第13話 大森林盆地
「……改めて見ると、とんでもない地形だな、ここは」
俺は城壁の上から、盆地を見渡していた。
ここ『大森林盆地』は、大山脈を断ち切るかのように口を開けた、直径200kmにも及ぶ巨大な平原だ。太古の昔、この地に直径10kmもの『巨大魔石』が隕石として直撃した跡地――つまり、とてつもない規模のクレーターである。
隕石が魔石の塊だったせいで、この盆地の魔素濃度はとんでもないことになっている。ちなみに、その濃密な魔素はオルガ河によって運ばれ、下流にグラティア平原を形成している。帝国が世界有数の穀倉地帯として繁栄できたのは、まさにこの「オルガ河の賜物」と言えるだろう。
また、大山脈は標高が1万メートルを超え、広いところでは幅が400kmに及ぶ大陸を分かつ壁だ。その峻険な頂は人の往来を事実上不可能としてきた。そのため、開拓に成功さえすれば大山脈を南北に貫くバイパスとして機能することから、古来より幾度となく入植が試みられてきた。だが、そのすべてが悉く失敗に終わっている。
理由は明白、「濃密すぎる魔素」だ。
それは作物には最高の肥料だが、同時にこの地に住まう魔獣たちを狂暴化させ、際限なく巨大化させる副作用があった。平原を囲む標高200mほどの丘陵は、まるでこの魔境を外界から隔離する壁のようにも見えるし、逆に閉じ込める檻のようにも見える。
「まあ、前人未到の魔境を我が物にするってのは、領主冥利に尽きると言えるね」
俺はニヤリと笑ったが、その直後、遠くの森から響いてきた地鳴りのような咆哮に、即座に笑顔を引っ込めざるを得なかった。
「そうは言っても、こう魔物が強くちゃ何ともならんっすよ。明らかにオルガ街道までの魔物とはレベルが違うっす」
横で一緒に平原を眺めていたルークが溜息を吐く。
いま俺たちが立っているのは、大森林盆地の入り口、つまり街道の宿場町としては9番目の街となる『ポルタ・アウストラ』の城壁だ。この街は、俺の本拠地ともいえる盆地と街道とを繋ぐ「門」となる都市なので、ある程度余裕のある設計にしたが、結果的にそれが正解だった。
「やはり、城壁で囲んだ内側は魔素濃度が高くても、かなり安定していますね。殿下の魔法によるインフラ整備によって魔素が定着・安定化し、魔物の出現頻度も低下することは間違いないようです」
コルネリウスの分析は、おそらく正しい。
実際、オルガ街道の敷設後、沿道の魔獣出現率は劇的に低下した。最初は人を避けているだけかと思ったが、どうやら違う。俺の魔法で構築したインフラが、空気中の魔素を魔力に変換して固定する関係で、構築物の周囲では魔素が安定化し、動物の魔物化や植物の異常発生が抑制される効果があるらしいのだ。
「それ以前の問題として、城壁がなかったら今頃魔物の群れに突っ込まれて、俺たちまとめてあの世行きっすよ」
「まあね。ルークの言う通り、今回は特に城壁を急いで作って正解だった。大森林盆地を開拓していく上で拠点としての機能は申し分ないし、将来的にも大公国領の表玄関として繁栄した際、十分な人口を養えるはずだ」
実際、最初は大きく作りすぎたかなとも思った。
このポルタの城壁は一辺が2kmもあり、オルガ街道最大の都市として設計したクィンタの二倍、面積にして四倍の規模を持つ。将来的には5万人規模の都市として繁栄させることが可能だ。また、物流拠点としてのポテンシャルを高めるために、広場や倉庫建設予定地もかなり広めに確保してある。
もちろん、防衛機能についても妥協はない。門については俺が魔術でかなり拘って、堅牢かつ壮麗なものに仕上げたつもりだ。なんと言っても大公国の表玄関だからね。
「しかし、そうなってくると次の戦略を練り直すべきかもしれないな……」
「珍しいっすね、ルシウス様が迷うなんて。いつもだったら最初に決めたら多少強引にでも突破しちゃうじゃないっすか」
ルークの言うことも一理ある。ただ、いたずらに被害を出すというのは合理的とは言えない。戦略は状況に応じて、その都度見直すべきだろう。
「まあ、最終的にこの盆地を完全に開拓するという目標は変わらないよ。ただ、いきなり中心部の公都建設に拘るんじゃなくて、作業のしやすい環境を整えるところから始めてもいいかなって思うだけだ」
実際問題、このまま一直線に盆地の中心部を目指していくのは自殺行為だろう。ゆっくりと、しかし確実に道を切り開いていく必要がある。俺はそう自分に言い聞かせつつ、ここで秘密兵器を投入することを密かに決心したのだった。
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