第20話 帝国元老院
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「──父たちよ、そして新たに加わった者たちよ。世界樹のもとに集いし、元老院議員、諸卿。もはや、前提条件は整った。帝国をして、大陸の守護者たらんとする、その崇高なる使命を果たすべき時が来たのである。
帝国は、大陸を遍く照らす光である!にもかかわらず、『ユリウス帝国の平和』を受け入れず、大陸の民を不当に苦しめる者たちがいる。我ら帝国貴族は、そのような不逞の輩を許していていいのだろうか!」
──そうだ!そうだ!
「東に目を転ずれば、帝国の民を襲い、家畜をさらっていく遊牧民が跋扈し、南には、北側諸国との交易において重要な港湾を占拠する蛮族がいる。奴ら、東夷・南蛮の脅威は、ひとり帝国の民を傷つけるのみならず、大陸全体の平和を脅かすものである。議員諸卿に問う!今こそ、我々帝国貴族は総力を挙げて、帝国の敵に対し、膺懲の鉄槌を下すべきではあるまいか!」
──そうだ!そうだ!
「聞くに堪えんな……」
荘厳な議場は、帝国元老院の重ねてきた歴史の奥行を感じさせるに十分であったが、聞こえてくる演説はデマゴーグの域を出ないものであると、ナルセス・フォン・マルケルスは判断していた。たとえそれが第四皇子であるカシウスであったとしても。
「魔境の開拓などできずに、帝都に泣き帰ってくるだろう」という大方の予想を裏切り、ルシウスが驚異的なスピードで大森林の開拓を成功させつつあるという事実に、カシウスが嫉妬心から無謀な遠征計画を元老院に持ち込んでいることに、黒髪の老将ナルセスは不快感を隠そうともしない。
「おや、ナルセス卿。カシウス殿下の壮大な国家戦略を前に、言葉もございませんかな?」
軽薄な微笑みを湛えながら、ナルセスに話しかけてきたのは、カシウスの側近であり、『皇統派』に属する若手貴族カティリーナだ。
「ルシウス殿下も奮闘しておられるようですが、所詮は辺境。魔物を相手にするのと蛮族を相手にするのとでは難易度は段違いでしょう。やはり、帝国の前途はカシウス殿下の双肩にかかっていると言ってよいでしょうな」
「ふんっ。建国より1300有余年、誰もなしえなかった大森林盆地の開拓を実現しつつあるということが、どれほどの偉業かわからぬとは、帝国貴族のレベルも地に落ちたようだな」
ナルセスは目も合わせずに鼻で笑って言った。
「なっ……! 無礼な!」
「貴様は、帝都の民がどのようにして暖を取っているのか知らんというのか?」
ナルセスの低い声が、カシウスの演説の合間にカティリーナの耳を刺した。
「帝都に運ばれてくる薪や魔石は、そのほとんどが大公領から運ばれてくる。大公殿下が整備したオルガ河は、すでに帝国北部の大動脈と化している。これによって帝都の物価は安定し、庶民の暮らし向きもよくなったと聞く。物流網の構築が、供給の安定に直結することを大公殿下はご存じなのだろう」
カティリーナは、やや困惑した表情で言う。
「庶民の暮らしなど、我ら貴族が気にする必要などないのではありませんか?物価のことなど、小賢しい商人にでも任せておけばよいのです」
瞬間、ナルセスの目つきが蔑みの色を帯びる。
「……貴様は、民の生活が成り立って初めて戦ができるということを知らんようだな。それだけではない。大公国は、輸入に頼っていた食料すら、すでに自給できる体制を構築しつつある。さらに、最近では少量ではあるが『砂糖』ですら作り出しているらしい」
「さ、砂糖……!?なぜ、砂糖が北の僻地から?あれは南方の特産品では?」
砂糖は帝都でも超高級品だ。だからこそ、カシウスは南方の少数民族から土地を取り上げ、港湾と共に砂糖の利権を手に入れようとしている。
「嘘ではない。その証拠に、利に敏い商人たちが一斉に馬車を仕立て、北へと向かっている。大公殿下が偉大であるのは、その先見性だ。すでにオルガ河水運は大公領のオスティアを中心として回り始めているし、殿下が敷設した道路は帝国内のものとは比較にならないほどの効率を誇るそうだ」
「……まあ、ルシウス殿下のご功績を否定はしませんが、東夷南蛮を征討し、大陸に平和をもたらさんとするカシウス殿下の高邁な理想と比べれば、いささか矮小であると言わざるをえませんな」
「……だから『聞くに堪えん』と言ったのだ。カシウス殿下が大公殿下に対抗心を燃やすのは勝手だが、南と東とで二正面作戦を遂行するだけの余力は帝国にはない。そもそも、南方の異民族を征伐するにしても大義名分に欠ける。反抗的とはいえ、彼らは一応は帝国の支配に服しているのだ。殿下の個人的な『わがまま』に付き合わされるのでは、兵がかわいそうだ」
「ふん……! 殿下の大志を理解できぬ老人の戯言だ!」
カティリーナは捨て台詞を吐き捨てると、カシウスへの大喝采に加わるべく自席へと戻っていった。
──演説が終わり、帝国元老院は割れんばかりの拍手に包まれていた。皇統派からの称賛を浴びながら、カシウスは満足げに胸を張り、演壇を降りていく。
軍事的成功を以て皇統派の勢力拡大につなげようとする試みが、おそらく成功しないことを確信しつつ、世界樹派の領袖であるナルセスの表情は、いまだに険しかった。ナルセスは、この熱狂の渦中にありながら、一度も表情を変えず、ただ冷徹に議事を見つめていた人物、国摂政ティベリウを見つめていた。ルシウスを大公位という『名誉ある追放』に追い込んだ、あの底の知れない男だ。
「カシウス殿下の我儘に帝国が付き合うのが得策ではないことなど、誰の目にも明らか。……だが」
ナルセスは、自分にだけ聞こえる声で呟いた。
「あの老獪なティベリウス殿下は、この無謀な提案をどう考えているのか。それが読めん……」
カシウスの無謀な妄想は、しかし事情をよく知らない帝都の庶民からは熱狂を以て迎えられている。ナルセスは変化する時代に諦念を抱きつつ、侯爵邸へと家路を急いだ。
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