調査隊
放課後の学院は、昼間よりずっと静かだった。
窓の外では、西日に染まった空を白い鳥が横切っていく。
石造りの廊下には長く影が伸び、生徒たちの話し声も遠くなっていた。
リゼは少し緊張した様子で廊下を歩いていた。
手には、教室で見せられた古代文字の写しが握られている。
何度見ても不思議だった。
知らないはずの文字なのに、意味がわかる。
読もうとしなくても、自然と頭に言葉が浮かんでくるのだ。
「……なんで読めるんだろ」
小さく呟きながら、リゼは学院長室の前で立ち止まった。
重厚な木の扉には、金色の紋章が刻まれている。
学院で一番偉い人の部屋。
そう思うだけで、胃のあたりが少し痛くなった。
「入りなさい」
中から落ち着いた声が聞こえる。
「し、失礼します!」
リゼは慌てて扉を開けた。
部屋の奥には、大きな机が置かれていた。
その向こうに座っているのは、白髪の老人――学院長エヴァルトだ。
机の上には羊皮紙や地図、観測資料が並べられている。
そのどれもが、昼間の教室とは違う重みを持って見えた。
「そんなに緊張しなくてよい」
学院長は穏やかに言った。
「まずは座りなさい」
「は、はい……」
リゼは恐る恐る椅子へ腰を下ろす。
学院長はしばらくリゼを見つめていた。
静かな部屋だった。
窓の外から、風の音だけが聞こえてくる。
やがて学院長は、机の上の羊皮紙を手に取った。
「教室で読んだ文字のことだ」
リゼは小さく頷く。
「あれ、本当にわからないんです。気づいたら読めてて……」
「古代文字を学んだ経験は?」
「本で少し見たくらいです。でも、あんな文字は初めてでした」
学院長はゆっくりと目を閉じた。
「研究院の解読班でも、あの文字はまだ解析できていない」
「えっ……?」
リゼは目を丸くする。
王立研究院。
古代文明や魔法を専門に研究する、王国最高レベルの機関だ。
その学者たちでも読めない文字を、自分が読んだ。
急に現実味がなくなってくる。
「本来なら学生を関わらせるつもりはなかった」
学院長は静かに続ける。
「だが、研究院から要請が来ている」
学院長は机の上に広げられた地図へ視線を落とした。
北方空域で発見された、新たなルミナ遺跡。
本でしか知らなかった場所へ、自分が向かうことになる。
「遺跡内部にも同様の文字が存在する可能性が高い」
学院長はリゼを見る。
「君には、調査隊へ同行してもらいたい」
リゼは瞬きを繰り返した。
「……私が?」
「読解役としてだ」
部屋の空気が少し重くなる。
けれど学院長の声は、終始落ち着いていた。
「もちろん強制ではない」
学院長は静かに言う。
「ルミナ遺跡は未解明だ。罠も魔物も存在する可能性がある」
リゼは無意識に羊皮紙を握りしめていた。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも。
胸の奥は、不思議なくらい静かに高鳴っていた。
そのとき、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのはミナだった。
続いてガルド、ノクトも姿を見せる。
リゼは思わず目を見開く。
「えっ、みんな!?」
「呼ばれたから来ただけ」
ミナは淡々と答えた。
ノクトは部屋を見回しながら笑う。
「学院長室って初めて入ったな」
ガルドは短く頭を下げた。
学院長は三人へ視線を向ける。
「研究院側から、最低限の護衛と補助人員を同行させるよう求められている」
「つまり俺たちが同行役ってことか」
ノクトが言う。
学院長は頷いた。
「君たちは実地訓練の成績も安定している。現場経験としては悪くない」
ミナが小さくため息をつく。
「……断れない感じですね」
「嫌なら無理にとは言わん」
「そこまで言われると断りづらいんですけど」
ノクトが笑った。
「まあ面白そうだしいいんじゃないか?」
「ノクトは絶対そう言うと思った」
リゼは思わず苦笑する。
ガルドは腕を組んだまま、静かに口を開いた。
「で、出発はいつだ?」
「二日後だ」
学院長の答えに、リゼは小さく息を呑んだ。
本当に行くのだ。
急に現実味が湧いてくる。
学院長は静かに言った。
「改めて聞こう。同行するかね?」
リゼは少しだけ迷った。
怖さはある。
未知の場所へ行く不安もある。
けれど、それ以上に。
行ってみたい気持ちが大きかった。
リゼは顔を上げる。
「……行きます」
学院長が静かに頷く。
「そうか」
リゼはもう一度、地図へ目を落とした。
ルミナ遺跡。
ずっと本の中だけだった場所。
けれど今は、その名前が少しだけ近く感じた。




