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緋色の奇術師  作者: オクヒロ
アンノウン編

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第9話 形見の苦無

 糸成が青鬼に斬り掛かっている頃、真矢は6体の天狗と対峙していた。


「こいつら、普通の矢だと当たらないのよねぇ」


 下級魔獣“天狗”。人間ほどの背丈に翼が生え、空を飛ぶ彼らが手に持つ羽根の扇子は、風の斬撃を生み出す。その為、普通に放たれた矢は、これに落とされてしまう。


「やっぱこいつらには、これよね?」


突羽(とっぱ)の矢』


 背負った矢筒から取り出し、放たれた真矢の矢は音速を超え、命中した天狗の頭を吹き飛ばす。撃ち抜かれた天狗は、矢を落とす間もなく地面へと落下した。


「さぁ、じゃんじゃん行くわよ」


 落ち着きながらも気合を入れ、真矢は天狗の放つ風の斬撃を(かわ)して回りながら、全ての天狗の頭を『突羽の矢』で射抜く。


「終わったわね」


 糸成が最後の青鬼を倒すのを見届け、真矢が界斗の元へ戻ろうとしたときだった。真矢の足元が砕け、全長20メートルはあろう百足(むかで)型魔獣が地中から姿を現す。


甲角百足(こうかくむかで)だ! 真矢! 危ない!」


 界斗が、咄嗟に『断隔』を展開しようとした。しかしそれよりも速く、足場が崩れバランスを崩していた真矢を、尾を振り回した甲角百足が吹き飛ばす。数十メートル飛ばされた真矢は岩に打ち付けられ、吐血した。


「うぅ」


 攻撃をもろに受けた真矢の肋は折れ、悶絶する。そんな真矢に、甲角百足は追撃しようと車よりも速く迫る。だが、真矢に動ける余裕などなかった。そんなとき、薄れる意識の中で真矢は見た。即座に駆けつけた糸成が、真矢にトドメを刺そうと噛みつこうとした甲角百足と真矢の間に割って入る。


『金剛一閃』


 糸成は、居合の構えから上に向かって頭部を一刀両断した。それを見届け、真矢はそのまま気を失う。糸成が倒れた真矢を抱き抱え、界斗を大声で呼んだ。


「界斗! 射場さんが!」


「バカ! そんなに揺らすんじゃねぇ!」


 真矢を揺さぶる糸成へ注意し、駆け付けた界斗が真矢の脇腹に左手を添える。


神産巣日陣(かみむすびのじん)


 界斗の左人差し指の指輪が光ると、真矢を中心に半径1メートルほどの温かい光の陣が現れる。すると、真矢の擦り傷はたちまち治り、顔色も良くなっていく。


「これで、取り敢えず大丈夫だ。帰ろう、聖界へ」


 真矢のことが心配でおろおろしていた糸成を見ながら、界斗は心配して駆け寄って来る高橋を親指で指差した。近くまで来た高橋が、声を掛ける。


「君達のお陰で、無事に結界を張れたよ。その女の子は無事かい?」


「はい。なんとか俺の治癒術式が間に合いました。でも意識を失ってるので、門の向こうで寝かせて貰えますか?」


「勿論だ。それにしても、君凄いな! 小さいとはいえ、甲角百足を一撃で屠るとは! 君まだ下級だろ? その聖気総量、上級術師に匹敵するよ!」


 高橋が糸成の背中を軽く叩きながら言った。それに対し、糸成は真矢の顔を見つめながら、安心したように答える。


「いえ、間に合って良かったです」


 甲角百足の等級は準上級。その体は硬質な外殻に覆われ、全長は年々大きくなり大きいものでは50メートルにもなる。その硬度と巨躯(きょく)から繰り出される攻撃の威力は、計り知れない。中級術師が、数人掛で対応する魔獣である。20メートル級とはいえ、中級術師でも1人では手を焼く魔獣を下級術師がいとも容易く倒したことに、高橋が驚愕し称賛するのは当然だった。

 真矢の容体が落ち着くと、一同は聖界へと帰還した。聖界に戻り、約1時間後。真矢が目覚めると3人は高橋と細田に別れの挨拶をし、新幹線で帰路に着く。神隠れの里に着くまで、真矢は窓の外を観続け、一切口を開かなかった。新幹線から車に乗り換え深夜、里の入り口に着き各々の家へ帰ろうと解散しようとしたとき。真矢が、糸成の袖を掴んで引き止める。


「ありがとう」


 真矢が、下を向きながらボソッと言う。それに対して、よく聞き取れなかった糸成は聞き返した。


「え?」


「ありがとう!」


 真矢は強めに一方的に言うと、顔を赤くし小走りで去ってしまう。強く当たっていた他人の糸成が、危険を顧みず自分を助けてくれた。師の雷蔵と幼馴染で兄妹とも言える界斗、2人以外の人間から初めて受けた優しさが、真矢は嬉しかった。帰り道で無口だった真矢の機嫌は悪いと思っていた糸成だったが、その言葉に驚きつつも、少し嬉しくて笑顔になり、軽やかな足取りで服部邸へと帰る。その日から、真矢の糸成に対しての当たりと目つきが穏やかになった。

 服部邸に帰宅し、風呂を上がった糸成は布団の上に仰向けで寝転んだ。そして、天井を見ながら父の形見の苦無を、柄の輪に人差し指を通しクルクルと顔の上で回していた。


「あのとき、間に合ってよかった・・・・」


 糸成は考えていた。もし、甲角百足の攻撃で真矢が自分の近くに飛ばされていなければ。もしあのとき、瞬時に『金剛一閃』を放てていなければ。もしあのとき、治癒術式を使える人間がいなければ、真矢は死んでいた。また、目の前で人が死ぬ。転哉と結衣の最期が、脳裏を過ぎる。両親を目の前で失った糸成にとって、大切な人の死は自分の死よりも恐ろしかった。そして、家族を失った今現在の大切な存在は、雷蔵や真矢、界斗、糸成の仲間達であった。これ以上、大切な人の死を見たくない。もっと強くならなければ、仲間など守れない。仲間が傷つく前に、もっと速く駆け付けなければ。もっと速く。そう思っていたとき。苦無の持ち手の縄が、千切れほつれていることに気付く。


「もう、だいぶ使い込んでたからなぁ。新しいのに代えないと・・・・」


 千切れほつれた縄の下、苦無の持ち手部分に彫られた文字が目に入る。飛び起きた糸成は、慌てて縄を全て解いた。


「こ、これは・・・・術式!」


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