空の果てへ
青い光に照らされた階段を、リゼたちは静かに進んでいた。
足音だけが、白い壁へ反響する。
誰も軽口を叩かなかった。
今までの探索とは違う。
全員が、それを感じていた。
階段はどこまでも上へ続いていた。
途中の壁には、無数の光の線が流れている。
まるで塔全体が脈打っているみたいだった。
「……本当に生きてるみたい」
リゼが小さく呟く。
セレナは前を向いたまま答えた。
「ある意味、生きているのかもしれないな」
やがて。
長い階段の先に、巨大な扉が現れた。
今まで見たどの門よりも大きい。
白い石で作られたその門の中央には、空色の結晶が埋め込まれていた。
結晶は、リゼたちが近づくにつれて静かに輝きを増していく。
ゴゥン……。
低い振動音がすると扉が、ゆっくり左右へ開き始めた。
その先に広がっていたのは、巨大な円形空間だった。
遥か上まで続く白い壁。
空中を漂う無数の結晶。
中央には、巨大な青い結晶柱が浮かんでいる。
まるで空そのものを閉じ込めたみたいな色だった。
研究員たちが息を呑む。
「……これが、中枢」
セレナも静かに周囲を見渡していた。
部屋の中心へ進むたび、結晶柱の光が強くなる。
そして。
リゼが一歩前へ出た瞬間。
空間全体へ青白い光が走った。
「!」
低い振動音が響く。
ゴゴゴ……。
結晶柱の周囲へ、無数の文字が浮かび上がる。
さらに。
あの女性の姿が、再び空中へ現れた。
『中央管理塔、最終記録領域へ接続しました』
静かな声だった。
リゼは思わず息を呑む。
女性はまっすぐリゼを見る。
『継承者個体を確認』
『記録継承を開始します』
次の瞬間。
大量の光が、リゼの周囲へ溢れた。
白い塔。
空を渡る飛空艇。
人々の笑顔。
広場。
市場。
研究施設。
そして。
崩壊。
炎。
黒い空。
消えていく都市。
膨大な記憶が、一瞬だけ頭の中を駆け抜ける。
「っ……!」
リゼは思わず膝をついた。
「リゼ!」
ミナが駆け寄る。
だが、リゼはゆっくり顔を上げた。
不思議と、恐怖はなかった。
頭の奥に、静かな感覚だけが残っている。
懐かしいような。
遠い夢を見ていたような。
そんな感覚だった。
女性の声が響く。
『古代文明ルミナは滅びを予測しました』
『我々は知識と記録を未来へ残すため、浮遊遺跡群を建造』
空中へ、無数の遺跡の光景が浮かび上がる。
雲の上を漂う白い都市群。
巨大な結晶塔。
空域を巡る飛空艇。
『継承資格を持つ者へ、全記録を託します』
研究員たちは呆然としていた。
「全部……知識を残すための施設だったのか」
セレナが低く呟く。
研究員の一人は震える手で記録を書き続けている。
「こんな文明が、本当に存在していたなんて……」
別の研究員は、消えかけた映像を見上げながら呟いた。
「空域航路の記録まで残っている……」
女性は続ける。
『継承資格は血統ではありません』
その言葉に、リゼは目を見開いた。
『知識を受け取り、未来へ繋ぐ意思を持つ者』
『それが継承者です』
部屋が静まり返る。
リゼは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
特別な生まれだったわけじゃない。
選ばれた王族でもない。
ただ。
知りたいと思った。
空の向こうを見たいと思った。
その気持ちが、ここへ繋がっていた。
ノクトが小さく笑う。
「なんか、リゼらしいな」
ミナも少し安心したように息を吐いた。
ガルドは静かに頷いている。
そのとき。
結晶柱の光が、少しずつ弱まり始めた。
『中央管理機能を停止します』
研究員たちがざわめく。
「停止!?」
「待ってください、まだ記録が――」
だが女性は静かだった。
『記録継承は完了しました』
『役目は果たされました』
空中へ浮かんでいた光景が、ゆっくり消えていく。
白い塔の光も少しずつ静かになっていった。
同時に。
塔全体が、ゆっくり眠りにつくように光を落としていく。
ゴゥン……。
低い振動音が、遠くから響いた。
セレナが険しい表情で周囲を見る。
「……遺跡が休眠に入る」
「急いだ方がいいってこと?」
ノクトが聞く。
「ああ」
やがて探索隊は、中央管理塔を後にした。
帰路の途中。
遺跡の光は少しずつ消えていった。
まるで長い夢が終わっていくみたいだった。
途中、最初に通った白い回廊を振り返る。
あれほど鮮やかだった光の線は、今は静かに薄れている。
けれど不思議と、遺跡そのものが死んだようには感じなかった。
ただ、役目を終えて眠った。
そんな感覚だった。
外へ出ると、空には朝焼けが広がっていた。
赤く染まる雲。
遥かな空域。
飛空艇が静かに待機している。
研究員たちは慌ただしく記録を運び込んでいた。
だが、誰の顔にも興奮が残っている。
歴史が変わる発見だった。
タラップを上がる前に、リゼは振り返った。
ルミナ遺跡。
白い塔。
静かな空。
あれほど輝いていた結晶群は、今は淡い光を残すだけだった。
でも、不思議と寂しくはない。
ちゃんと、何かを受け取った気がした。
そのとき。
ノクトが隣へ来る。
「で、これからどうする?」
「え?」
「学院戻って普通の授業?」
リゼは少し考える。
そして、小さく笑った。
「……たぶん、無理かな」
ミナが呆れたようにため息をつく。
「そうなると思った」
「だって、まだいっぱい残ってるし」
リゼは空を見る。
未確認空域。
古代地図。
まだ見つかっていない遺跡。
ルミナだけじゃない。
この空には、まだ知らない場所がたくさんある。
ガルドも珍しく小さく笑っていた。
「なら、次も付き合うか」
「え、いいの?」
「今さら降りられん」
ノクトが吹き出す。
「完全に冒険隊になってるな、俺たち」
そのとき、セレナが飛空艇の入口から振り返る。
「来い、継承者」
少しだけ冗談っぽい声だった。
リゼは驚き、そして笑う。
飛空艇へ乗り込む。
窓の向こうには、どこまでも青い空が広がっていた。
そして、その遥か先には。
まだ誰も知らない空域と、未知の遺跡が眠っている。
リゼは静かに空を見上げる。
胸の奥が、少し高鳴った。
「次は、どこへ行こうか」
飛空艇は朝焼けの空へ浮かび上がる。
新しい空へ向かって。




