第12話 オルガ街道
「いやぁ……人間、やれば出来るものだな、ルーク」
「いや、どちらかというと、ルシウス様が人間離れしているだけじゃないっすかね?」
失礼な奴だな。ハイエルフだって広い意味では人間のカテゴリーに入るんだぞ。まあ、ルークの無礼はいったん置いておいて、俺たちは今、5番目の宿場町『クィンタ』の城壁の上から街道を眺めていた。そう、なんと事業開始からわずか半年で、全長50キロメートにも及ぶ街道と、おおむね5km間隔で配置された宿場町が完成したのだ。
魔法による建設とはいえ、これは破格のペースだ。これほどの早期完成を支えたのは、新たに加わった「人材」の力が大きい。
オスティア建設から2年が経過した春、俺は本拠地となる大盆地に向けて本格的な街道敷設と宿場町建設を決意した。しかし、エレナ率いる傭兵団はもともと水運護衛のプロであり、現在はオスティアの運営で手一杯だ。それに加えて、帝都までの水運インフラの劣悪さに商人たちが悲鳴を上げており、エレナはその対応に追われている。そのため、街道建設の陣頭指揮を執っていたのは彼女たちではなかった。
「殿下、クィンタにおける兵舎ならびに物流倉庫が完成しました。順次物資を搬入の上、兵たちへ区画を割り振ります」
「ご苦労様、コルネリウス。物流倉庫は軍の運用に必要な分を除いて、民間に貸し出していってくれ。当面は軍政を敷くが、できるだけ早いうちに自治制度を導入するつもりだ」
コルネリウス・フォン・ルプスは、カシウス兄上の元・近衛貴族だ。かつては帝都で冷遇されていたが、出奔したという噂を聞きつけた俺がその手腕を評価して引き抜いてきた。近衛貴族は領地を持たない代わり、軍や宮廷で実務を担う高級官僚だ。いわばサラリーマンに近い感覚の持ち主で、その指揮能力は前世の基準で見ても一級品だった。
カシウス兄上が首にした貴族を召し抱えて問題にならないかって?
そりゃあ、なるさ。だから今はまだ、公式には秘密で雇っている。まあ、いずれどこからか嗅ぎつけられてバレるだろうが、そのリスクを考慮してもコルネリウスは惜しい人材だ。彼が現場を掌握してくれたおかげで、計画は恐ろしいほど順調に進んでいる。
しかし、予想以上に早く街道が完成したことは嬉しい誤算だった。この調子なら、年内の盆地内での食糧生産も見えてくる。我が大公国の食糧自給率は、悲劇的とも言える低さだ。現状は木材輸出と魔石採取で国家予算こそ潤っているが、食料のほとんどは帝都からの輸入に頼っている。もし今、帝都との関係が悪化して供給を止められれば、半年で干上がる。自給自足の体制確立は、建国において最優先の課題なのだ。
「しっかし、ルシウス様。こんな辺境の街道に、こんな立派な城壁が必要だったんですか?」
「お前なぁ、ルーク。なにも街を襲うのは軍隊だけじゃないだろ? そもそもオルガ街道における最大の脅威はどう考えても魔物だろう」
俺はコルネリウスと別れた後、急ピッチで施設の建造が進むクィンタの街を歩きながら答えた。街道のちょうど中間に位置するこの街は、今回の街道計画における防衛・経済の最重要拠点となっている。
クィンタの城壁は1辺が1kmにも及ぶ。俺のオリジナル魔法「城壁生成」で作ったため、高さ10m、幅10mの堅牢な構造だ。もちろん、城壁の周囲を水堀で囲んでいるのは言うまでもない。
クィンタに限らず、オルガ街道沿いの宿場町は物流拠点を兼ねている。また、街道はオルガ河に沿って敷設されているため、城壁の一部はオルガ河に面しており、天然の水堀兼船着き場となっている。残念ながら浚渫が完了しておらず、大型船舶はオスティアから上がってこれないが、水量は十分にある。将来的にはこの河が物流の主力となるだろう。今のところは、周辺から切り出した木材をいかだに組んで運んでいくに留まっている。
「まあ、魔物が跋扈する魔境っすからね。ルシウス様から『叙爵』されて魔法を使えるようになってなかったら、俺も入ったその日に魔物の餌でしたよ」
「まあね。でもルークやコルネリウスが魔法で道路敷設を進めてくれたおかげで魔素が安定して、少なくとも街道沿いは魔物の出現が減っているみたいだね。この調子で開拓を進めていけば入植可能な土地も増えていくよ」
「あと、こんな辺境で水道が使いたい放題ってのが、本来は異常っすね」
「ははは。あれにはさすがのコルネリウスも驚いていたな」
実のところ、各宿場の水源は俺のギフト『箱職人』による空間共有でつなぎ、潤沢な水を供給している。ギフトのことはルーク以外には秘密なので、コルネリウスも含めて俺のオリジナル魔法だと思われているようだ。
「おっ、着いたな。ここが街道警備隊の司令部だ。顔を出していくぞ、ルーク」
各宿場に設置されている警備隊の司令部。そこに俺は、この世界では画期的ともいえる公営の郵便局を併設させた。軍の伝令制度を流用する形で、それを実現したのだ。
現時点では宿場と街道ができただけだが、各宿場は木材と魔物素材の集積所としての役割を果たしている。これらを仕入れる商人が帝都から押し寄せてきているので、経済的には自立ができている。今後、大盆地が開発されていけば、オルガ街道は帝国と大公国を結ぶ大動脈として繁栄することは間違いない。だからこそ先行投資が必要だと、俺は考えている。
せわしなく走り回るコルネリウスの配下たちを見やりながら、俺は街道のさらなる発展を想像し、鼻を鳴らすのであった。
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