第22話 地位協定
帝都からの急な召喚を受け、俺は、筆頭家臣のルークを伴い、五年ぶりに大森林盆地を後にした。
ちなみに、今回の旅にコルネリウスは同行させていない。彼の領地開発が佳境であることもあるけど、何より元雇い主のカシウスに見つかると厄介だからね。
俺たちはオルガ街道を南下し、大公国の玄関口であるオスティアから船に乗り換えてテヴェレの河港へと至った。そこまでは実に快適な船旅だったのだが──。
「……うう、ケツが割れる……」
テヴェレから帝都へ向かう馬車の車内、俺は激しい揺れにケツをやられながら、窓の外を涙目で睨みつけていた。
「大丈夫っすか? ルシウス様。そんなんじゃ帝都につく頃にはお尻に穴が開いちゃいますよ?」
「なんて劣悪な道路なんだ! 轍が抉れて水たまりが池みたいになってるじゃないか。なんで舗装すらされてないんだよ!こんなの道路とは呼べないぞ!」
前世、キャリア官僚として全国の道路メンテナンスに心血を注いできた俺にとって、この劣悪なインフラは精神的苦痛以外の何物でもなかった。ユスティニア大公国なら、即座に俺のインフラ魔法『道路敷設』で綺麗に舗装し直してるところだ。
「はぁ。ルシウス様、ここは帝国領、しかも貴族の治める領地っすよ? うちみたいに、魔法で均一な道路が敷けるわけないじゃないっすか。これでも随分ましな方だと思うっすよ?」
「そもそも、水路一発で帝都まで行けないのが非効率なんだ! いっそ、オルガ河とレヌス河を結ぶ運河を掘ったらどうだ? そうすれば物流コストは三分の一に──」
「ルシウス様、ルシウス様。落ち着いてください」
ルークが呆れたような、あるいは哀れむような目で俺を宥める。
「ユスティニア大公国は、一応独立国っすよ? 名目上は。俺たちが勝手にインフラをいじったら、それこそ外交問題になるっす」
「うっ……それは、そうだけどさ……」
帝国の担当者を小一時間問い詰めたい衝動に駆られつつ、俺は脳内に運河整備の青写真を描くのだった。
────
テヴェレを発って約一か月、俺たちはついに帝都へと到着した。
案内されたのは、あまりいい思い出のない「謁見の間」だ。五年前に俺が大森林へ追放を言い渡された、まさにその場所である。
「遠路大義であった、ルシウス大公。……いや、大森林盆地の開拓、まことに見事。よくやったな、ルシウス」
摂政であるティベリウス兄上は、意外にも、ふっと口元を緩めて俺を見た。摂政の顔の裏に、一瞬、兄としての表情が感じられたが、気のせいだろうか。
「ありがとうございます。摂政殿下におかれましても、ご息災のこととお慶び申し上げます」
俺は、模範的な貴族の礼で挨拶をする。兄上とは言っても、一応は大公と帝国摂政としての立場があるからね。
「さて、さっそくで申し訳ないが、我が帝国と大公国との間で、正式な地位協定を締結したい。大公国として独立して五年、そろそろ同盟国としての立ち位置を明確にすべきだからな。帝都にお前の館を設置し、諸々の取り決めを交わす必要がある」
提示された地位協定の内容は、予想通り、封建制に基づく主従関係そのものだった。 帝国からの要請があれば大公国は兵を出して参戦する義務を負い、引き換えに帝国は大公国の領有権を認め、これを庇護する。
また、俺は大公として帝国からは独立の扱いとなるため、元老院の議席は持たず、皇位継承権も正式に放棄することとなった。ある意味、現状を改めて明文化しただけのことと言える。
俺が署名を終えると、ティベリウス兄上は少し表情を緩めながら切り出した。
「公爵位を持つ者には、帝都の一角に離宮を構え、その周辺を支配・管理する権限が与えられる慣例となっている。ルシウス、これを大公であるお前にも準用しよう」
ティベリウス兄上が合図を送ると、一人の文官が帝都の地図を広げた。指し示されたのは、帝都の最下流──。
「帝都南端、オルガ河とレヌス河が合流する一帯だ。ここに離宮を建てるといい。併せて周辺の徴税権も与える。大過なく治めよ」
その瞬間、居並ぶ皇統派の貴族たちから、クスクスと忍び笑いが漏れた。 無理もない。提示されたのは、二つの大河が合流する卑湿の地──行き場をなくした貧民が集まる、帝国最悪の「スラム街」だったからだ。
よく見ると、カシウス兄上が笑いを隠そうともしていない。俺に嫌がらせをするため、彼らが裏で手を回してこの劣悪な土地を宛がったのは確実だろう。
だが、俺は絶望するどころか、今にも踊り出しそうなほどの喜びを必死に噛み殺していた。
「……ありがたき幸せ!謹んで拝領いたします」
いやぁ、素晴らしい土地を押し付けてくれたよ、カシウス兄上。スラム街とはいえ、水運という観点で見ればこれ以上ない超一等地。多少ぬかるんでいようが、俺のオリジナル魔法『水濠掘削』と『道路敷設』で整備すれば一発だ。
スラムにしたって、見方を変えれば大公国が喉から手が出るほど必要としていた貴重な労働力だ。移民として受け入れるのはもちろん、これから始める河港整備と運河建設の貴重な人手にもなる。
だが、俺が内心でガッツポーズを決めていたその時、ティベリウス兄上の横から勝ち誇ったような声が響いた。
「よかったな、ルシウス。そこなら泥遊びには事欠かないぞ。それと、お前にはもう一つ仕事がある」
もう一人の兄、カシウスだ。相変わらず頭の悪そうな奴である。というか、摂政殿下と大公の会話に勝手に割って入るんじゃない。そういうとこだぞ、お前。
「二年後の秋、帝国は南方の少数民族が占有する地域へ、大規模な征討軍を派遣する。征討軍の大将は俺だ。大公国にも参戦してもらう。俺の足を引っ張るなよ、ルシウス」
南方の少数民族、彼らは帝国の支配に服するものの、ことあるごとに反乱を起こしては帝国を悩ませてきた。彼らが住むパドマ河のデルタ地帯は、無数の河川が入り組む難攻不落の要塞であると同時に、大山脈が海へと沈みこむ、サラキア岬を回って北側諸国へ向かう大型船が最後に停泊できる「天然の良港」でもある。
カシウスとしては、俺が進める「大森林の盆地開拓」に対抗し、この港を押さえたいのだろう。
「……承知いたしました。それまでに、大公国としての兵力を整えておきましょう」
独立したとはいえ、実質は帝国の属国である我が国としては断るという選択肢はない。カシウスのわがままに付き合うのはまっぴらごめんなので、どうにかして回避できないか必死に考える俺であった。
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