第14話 秘密兵器
「ルシウス様、マルクス様から追加の卵が届いております。……これで通算、2,200個目となります」
執務室の机に置かれたのは、ひんやりとした青白い光を放つ美しい卵だ。
送り主は俺の兄、マルクス。開拓の救世主ともいえる代物だ。
「ありがとう、コルネリウス。……こいつは俺たちの切り札だ」
俺が卵に手を触れると、魔力の流れが伝わってきた。俺の魔力と同調を始めているのだろう。
数年前に譲り受けた一頭から始まった、俺の『秘密兵器』の増殖計画。それはトナカイのような外見を持ち、馬ほどの体躯を誇る希少な魔獣だ。その姿は古の伝承にある『麒麟』にも似ており、俺の魔法を介さずとも、その身から発する霊気で周囲の魔素を静めることができる。
今から約2年前、オスティアの建設が始まった頃、俺の魔力を吸収した卵は突然孵化を始めた。慌てて準備をしたが、結局なんの苦労もなく生まれてきてくれた。手のひらサイズだったそいつは、3日と経たないうちに立派な角を生やした成獣へと成長した。
気品あふれるその姿から、俺はこの種族を『ルパルクス』と呼ぶことにした。軍神マルスの神獣、ルーパから着想を得たものだ。
とにかく、こいつらは素晴らしい労働力だ。意思疎通が容易で、一度指示を出せば、俺の意図を汲み取ってワンオペで黙々と業務を遂行してくれる。おまけに魔素を安定させるから、凶暴な魔獣たちもこいつらの周囲には寄り付かない。まるで超一流の下請け企業のようだ。日本の工事現場も、元請け以上に下請けが優秀だからこそ回っているものだが、これは異世界でも同じらしい。
「ポルタ・アウストラの開拓も順調ですが、今回のアッピアの長城建設……全長600kmともなると、並みの工兵隊では数十年かかります」
コルネリウスが地図を広げて溜息を吐いた。盆地を取り囲む丘陵地帯に、盆地を封じ込めるための巨大な壁を建設する――それが今回の作戦だ。ちなみに、この壁の名称『アッピア』はマルクス兄さんの家門名から取った。このルパルクス自体が兄さんのギフト『飼育員』の賜物なのだから、敬意を表して名前を借りるのも悪くはないだろう。
「大丈夫だ。これからは、このルパルクスたちを全面的に投入する」
俺は広場に並んだ千頭を超えるルパルクスたちを見渡した。彼らはすでに、街道整備の現場で鍛え抜かれた熟練の土木技術者たちだ。
「ルパルクスたちよ、よく聴け。お前たちの魔力で盆地をぐるっと囲う壁を建設しろ。ルートは俺が共有した通りだ。途中で魔物の気配があっても構うな。お前たち瑞獣を襲う魔物はいない」
俺が号令をかけると、彼らは一斉に頭を下げ、静かに盆地を囲む丘陵へと向かって走り出した。その足跡が刻まれるだけで、荒れた大地から不純な魔素が消え去り、大地が落ち着きを取り戻していく。
次の卵が孵ったら、公都建設予定地までの道路敷設も彼らに任せよう。街道ほどの難工事とはならないはずだ。工兵隊の出番は測量と切り出した木材の運搬くらいのものだろう。
「さて、長城の建設はルパルクスたちに任せるとして、俺たちは食い物の算段でもしようかな」
俺の目の前には、魔獣の卵とは別に、マルクス兄さんから送られてきた様々な種類の作物が並べられている。いずれも寒さや環境の変化に強く、大量の収穫を見込めるものばかりだ。
「しかし、ほとんど見たこともないような作物ばかりっすね。ほんとに食えるんすか?」
ルークが手に取っているのはサツマイモだ。どうやらサツマイモはこの世界には存在しない、もしくは普及していない作物らしい。なぜ俺がそんな作物を手に入れることができたのか。それは、今は亡き母のギフトに関係がある。
母さんは数千年ぶりに誕生した『世界樹の化身』だった。絶大なる魔力に加え、授けられたギフトは『植物の愛』。すべての植物と意思疎通ができ、品種改良を自在に行うことができた。
俺が母さんやマルクス兄さんと離宮で暮らしていた頃、温室でねだって作出してもらったのが、この世界の常識から外れた作物たちだったのだ。
「ルーク、今お前が持っているのはサツマイモと言って、蒸かすと最高に甘くて旨いぞ。その横に並んでるのが甜菜。砂糖の原料だ」
「えっ、砂糖っすか? あれは南方でしか取れない、帝都でも超高級品のはずっすよ!」
「そうだな。今後、大公国領で量産が可能になれば、貴重な収入源になるのはもちろん、庶民にも手に入りやすいものにしていける。こっちのごつごつしたのはジャガイモだ。寒さに強く、収穫量も半端ない」
そのほかにも、綿花、菜種、大豆、耐寒性小麦など、多種多様な種や苗がある。これも母さんの形見だが、それを守り抜き、十数年もの間、変人と噂されながら離宮と温室を維持してくれた兄さんの献身があればこそだ。
俺は、帝都でやる気のなさそうな顔をしているであろう変人公爵の顔を思い浮かべながら、ニヤニヤと作付けのスケジュールを作成するのであった。
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