。親父に頼んだけど『一族の掟だから駄目だ』って言われて……だから家出したんだ」
スープを実においしそうに啜りながら、サリウスはしょんぼりした顔で続けた。
「家出したまでは良かったんだけど、すぐに道に迷って帰れなくなっちゃって。貿易商の手伝いとかしながら、何とか飢えを凌いであちこち流されてるうちに、この帝都に着いたんだ。ここ数ヶ月はスラムで日雇いをしてた」
「なるほどね。それで、なんで俺なんか狙ったんだ?」
「……だって、すごく立派な身なりの人が、歩いてるからさ。でも、捕まって連れてこられたら、ここがあまりにも立派すぎてビビってたんだ。だから何も言えなくて……」
サリウスは縮こまって部屋の豪華な調度品を見回している。どうやら、帝都に来てまだ日が浅いせいでこの国の常識が全く分かっていないらしい。俺たちが皇族であることすら気づいていないようだ。
「ふむ、族長の息子が家出してスリか。なかなかに数奇な運命だね」
マルクス兄さんが顎に手を当てた、その時だった。
部屋の扉が、何の前触れもなく堂々と開け放たれた。
「失礼する。騒がしいと思えば、やはりルシウス殿下が戻られていたか」
入室してきた人物は、威風あたりを払う圧倒的な威厳をまとっていた。白髪交じりの黒髪を綺麗に結い上げたハイエルフ。帝国軍随一の猛将にして、現皇帝の幼馴染──ナルセス・フォン・マルケルス将軍である。
「あ、ナルセスじいさん……じゃなかった、ナルセス将軍。お久しぶりです」
子どもの頃からよく遊んでもらった相手であり、同時に元老院における『世界樹派』の領袖でもある。俺は思わず背筋を伸ばした。
「うむ。大公殿下におかれましては、大森林盆地の開拓、まことに──」
「あー! おじい様! 来てたの? 来るなら来るって言ってよー!」
緊張感も何もかも台無しにする気楽な声をあげながら、マリーが入ってきた。
その瞬間、ナルセス将軍の顔から「帝国の老将」としての威厳が綺麗さっぱり霧散した。
「おおおお! マリー! じいじに会いに来てくれたのか? 寂しくはなかったか? 飯はちゃんと食っておるか!?」
皺の刻まれた強面をこれでもかと崩し、孫娘の頭を撫で回してデレデレになるナルセス将軍。このギャップには相変わらず頭が痛くなる。
「もう、仕事中だよ、おじい様」とマリーに軽くあしらわれ、ようやくコホンと大真面目な顔に戻った将軍は、部屋の隅でチキンを持ったまま固まっているサリウスに目を留めた。
「……ふむ。南の大陸の獣人か。ルシウス殿下、この少年はどうされるつもりか?」
俺がこれまでの経緯と、彼が族長の息子であることを説明すると、ナルセス将軍は鋭い目を細めてふむ、と顎を撫でた。
「面白い。ならばルシウス殿下、そのサリウスとかいう少年、この私が預かって鍛えてはいかがか」
「え? 将軍がですか?」
「うむ。私が徹底的に叩き込み、一流の戦士に仕立て上げる。その後、殿下の『近衛騎士』として召し抱えればよろしい」
「近衛騎士、ですか……」
近衛騎士――別名『近衛貴族』。それは、帝国の皇族が『世界樹の加護』によって独自に叙爵できる特別な爵位だ。
通常の領地貴族が、自分の家臣に対して、さらに爵位を与える権能を持つのに対し、近衛貴族はその権能を持たない。あくまで皇族に直属する高級官僚や、直轄軍の将兵という扱いだ。皇族一人につき、最大で5120人まで叙爵することができる。
ナルセス将軍の言う通り、現在の大公国には、正式に叙爵された「近衛貴族」がいない。国家としての体裁を整える意味でも、直属の強力な護衛を育てる意味でも、これは願ってもない提案だった。
「なるほど……。サリウス、お前、ナルセス将軍の元で修行する気はあるか?」
「え? 飯が食えて、強くなれるなら、オレ、何でもやるよ!」
サリウスは何も知らず、能天気に答えた。
その姿を見て、俺の隣にいたルークが、深い同情の目をサリウスに向けていた。ナルセス将軍の訓練といえば、帝国軍一苛烈を極めることで有名だからである。
だが、獣人ならではの元から高い身体能力があれば、あのじいさんの地獄の訓練を生き抜いた後、帝国最強の戦士へと化ける可能性は十分にある。
「よし、決まりだ。将軍、サリウスをよろしくお願いします」
「うむ、任されよ!ガハハ、骨のあるガキは大歓迎だ!」
豪快に笑うナルセス将軍の後ろで、サリウスの狐耳が、本能的な危機を察知したのか初めて不穏そうにヘニャリと垂れ下がった。俺は大公国初の近衛騎士(予定)の未来に、心の中でそっと黙祷を捧げたのだった。
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