第16話 開拓の基本方針
「……壮観だな」
俺はポルタ・アウストラの城壁の上から、大森林盆地をぐるりと囲むようにそびえ立つ白い巨大な壁を見上げていた。
あれが、この冬の間に瑞獣ルパルクスたちが成し遂げた偉業、『アッピアの長城』だ。
全長600キロメートル。盆地の周囲を完全に封じ込めるその壁は、どこまでも白く、朝日に照らされて神々しいまでに輝いている。
「本当に、あっという間だったっすね……」
隣でルークが呆然と呟くのも無理はない。冬の間、ルパルクスたちの数は増員に増員を重ね、最終的には五千頭を超えた。彼らは冬の厳しい寒さと降り積もる雪をものともせず、この巨大な長城を僅かひと冬の間に完成させてしまったのだ。
「ルパルクスたちの働きには驚かされるばかりです。これほどの規模の長城、通常の工兵隊であれば数十年はかかるでしょう。それが、たったの半年とは……」
背後からやってきたコルネリウスが、感心しきった様子で手元の報告書を見つめる。彼はこの冬、領地貴族として男爵に陞爵し、今やこの盆地開拓の実務全般を統括する要だ。
「冬の間に長城が完成したことで、盆地内の魔素が明らかに安定したね。魔物の出現率も激減している。これなら、本格的な開墾作業も安全に行えるはずだ」
俺の言葉にコルネリウスが深く頷く。
「ええ。このポルタ・セプテントリオから公都予定地までを結ぶ街道も、すでに完成しております。……大公国の大動脈、ユリウス街道。世界広しといえど、これほど高い機能性を有する街道は他に類を見ませんね」
コルネリウスが言ったのは、街道の構造についてだ。
俺のインフラ魔法による道路敷設は、誰が使っても同じ品質になるよう定型・定量・定質に設計されている。俺から叙爵を受けた者が使えば、誰であっても一回の魔法行使で幅10メートル、長さ10メートルの統一された規格の道路が瞬時に生成される。
地面から2メートル掘り下げた砕石層による複層構造。そこに硬化石で舗装された路面。見た目は白い大理石のように優美だが、その強度は金属並みだ。何よりこの道路は、周囲の濃密な魔素を吸収して自己修復し、時間が経つほどに強度を増していく。メンテナンスフリーかつ半永久的。これぞ、日本の土木技術の結晶を異世界魔法で再現した、我が大公国自慢の大動脈だ。
「排水システムも完璧っす。下水道が標準仕様って、ルシウス様の頭の構造が、未だに謎っすね」
ルークがあきれるように言う。道路の排水構造と下水道の統合。そんなことは、この世界の都市計画にはない概念だ。
「当たり前だろ、ルーク。都市計画において『水』は最も重要なんだ。道路を作るなら、排水はセット。これは基本だよ」
俺がさも当然かのように言うと、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「さて、次は食糧生産だ。コルネリウス、現在の食糧自給率はどうなっている?」
「……正直に申し上げますと、春の収穫が始まった今、改善はしておりますが、焼け石に水です」
コルネリウスの表情が曇る。
「開拓による農地拡大は順調ですが、移民として盆地に流入してくる人口の増加の方が遥かに多く、食糧自給体制の確立は、我が大公国にとって最大の課題です」
「そっか……。まあ、分かってはいたけどね」
俺のオリジナル魔法である『農地整備』。地面に手を触れて魔法を発動するだけで、荒れ地を瞬時に10メートル×10メートルの豊かな農地へと変える魔法だ。便利だが、さすがに連作障害までは解決できない。当面は輪栽式農業を導入して凌ぐしかないが、これだけでは爆発的な人口増には追いつかない。
「やはり、水田稲作を導入するしかないな」
俺は盆地を貫くオルガ河を眺めながら呟いた。
「ルシウス様、また何かとんでもないことを考えている顔っすね?」
ルークがニカッと笑う。その通りだ。盆地の魔素と、この豊かな水。それを最大限に活用しない手はない。
「まあね。いずれは、この盆地を世界一の穀倉地帯に変えてみせるよ。それより、公都の建設はどうなってる? コルネリウス」
俺が問いかけると、コルネリウスは如才なく答える。
「現在、公都建設予定地には測量部隊を先行させております。一辺5キロメートルの外壁に囲まれた正方形の城郭都市とする計画です。また、周囲には幅50メートルの水堀を巡らせ、その一部をオルガ河と直結させることで、船による物資の直接搬入を可能とする予定です」
「5キロ……っ! めちゃくちゃでかいじゃないっすか!」
「ええ、現在、その中心部に1辺1キロの内壁を先行して建設中です。完成次第、まずは司令部をはじめとする行政機関を内壁内に仮設し、本拠地をそちらへ移す予定となっています」
計画に従えば、内壁と外壁の間に広大な市街地が形成されることになる。そこを俺の魔法でグリッド状に整理していけば、後の都市運営は格段に楽になるはずだ。
「帝都の150万人には及ばないが、完成すれば50万人規模の都市になるね。帝国でも屈指の巨大都市と言っていいよ。何より、将来的な人口増加を見越して、城壁を拡張しやすい設計になってるのも重要だね」
「50万人……。この辺境にそんな都市ができたら、帝都の連中も腰を抜かすっすよ」
ルークが目を丸くして感心していると、一人の騎士が転がり込んできた。男は兜を小脇に抱え、息を切らして俺たちの前で膝をつく。
「緊急のご報告です!」
「どうした、そんなに慌てて」
「公都建設予定地にて未確認の大型魔獣が出現いたしました!測量部隊に負傷者が発生し、現在現場は大混乱に陥っております!」
開拓の進捗を聞きながら、大公国の将来に夢を膨らませていたのも束の間、お騒がせな魔獣によって俺たちは現場へと急行せざるを得なかったのだった。
もし「続きが気になる!」「面白い」と思っていただけましたら、画面下部の「ブックマーク追加」や、評価の「☆☆☆☆☆」を★★★★★にしていただけると、執筆のモチベーションになります!
どうぞよろしくお願いいたします。




