第11話 雪解け
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建設から二年。帝国の辺境に位置する河港都市オスティア。その活況は、厳しい冬の終わりと共に最高潮に達していた。
魔の森の入り口と呼ばれ、かつては魔物が跋扈する見捨てられた土地。俺たちが河港都市を建設したことで、そこは現在、千人規模の定住者を抱えるまでに成長した。オルガ河を行き交う商船は年々増加しており、活気ある市場には、魔の森で採れた魔物素材や木材、炭などが山と積まれ、帝都へ向けて運び出されている。逆に帝都からは、徐々にではあるが嗜好品や、海外からの珍しい産品も並び始めた。
しかし俺にとって、ここはあくまで帝国と自身の領地を結ぶ「入り口」に過ぎない。真の目標は、その奥深くに眠る未開の『大森林盆地』だ。
俺は机の上に広げられた巨大な地図に視線を落とした。地図の中心には大森林盆地の全容が示されている。そこにはオスティアから盆地の深部へ向けて、街道の計画図が精密に書き込まれていた。
「雪解けだ……。満を持して、ってとこかな」
俺がつぶやくと、傍らにいたエレナが肩をすくめる。彼女の手には、遠く離れた帝都に住む同腹の兄・マルクスから届いたばかりの書簡が握られていた。
「大公様、兄君からの最終報告だよ。品種選定が完了したってさ。あんたが力説していた農業界に革命を起こす、とっておきの作物を送ってくれるらしいよ」
「報告ありがとう、エレナ。……ま、母さんの形見みたいなものだしな。ありがたく使わせてもらうさ」
視線の先には、街道沿いに点在する九つの宿場建設予定地が記されている。これから着手するのは、単なる道造りではない。オスティアの経済力を、盆地の豊かな土地へと直接注ぎ込むための大動脈――五十キロメートルに及ぶ街道整備事業だ。
「ねえ、ルシウス。本気なの? あのクレーター盆地まで、五十キロもの道を繋ぐなんて。ただでさえ魔素の濃度が高い地域よ。山脈からの急流も、生半可な設計じゃすぐに道が流されちゃうわよ」
エレナの懸念に対し、俺は心底楽しそうに答える。
「だからこそ君たちがいるんじゃないか。ただの道じゃない。排水機能を完備した強固な路盤を敷き、宿場町ごとに急流を分岐させて水車を回す導水路を引く。これが製糸工場を動かす動力源になるんだ」
「相変わらず、考えが徹底してるわね」
そう言って笑うエレナの背後から、ひょいと小柄な青年が執務室へと入ってきた。ルークだ。見た目は二年経っても相変わらず十五歳ほどの少年にしか見えないが、その動きには以前よりも増した余裕がある。
「ルシウス様、もう春っすよ! 待ちくたびれたっす。街道の測量やら伐採やらは粗方冬の間に片付けておきましたから、あとは魔法でちゃちゃっと道路敷設するだけじゃないですか」
ルークは軽々しく言うが、この二年で街道予定地を切り開くのには並大抵ではない苦労があった。そもそも魔物が多い。しかも強い。騎士として叙爵されていれば、ストーンライフルで撃退できるが、拠点のない野外での作業は常に命がけだったはずだ。現場を預かる彼には、生きた心地がしない場面も多々あっただろう。まあ、切り出した木材がそのまま町の整備に回り、今や大公国の主要輸出品になっているのだから、苦労は報われているんだけどね。
そうはいっても、街道整備の第一段階を無事に終えられたのは、俺の『箱職人』のギフトによるところが大きい。その正体はルーク以外には秘密だが、拡張空間を用いた物資輸送は、ほぼ無尽蔵の兵站と言っても過言じゃない。
『箱職人』のギフトの秘密を隠すため、拡張空間の内装をDIYするしかなかった問題も、あっさりと解決した。オスティアの市庁舎が完成した段階で、ボロ馬車を建物の一部に偽装して埋め込んだのだ。結果、外見と中身の大きさが違いすぎるという疑問を抱かれることもなく、格調高い司令部兼輸送拠点が完成した。
「わかってるよ、ルーク。測量は完了したし、工兵隊を率いて道路敷設の魔法をかけていってくれ。安全確保が最優先だ。各宿場の城壁建設は都市計画図に基づいて優先的に進める。とにかく、けが人を出さないことだ」
「了解っす。ルシウス様の口癖、『安全第一、よし!』ですね」
ルークが飄々と笑う。その様子を見て、エレナは呆れつつも微笑みながら、俺の背中を軽く小突いた。
「はいはい、準備万端ってわけね。あなたが盆地で図面を広げている間、こっちは帳簿と睨めっこしておけばいいんでしょ?」
「頼むよ、エレナ。この街は、君のネットワークなしには一日も持たないからね」
「たまには現場で汗を流している私の顔も見に来なさいよ。魔境の木材だけじゃ飽き足らない商会連中が、あなたの作った『盆地の恵み』を今か今かと待ちわびているんだから」
「うん、期待しておいてよ。盆地の開拓が本格的に進めば、オスティアはますます発展する。君はますます忙しくなるってわけだね」
「それだけは勘弁してほしいわね……ま、あんたが世界を変えようって言うなら、私も付き合うしかないか」
俺はデスクの脇に立てかけてあった安全ヘルメットを手に取った。
「じゃあ、行ってくる。ルーク、行くぞ」
「了解っす! 帝都の役人どもの目をひん剥いてやりましょう!」
俺とルークは軽快な足取りで廊下へと飛び出していく。オスティアから盆地へ。魔法と工学が融合する前人未踏の大公共事業が、今、雪解けと共に幕を開ける。
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