ルミナ遺跡
昼の鐘が鳴ると同時に、教室の空気が一気に緩んだ。
石造りの校舎には、春の柔らかな陽射しが差し込んでいる。
開け放たれた窓からは風が吹き込み、机の上の紙をさらさらと揺らしていた。
生徒たちは友人同士で集まり、昼食を広げ始める。
笑い声。
パンの匂い。
椅子を引く音。
そんな賑やかな教室の隅で、ひとりだけ周囲と違う空気をまとっている少女がいた。
リゼである。
赤茶色の髪は少し跳ねていて、制服の袖には薄くインクの跡がついている。
昨夜も遅くまで本を読んでいたのだろう。
彼女の机には、何冊もの分厚い本が積み上がっていた。
『ルミナ文明史』
『浮遊遺跡群の構造』
『未解読古代文字について』
どれも普通の学生ならまず手に取らないような本ばかりだ。
リゼは頬杖をつきながら、夢中でページをめくっていた。
空に浮かぶ遺跡。
滅びた古代文明。
そして、失われた魔法。
そういう話が、昔から好きだった。
「また読んでるの?」
呆れた声が頭上から降ってくる。
リゼが顔を上げると、銀色の髪を揺らした少女――ミナが立っていた。
手には昼食のサンドイッチがある。
「うん」
リゼは素直に頷いた。
「だって面白いんだもん」
そう言って、開いていた本をミナに向ける。
ページには、空中に浮かぶ巨大遺跡の想像図が描かれていた。
崩れた白い塔。
雲の間を漂う石造りの回廊。
空色に輝く結晶。
まるで空に古代都市そのものが浮かんでいるようだった。
「こんなの本当にあったんだよ? すごくない?」
「私は危ないとしか思わないけど」
ミナはため息混じりに席へ腰を下ろした。
「遺跡探索って、毎年けが人が出てるんでしょ」
「でも夢があるよ」
「夢で罠は解除できないの」
そのとき、後ろの席から低い声がした。
「正論だな」
振り返ると、大柄な青年が椅子に深く座っていた。
ガルドだ。
腕を組み、眠そうな目でこちらを見ている。
「うわ、起きてたんだ」
「失礼だな」
「授業中ずっと寝てたのに?」
「目を閉じて考え事をしていただけだ」
リゼは思わず吹き出した。
さらにその横から、軽い声が割り込む。
「で、もし遺跡で宝を見つけたらどうする?」
椅子を逆向きにして座っていたノクトが、にやにや笑いながら身を乗り出してきた。
「またお金の話?」
「大事だろ。夢より現実だ」
「ノクトの場合、宝箱見つけた瞬間に罠踏みそう」
「ちゃんと確認してから踏む」
「踏むんだ……」
小さな笑い声が広がる。
穏やかな昼休みだった。
その空気を破ったのは、突然開いた教室の扉だった。
ガラッ、と勢いよく音が響く。
学院職員の男が、息を切らして立っていた。
「先生はいるか!?」
教室中の視線が集まる。
ちょうど教壇へ戻ってきた教師が眉をひそめた。
「何事です?」
「北方空域で、新たなルミナ遺跡が確認されました!」
一瞬、教室が静まり返った。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
「新しい遺跡!?」
「本物か!?」
「どこの空域だ!?」
リゼも思わず立ち上がりかける。
胸が高鳴った。
教師はすぐに表情を引き締める。
「静かにしろ」
だが、その声にも生徒たちの興奮は収まらない。
職員は机の上へ地図を広げた。
赤い印が、北方の山脈地帯につけられている。
「浮遊型遺跡と思われます。現在、観測班と王立研究院が調査を進めています」
リゼは地図を見つめた。
本の中の話だった世界が、急に現実味を帯びる。
雲の上に眠る古代遺跡。
失われた文明。
まだ誰も知らない場所。
胸の奥が、落ち着かなくなる。
すると教師が、職員から数枚の紙を受け取った。
「これは?」
「観測班が記録した外壁の刻印です」
机に広げられた紙には、奇妙な文字が並んでいた。
複雑に絡み合う線。
見たこともない記号。
教室の生徒たちは困惑した顔を浮かべる。
「古代文字か……」
「研究院じゃないと無理だろ」
だが。
リゼは、その文字から目を離せなかった。
胸が妙にざわつく。
まるで、文字の方がこちらを見ているような感覚だった。
気づけば、リゼは無意識に呟いていた。
「……『空の門は、光を継ぐ者に開かれる』」
教室が静まり返る。
ミナがゆっくりと振り向いた。
「リゼ……?」
リゼ自身も、自分が何を口にしたのかわからなかった。
ただ、不思議と意味が頭に入ってきたのだ。
教師が険しい顔で近づいてくる。
「今の……読めたのか?」
リゼは戸惑いながら、小さく頷いた。
「なんとなく、ですけど……」
教師は紙とリゼを交互に見比べた。
教室から、さっきまでのざわめきが消えている。
みんなが不思議そうな顔で、リゼを見ていた。
リゼはもう一度、紙の文字を見る。
やはり読めた。
知らないはずの文字なのに、意味だけが自然と頭に浮かんでくる。
どうして読めるのか、自分でもわからない。
「……リゼ」
ミナが小さく声をかける。
リゼははっと顔を上げた。
「え、あ、ごめん」
「いや……謝るところじゃないと思うけど」
ミナも少し困ったような顔をしていた。
教師は静かに羊皮紙を丸める。
その表情には、驚きと考え込むような色が混ざっていた。
「……放課後、学院長室へ来なさい」
「えっ」
思わず変な声が出る。
「な、何かまずかったですか?」
「そういう話ではない」
教師は短く答えた。
「詳しい話はそのときにする」
リゼは曖昧に頷いた。
教室の空気はまだどこか落ち着かないままだ。
けれど窓の外だけは、何事もなかったみたいに青く晴れていた。
その空のずっと向こうに。
新しく見つかったルミナ遺跡が浮かんでいる。
そう思うだけで、胸の奥が少しだけ高鳴った。




